長期的な骨格筋量の維持を阻害する断食や、栄養不良による持続的なカロリー欠乏、あるいは加齢や術後の固定(不動化)といった「アナボリック抵抗性」で見られる筋萎縮を避けるために、栄養補給後の筋タンパク質合成(MPS)刺激を適正化することが必須。
MPS上昇は食品中のタンパク質成分によって駆動され、タンパク質の消化・吸収後に誘導体である短鎖ペプチドやアミノ酸(AA)が骨格筋などの組織へ輸送され、特異的アミノ酸輸送体を介して細胞内に入り、mRNA翻訳機構の活性をアップレギュレートする。
ヒトにおけるこの急性的なMPS刺激は一過性(約2〜3時間持続)だが、筋維持にとって極めて重要な反応として認識されている。
全アミノ酸のうち、ロイシンが食事性タンパク質に対するアナボリック反応を駆動する最も強力な因子であることが過去の膨大な研究によって示されている。高品質タンパク質の約8%を占めるロイシンは、MPS刺激の基質としてだけでなく、mTOR経路の活性化に関与することでシグナルとしても進化している。ヒトに対して約3gのL-ロイシンを単独で投与するだけで、他のEAAを追加しなくてもMPSが刺激されることがわかっている。
ロイシンは分岐鎖アミノ酸(BCAA)として筋肉内で下流代謝される際にBCAAトランスフェラーゼ(BCAT)によって脱アミノ化され、BCAAケト酸脱水素酵素によって不可逆的な脱炭酸を受ける。イソバレリルCoAや、β-ヒドロキシ-β-メチル酪酸(HMB)を含む下流代謝物の形成は、TCAサイクルを介してATP産生に寄与する。HMBはスポーツにおけるエルゴジェニック(運動能力向上)代謝物としての利用や臨床現場での使用により、発見以来最も注目を集めている物質。
リンクのデータは、HMBの作用機序についてより深い理解を得るためにHMB摂取後のヒト骨格筋サンプルのRNAシーケンシングを用いたトランスクリプトーム解析を実施したもの。
約3gのHMBを経口摂取前と、摂取後約2.5時間後に若年男性(n =14)の外側広筋の筋生検を行い、全RNAを抽出。RNAシーケンシングを介して筋トランスクリプトームの全体的な変化を評価し、空腹時と「摂取(HMB)」状態の間の遺伝子発現の差異を測定。
【結果】
検出された15,982個の遺伝子のうち、468個がHMBに反応して有意にアップレギュレートされ、326個が有意にダウンレギュレートされた。
これらの遺伝子は、筋タンパク質回転(代謝回転)を調節する分子経路、特にJAK-STATシグナル伝達(例:STAM)、概日リズム(例:NR1D1, NR1D2, PER2, PER3)、TNFαシグナル伝達(例:TNFRSF1A, CCL2, CXCL2)、およびタンパク質合成(例:POLR1A, POLR2A, POLR3A, PIK3RR, SGK1)に関連していることが判明した。
また、HMBはアミノ酸輸送体の発現も調節しており、SLC36A1(PAT1)およびSLC7A5(LAT1)の強力な上昇を誘発した。
【結論】
急性HMB摂取が若年健康男性においてMPS(筋タンパク質合成)を増加させ、MPB(筋タンパク質分解)を減少させるのに十分であり、プロテオスタシス(タンパク質恒常性)、炎症、および概日リズムに関連する遺伝子の変化によって駆動される強力な転写反応を誘発することが実証された。炎症関連遺伝子、タンパク質合成およびAA(アミノ酸)輸送に関連する遺伝子の全般的なアップレギュレーション、体内時計関連遺伝子のダウンレギュレーションは筋肉の恒常性のために筋肉の同化を優先させることを可能にすると考えられる。
・HMBが炎症、タンパク質代謝、概日リズム、およびアミノ酸(AA)輸送体の遺伝子や経路の強力な調節を伴う、実質的な転写への影響を及ぼすことを実証した。HMBは多量栄養素の不在下ではインスリン分泌を誘発しないため、それらの転写反応はインスリンとは独立したもの。
