当院のパーソナルトレーニングの常連の方たちにとっては慣れたものになっているであろう、私からの体調に関する細かい質問。
通い始めたばかりの方は「なんでそんなことまで聞くんだろう?」と訝しげな顔をされる方もたまにいらっしゃいますが、今回ご紹介するデータにその理由の一端が垣間見れると思います。
テーマはタイトルの通り、乳がん(BC)女性におけるトレーニング効果。
乳がんは女性において最も多く診断されるがんで、その治療過程で行われる化学療法はがん誘発性の骨格筋衰弱を悪化させる。化学療法が骨格筋に与える影響はがんそのものに与える影響よりも大きく、両者に共通する筋力低下の引き金は炎症である。
運動は、常にがんや化学療法誘発性の筋力低下に対抗するための重要な治療戦略であり、最終的に患者のQOLを向上させるが、年齢、閉経、合併症などの因子が運動への反応に影響するため、BC患者への運動処方には“一律 “のアプローチは当てはまらない。
したがって、筋衰弱を緩和し、乳がん転帰を改善する効果を最大化するためには、継続時間、頻度、強度、種類などの要素を考慮したオーダーメイドの運動療法が不可欠となる。
リンクのレビューは、化学療法中のがん患者の骨格筋において異なる運動レジメンが影響を及ぼす分子経路を包括的に探求し、骨格筋衰弱を予防するための運動療法に重要な知見を提供することを目的としたもの。
【結論】
・様々な分子機序が、がんおよび化学療法における筋力低下の原因となっているが、トレーニングによってある程度緩和される可能性があることから、運動療法の処方が支持される。
・BCでは、化学療法はがんそのものよりも骨格筋リモデリングに顕著な影響を及ぼし、そのことが健康状態の悪化につながる。
・炎症性サイトカインによって調節される経路は、タンパク質合成と分解の不均衡に重要な役割を果たし、サテライト細胞活性化や筋核の付加にも重要な役割を果たしている。
・有酸素運動の健康上の利点は抗炎症作用で、筋量や筋力の増加、QOLの改善という点では、レジスタンス運動は有酸素と同等か、それ以上である。
・BCおよび化学療法誘発性の筋消耗に対する運動の影響を取り上げた研究は乏しく、様々な病期のBC患者に対して効果的な運動療法を開発するためには筋リモデリングに焦点を当てた前臨床および臨床研究をさらに行うことが不可欠
乳がんに関連する身体機能の衰えに対処するための運動プログラム
・”運動は医学である “という概念がますます認知されるにつれ、その健康効果を最大化する方法を理解することは極めて重要。
・患者にはそれぞれ固有のニーズがあり、「画一的な」トレーニングプログラムを実施することは無意味。各個人のニーズに合わせた、疲労、不安、生活の質(QoL)など、がん関連転帰に対処することを目的とした運動プログラムが臨床試験で有益な効果を示す。
・すべての患者が同じ種類の運動療法から同じように恩恵を受けるわけではないため、病期などの腫瘍学的関連因子だけでなく、年齢、睡眠時間、栄養状態、環境、心身の状態などの因子も考慮した多面的なアプローチが必要。
・運動習慣を確立する際、骨格筋消耗の程度を注意深く評価する必要がある。がんおよび化学療法誘発性の筋の消耗はいずれも体重の大幅な減少につながる可能性があり、この体重の変化は必ずしも身体組成の変化と一致しない。
・若いBC患者は閉経移行期〜更年期を迎える可能性があることも認識しておく必要がある。
閉経前の患者ほど顕著な筋力低下を経験することが多く、運動に対して効果的な反応を示さないことがある。
・筋力低下のリスクが高い患者を特定し、可能な限り早い段階で介入する。有害な筋消耗状態を予測し、特定することは困難とはいえ、筋力低下が顕著になる前に早期に運動を開始することでがんに誘発性合併症に対抗したり、化学療法による筋力低下の初期段階に関連する毒性作用を緩和できる。
・BCが進行した段階では(実行可能の場合)、より低負荷の運動を優先し、治療中の全体的な健康状態および治療効果を損なう可能性のある疲労の超過を予防すべき。
運動は乳癌および化学療法誘発性の身体機能低下に対抗する
・膵がん、胃がん、肺がんといった他のがん種ほどではないが、進行期のBC患者では部分的に筋肉の衰えによる体重減少が起こりうる。この骨格筋の減少は悪液質の中心的要素で、がん患者におけるパフォーマンス低下と死亡率の増加に大きく寄与する。
・化学療法は骨格筋萎縮を増悪させ、予後不良、死亡率および罹患率の増加につながる。運動介入が筋萎縮を緩和し、BC患者の全体的な幸福を高めることが期待できることは非常に重要。
・運動はレジメンにかかわらず、疲労、抑うつ、不安を低下させ、BC患者の全体的な自尊心とQOLを改善する。QOLへの影響を評価した場合、あらゆるタイプの運動で改善が示されている。
