乳がんは世界的に女性において最も頻繁に診断される悪性腫瘍だが、予防および治療の進歩により生存率は著しく改善しており、先進国では早期発見が増加している。
局所限局期乳がんにおける5年相対生存率はおよそ99%に達し、治療を完了し「乳がんサバイバー」として生活する女性の数は着実に増加している。
一方で、多くの乳がんサバイバーは長期的影響に苦しんでいる。
化学療法は慢性疼痛、手術側上肢の可動域および筋力低下、倦怠感(がん関連疲労症候群を含む)、代謝異常(例:脂質異常症)、体重増加、肥満、早発閉経、リンパ浮腫など生活の質(QOL)を低下させる多くの慢性合併症を引き起こす。
乳がん治療の長期的影響の中でも、不良な身体組成変化は特に重要と位置付けられている。多くの研究で、化学療法後の女性は体重増加を示す傾向があり、脂肪量の増加と除脂肪量の減少(いわゆるサルコペニック肥満)が併発することが報告されている。乳がんサバイバーの約半数が過体重または肥満で、多くの患者はホルモン療法中または化学療法直後に体重増加を経験する。
肥満の乳がんサバイバーは健康関連QOLの低下を訴える割合が高く、さらに治療後も持続する過体重・肥満は標準体重の患者と比較して再発リスクおよび全死亡率の上昇と関連する。したがって、乳がんサバイバーには体重管理の重要性が強調されており、体重減少は予後およびQOL改善を目的とした二次的がん予防の一要素と位置付けられている。
近年、乳がん回復期における運動の役割に注目が集まっている。
定期的な運動は安全で推奨される腫瘍リハビリテーションの一環とみなされている。十数年前までは、腫瘍専門医の間で「体力を消耗させないために安静を勧める」傾向があったが、多くの研究により定期的な身体活動ががんサバイバーに大きな恩恵をもたらすことが実証されたことから、現在では逆の立場が主流となっている。
アメリカスポーツ医学会(ACSM)は公式見解において、「運動はがんサバイバーにとって安全であり、不活動を避けることを推奨する」と明示している。
身体組成、身体活動、およびQOLの関係についても、乳がん経験者を対象とした研究が多数行われている。過去の研究結果は、健康的なライフスタイルの採用がこの集団に明確な利益をもたらすことを示しており、健康体重の維持(または過体重の是正)と定期的運動の実践は化学療法後の女性のQOLおよび全身健康を支える主因と提唱されている。
リンクの研究は、乳がん術後化学療法患者における身体組成を評価し、それが身体活動量およびQOLとどのように関連するかを検討したもの。
術後および化学療法第3サイクル開始前(6週間の間隔)の2時点で評価を実施。
対象は乳がん手術を受け、化学療法が予定された女性60名(平均年齢57±10歳)。
【結果】
化学療法期間中、参加者は体重、BMI、筋肉量が有意に増加し、体脂肪率は安定していた。身体活動量は全体として向上し、特に中強度活動が有意に増加した。一方で、座位行動時間は有意に減少した。
QOLは全般的に安定していたが、環境領域スコアにおいて有意な改善が認められた。
体脂肪率は身体的QOLおよび社会的QOLと負の相関を示し、BMIは心理的健康領域と負の相関を示した。
ウエスト・ヒップ比は心理的QOLと負の関連を示した。
【結論】
化学療法の初期段階においてすでに体組成と生活の質が相互に関連していることを示された。
運動および食事介入は有益である可能性が高いものの、中等度強度の身体活動、食事指導、心理的サポートを組み合わせた、体系的かつ個別化されたプログラムの必要性を強調している。
・研究コホートでは、平均体重が69.5 ± 12.4kg から70.5± 12.4kgへ、BMIが26.6 6±5.1から26.9 ± 5.0へと上昇した。
除脂肪量指数(FFMI)は17.6±1.9から17.8 ±1.8に有意に増加し、総筋肉量も43.8± 4.6kg から44.4 ± 4.7kgに増加した。
・体脂肪率は身体的QoLおよび社会的関係領域と負の相関を示し、BMIは心理的QoLと負の関連を示した。特にウエスト・ヒップ比(WHR)は心理的QoLスコアと有意に負の関連を示し、体脂肪分布の重要性を浮き彫りにした。
過剰脂肪による心理社会的負担は治療直後にとどまらず、長期にわたり持続し、むしろ増強する可能性があることが示唆される。
・身体活動も重要要因として浮上した。身体組成との関連は弱かったが、高強度活動はWHRと負の関連を示し、座位時間はBMIおよび筋肉量と正の関連を示した。
これらの相関係数は弱い関連であるため、臨床的意義の解釈には慎重を要するが、集中的運動が中心性肥満を軽減し、座位行動が不良な身体組成変化を助長する可能性を示唆している。
・心理的QoLと肥満指標のより強い関連は、身体イメージ障害、自尊心の低下、がん関連倦怠感など、多次元的な心理社会的負担を反映している。特に中心性脂肪の蓄積は、代謝的(炎症性)および心理的経路を介して情動的ストレスを増幅させ、心理的健康が他の領域よりも強く影響を受ける理由を説明し得る。
・5761名を対象とした12件のレビューを統合したデータでは、運動介入が83.3%の研究でQoLを有意に改善し、加えて心肺機能向上およびウエスト周囲径の減少を認めたと報告された。過体重/肥満サバイバー548名を対象としたメタ解析では、運動介入によりBMIが−1.37kg/m²、体脂肪率が−3.8%減少したことが示されした。
これらの解析では精神的健康の改善は統計的有意には至らなかったが、今回の研究ではBMIおよび体脂肪率が心理的健康の低下と関連しており、より長期的または特化型の運動介入によって精神的側面への効果が強化される可能性を示唆している。
また、新規乳がん診断患者1458名を対象にしたデータでは、除脂肪量割合の最下四分位群が最上四分位群に比べて身体的QoLの低下リスクが2倍以上だったことが報告されている。
・運動以外では、食事介入も注目に値する。152名を対象とした非無作為化試験では、低炭水化物食およびケトジェニック食がQoL、身体機能、筋脂肪比を改善し、特にケトジェニック食で代謝健康の改善が顕著だったと報告しされた。これらの結果は、本研究で示された脂肪蓄積の有害性とあわせ、食事療法と運動介入を組み合わせた包括的サバイバー支援プログラムの有用性を示唆する。
・脂肪蓄積の臨床的意義はQoLにとどまらない。過体重および肥満がHER2陽性乳がんの予後を悪化させることが報告されおり、その機序として全身性炎症や抗HER2療法への耐性増加が示唆されている。この研究では生存転帰を直接評価していないが、脂肪蓄積とQoL低下の強い関連は、サバイバーの幸福度向上のみならず、長期的腫瘍学的転帰改善の可能性をも支持している。
・・・ケトジェニックダイエットについてはマッチするかどうか、個人によってかなりばらつきがあると思うので注意が必要。個人的にはいきなりケトジェニックに変更するのは勧めません。
運動量は可能な限り上げ続けてOKだと思いますが、しっかり”狙い”を絞ったまとを得たトレーニングを行うことが重要です。
当院ではガンサバイバーの方のための栄養戦略とパーソナルトレーニングをセットでご提案していますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。
トレーニングは体験コースもご用意しています。