・MPS(筋タンパク質合成)を刺激するHMBの同化作用と一致して、RNAポリメラーゼ亜ユニット(例:POLR2A, POLR1A, POLR3A)およびmTOR関連のタンパク質合成に関与する遺伝子(例:PIK3RR, BRAF, SGK1)の遺伝子発現の上昇が観察された。興味深いのは、SGK1は運動にも反応して増加し、筋萎縮シグナル経路をダウンレギュレートすることで筋恒常性の維持に役割を果たすこと。
・驚くべきは、急性HMB摂取に反応してTNFαシグナル(例:TNFRSF1A, TNFRSF1B)、NF-κBシグナル、およびアポトーシスを含む「炎症関連」遺伝子と経路の発現増加が観察されたこと。この遺伝子シグネチャーはタンパク質分解に関連する標準的なTNFα-NF-κBシグナルに類似しているが、生理学的レベルではHMBに反応してMPB(筋タンパク質分解)の減少が観察されている。このような転写活性化と生理学的アウトカム(すなわちMPB)の乖離は、TNFα-NF-κBシグナルが文脈依存的な役割を担っている可能性を示唆しており、ここでの炎症シグネチャーは分解促進的ではなく急性適応的なリモデリング反応を反映している可能性がある。
実際に、TNFα-NF-κBシグナルや他の炎症メディエーターの活性化は運動誘発性筋リモデリングの特徴で、初期の炎症促進シグナルがマクロファージの動員、サテライト細胞の活性化、および筋修復を促進する。HMB摂取後に観察された「炎症促進的」遺伝子シグネチャーは筋適応を示す制御された反応を代表している可能性がある。これは急性の炎症促進反応が筋再生と成長を促進するという広範なエビデンスと一致する。
・HMBは若年および高齢の両者の筋肉においてサテライト細胞の増殖を刺激することが過去に示されている。慢性的摂取研究でも、TNF-α、NFκB、およびFOXOを含む炎症促進遺伝子や経路のダウンレギュレーションを介したHMBの抗カタボリック効果が実証されている。
今回の急性摂取研究では筋萎縮シグナルのカスケードに関与するFOXO3のダウンレギュレーションが観察された。
・骨格筋代謝、特にタンパク質代謝は概日リズムによって強く影響を受け、概日リズムは一日を通じたエネルギー利用、代謝の柔軟性、およびタンパク質代謝回転を調整している。これらのリズムの乱れや調節は、栄養利用やタンパク質処理を変化させ、全身のエネルギー代謝の変容、筋力の低下、および筋量の減少を招く。
骨格筋内の各細胞核が翻訳フィードバックループ(TTFL)を含んでおり、それによって全身のエネルギー恒常性の基盤となる代謝プロセスを同期させている。
研究では、急性HMB摂取に反応して骨格筋時計遺伝子の強力な調節が観察され、NFIL3がアップレギュレートされ、DBP, PER2, PER3, NR1D1, NR1D2がダウンレギュレートされた。HMB摂取によるこれらPER、NR1D1、NR1D2のダウンレギュレーションは、筋肉における翻訳能力およびMPSと密接に関連しているBMAL1活性に有利に働く可能性がある。
概日リズムはmTORC1シグナルの振動を調節することから、観察された時計遺伝子の変化は栄養摂取に対する同化反応性を最大化するための筋時計の一時的な駆動を反映し、日内の筋量恒常性に寄与している可能性がある。
・食事性アミノ酸に対して急性反応し、アミノ酸輸送とその後のタンパク質合成反応を調節するAA輸送体遺伝子に対するHMBの影響を特異的に調査した結果、リソソーム膜に位置しアミノ酸依存的なmTORC1活性化の不可欠なメディエーターであるSLC36A1(PAT1としても知られる)の発現の強力な増加を観察した。ヒトにおけるホエイプロテインの摂取は、MPSおよびmTORC1シグナルの増加と同時にSLC36A1(PAT1)の発現を増加させることはよく知られている。
・・・ホエイが体質的に合わない方やあれこれサプリ飲むのに辟易としてきた方は、HMBに絞ってトレ前後に摂取してみてはいかがでしょうか。