・BC患者の治療計画に運動を取り入れるにあたっての大きな課題は、臨床医や患者にがんにおける運動効果に関する知識がなく、その潜在的効果に疑問が持たれることが多いことである。
・BC患者は重度の筋力低下や他のがん合併症、疲労の増加によりしばしば運動意欲を欠く。
・若いBC患者が経験する早期閉経は、生活の質だけでなく、体組成にも影響を及ぼす可能性がある。閉経後女性はエストロゲンレベルが低く、身体活動全体が低下することが多いため、体脂肪、特に内臓脂肪が増加する可能性がある。化学療法後の閉経前BC女性も、閉経後女性で観察されるのと同様に除脂肪体重の減少を経験する。
・運動、特にレジスタンストレーニングは除脂肪体重の有意な増加を示すことから、BCにとって望ましい。除脂肪体重増加は筋弱化に対抗することができるが、必ずしもREEの上昇をもたらすとは限らない。
・除脂肪体重は化学療法の毒性にも影響する。化学療法の投与量は通常、身長と体重のみを考慮し、体表面積(m2)に基づいて決定される。しかし、例えば2人の患者の体格が同じであれば、除脂肪体重が多い方が化学療法に関連した毒性が少ない可能性が高い。したがって、除脂肪体重を増加させる運動プロトコルはBC化学療法において価値ある治療戦略となる。
がん誘発性筋萎縮における運動誘発性筋線維表現型のリモデリング
・BCの動物モデル研究では、I型およびII型筋線維の筋萎縮が示されている。解糖系速筋II型線維は、線維サイズの減少を特徴とする衰弱を起こしやすいようだ。
・カルボプラチン投与後、BC動物ではすべての筋量の減少がみられ、前脛骨筋のみ繊維断面積(CSA)の減少がみられた。この結果は他のがん種でも一貫しており、繊維CSAの減少、ひいては筋萎縮は、がんの種類に関連しているものではなく、腫瘍の成長や化学療法に関連する可能性を示唆している。この関連は、炎症、骨格筋酸化ストレスの増加、ミトコンドリア機能障害、アポトーシスが関与していると提唱されている根本的なメカニズムについて疑問を投げかける。
・レジスタンス運動による筋肥大は解糖系II型線維においてより顕著だが、すべての線維型において線維CSAの増加が報告されており、その結果、筋力が全体的に増強していることは注目に値する。対照的に、有酸素運動は酸化的なタイプI線維の動員を増加させる方向へのシフトを促進する。この繊維の切り替えは、酸化的表現型への代謝的変化と関連し、全体的な筋力の増大よりも筋疲労の軽減に適している。
運動はがんおよび化学療法による筋衰弱の酸化ストレスと炎症に対抗する
・化学療法誘発性酸化ストレスは、がん治療における筋衰弱の根底にある重要な分子メカニズムとして仮説が立てられてきた。酸化ストレスの増加はドキソルビシンによって引き起こされる抗酸化系の減少と関連しているようで、この現象は心臓細胞でも観察されている。
・骨格筋は代謝活性が高いことから活性酸素の発生が増加し、主にミトコンドリア機能障害に関連した活性酸素種(ROS)の生成が増加する。
・ドキソルビシンや他の抗腫瘍薬によって誘導される活性酸素レベルの増加は、脂質過酸化を誘発する可能性があり、これは細胞膜の完全性と機能を障害し、筋収縮機能に影響を及ぼす。
また、活性酸素は細胞内およびミトコンドリアのCa2+ホメオスタシスを阻害することにより、収縮プロセスを損ない、筋力の発生と収縮力の障害につながる。
・活性酸素レベルの上昇はNF-κBシグナル伝達経路などのシグナル伝達経路を調節し、筋タンパク質の分解を促進し、筋タンパク質の合成を阻害する。実際、カルパイン、カスパーゼ、ユビキチン・プロテアソーム系(UPS)、オートファジーなどのタンパク質分解系が化学療法に反応して骨格筋で活性化され、STAT3経路やAktを介したFOXO3のリン酸化を刺激し、ヒラメ筋や腓腹筋でユビキチンE3リガーゼの過剰発現を引き起こすことが報告されている。
・一方で、運動誘導性活性酸素の増加はシグナル伝達経路を活性化し、運動に対する骨格筋適応を促進する可能性があるため、酸化ストレスにおける運動の役割は非常に注目されている。
活性酸素シグナル伝達は、NF-kBやMAPKの活性化など特定の経路を調節する役割を担っており、これらの酸化還元感受性のシグナル伝達経路を介して運動中の細胞の酸化-抗酸化恒常性を維持するための適応反応を引き起こす可能性がある。
・短時間であれば、活性酸素は細胞適応を調節するシグナル伝達経路を活性化して将来のストレスから身を守る。より長時間では、活性酸素のシグナル伝達はタンパク質分解を促進する経路を慢性的に活性化し、細胞死に至る可能性がある。
・トレーニングは、抗炎症活性で知られる骨格筋由来循環型IL-6の増加を促進する。IL-6はTNF-αのような炎症性サイトカインの作用を抑制し、抗炎症性サイトカイン、特にIL-10の合成を促進する。抗炎症性IL-6のピークは運動終了時または運動直後に起こり、その後 IL-6濃度は急速に低下する。このピークは持久系運動、特に大きな筋群を使った運動で顕著になる。
・高強度トレは、低強度トレに比べて炎症性サイトカインの影響を打ち消すのに効果的である。16週間のレジスタンストレは閉経後BC患者において、IL-6、TNF-α、IL-8、IL-1などの炎症性サイトカインの循環レベルを減少させることが報告されている。また、レジスタンストレは単球/マクロファージにおけるToll様受容体-4(TLR-4)の発現低下を促し、TLR-4誘導性炎症性サイトカインを減少させる。従って、レジスタンストレは単球/マクロファージにおけるTLR-4発現を減少させることでがんおよび化学療法誘発性筋消耗に対抗できる可能性がある。有酸素運動はドキソルビシン投与健常動物の腓腹筋におけるTLR-4発現に有意な変化を引き起こさないことが確認されている。
がん患者における運動に対する骨格筋反応への代謝リモデリングとホルモンの影響
・BC患者ではグルコース代謝障害が観察され、インスリン抵抗性発症に影響する炎症状態と関連する。運動はその抗炎症作用により骨格筋のインスリン感受性を改善し、グルコース代謝に影響を与える。持久系トレーニングは、GLUT4とグリコーゲン合成酵素の発現を調節することで、筋インスリン感受性に好影響を与える。レジスタンス運動は除脂肪体重を維持または増加することで、がん患者のインスリン感受性を調節する可能性がある。
・有酸素運動は骨格筋において著しい代謝リモデリングを誘導する。その主な特徴は、ミトコンドリア生合成において重要な役割を果たす転写補因子PGC-1αのアップレギュレーション。
PGC-1αは酸化的表現型を促進し、その結果、速収縮線維が遅収縮線維へとシフトする。骨格筋におけるこの代謝エネルギーセンサーは、加齢、廃用、炎症によって誘発される萎縮から筋肉を守っている。
・また、有酸素運動はインスリン様成長因子1(IGF-1)/PI3K/ACT/mTOR経路のアップレギュレーションと関連し、この経路はBC患者ではダウンレギュレーションされることが報告されている。この経路はタンパク質合成と筋成長を刺激すると同時に、FOXO3の転写活性を阻害し、E3リガーゼ発現を低下させる。このタンパク質合成の増加はレジスタンス運動後にアップレギュレートされるmTOR経路によって媒介される可能性がある。
・化学療法中のBC患者を対象とした数少ない分子生物学的研究の1つで、複合運動プロトコルを実施したところ、外側広筋でFOXO3、アトロジン-1、MuRF-1の発現が有意に増加したことは注目に値する。
・BCに伴う性ホルモンレベルの変化も、筋量と機能に影響を与える可能性がある。テストステロンはmTOR経路を直接活性化し、その結果、 I型およびII型筋線維の両方においてタンパク質合成が増加し、最終的には筋肥大が起こる。
・男性患者におけるテストステロンの役割のいくつかは、女性患者では報告されていない。エストロゲンは男女を問わず、患者の疲労と筋収縮反応を調節しているようだ。実際、閉経により女性は男性に比べて筋力がより顕著かつ早期に低下することが多い。しかし、閉経後女性ではプロゲステロンはテストステロンと同様に作用し、筋タンパク質合成を調節する可能性がある。
・エストロゲンは衛星細胞の活性化と筋核の付加を促進することで、骨格筋量の増強に関与している可能性がある。
・健康な若い女性では月経周期の異なる時期にレジスタンストレに対する異なる適応が観察され、筋力とパワーに関する異なる結果が報告されている。黄体期と卵胞期を比較すると、卵胞期の方が高い筋力増加と筋肥大を示す。この相関関係は、レジスタンス・トレーニングによる適応とパフォーマンスにおける性ホルモン変動の重要性を強調している。エストロゲンは全体的な筋力を向上させるようだが、プロゲステロンは閉経前女性の筋機能に悪影響を及ぼすようだ。閉経を迎えたBC患者はエストロゲンレベルが低いため、レジスタンストレーニングに対する骨格筋の適応がより微妙になる可能性がある。
・・・いかがでしたか?
長文になってしまい、内容もどちらかと言えば治療家・指導者向けの内容だったかもしれませんが、BCでお悩みの女性にとっても酸化・炎症に対する認識やエンデュランス系、レジスタンス系の選択など参考になるデータだったのではないかと思います。
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