世界中で最も広く消費されている生物活性化合物の一つであるカフェイン(CAF)。
近年では、一般に知られている神経学的および代謝的効果に加えて、潜在的な抗がん作用が認識されてきている。
カフェインの持つ抗がん作用のメカニズムとして、ホスホジエステラーゼの阻害、アデノシンA2A受容体の拮抗作用、ATR-Chk1経路の阻害によるDNA損傷応答の妨害など、発がんに関わる主要細胞経路を調節することで抗腫瘍活性があげられる。これらの作用が集合的にアポトーシスを促進し、腫瘍細胞の増殖を抑制し、転移の拡大を阻害する。
さらにin vitroおよびin vivo研究では、カフェインが化学療法剤や放射線療法の細胞毒性効果を高めることが示されており、従来の癌治療における相乗的役割が示唆されている。
習慣的なCAF摂取といくつかの癌(特に肝臓癌、大腸癌、乳癌、前立腺癌)の発生率との間に逆相関があることも複数の研究で裏付けられている。これらの癌うち、最も一貫した実験的および臨床的証拠が存在するのは肝臓癌と大腸癌で、CAFの炎症と細胞増殖に対する調節効果が繰り返し観察されている。
CAFの抗酸化作用と抗炎症作用は腫瘍発生と進行に適さない微小環境に寄与する可能性がある一方で、それらの作用は、用量、個人の遺伝的変動、癌の種類などの要因に影響されるため、より詳細な臨床研究が必要とされている。
リンクのレビューは、腫瘍学における潜在的な化学予防剤および補助治療薬としてのCAFの可能性を探ったもの。
【レビューの結論】
・長期間にわたるカフェインの摂取は、その用量と個人の感受性の両方に決定的に依存的な二面的効果を示す。
・健康な成人における中程度の摂取量(1日あたり約400mgまで)では、CAFは確実に覚醒度、反応時間、および特定の実行機能領域を向上させると同時に、神経保護特性も示し、神経変性疾患のリスクを軽減するか、その進行を遅らせる可能性が示唆されている。
・腫瘍モデルでは、低濃度CAFが抗酸化剤として作用してがん予防に寄与する可能性が示されている。一方でより高濃度の薬理学的用量では、酸化ストレスを誘発し、腫瘍細胞のアポトーシス(プログラムされた細胞死)を促進しうる。
・CAFがコルチゾールを控えめに上昇させることでA2Aアデノシン受容体を阻害し、T細胞およびナチュラルキラー細胞の活性を高める能力は、生体内(in vivo)において腫瘍保護効果を示すことが実証されており、免疫療法レジメンとの相乗効果の可能性が示唆される。
・対照的に、高用量摂取は一連の有害な結果を引き起こす可能性がある。具体的には、不安の増大、睡眠の断片化、そして感受性の高い個人においてでは一過性高血圧を含む心血管系の障害が挙げられる。極端な症例では過剰摂取により心室性不整脈や心停止に至ることもある。これらのリスクはCAFがエナジードリンクや栄養補助食品のような濃縮された形態で提供される場合に増幅される。
Caffeine as a Modulator in Oncology: Mechanisms of Action and Potential for Adjuvant Therapy
カフェイン作用の一般的なメカニズム
・CAFは覚醒度の向上、身体能力の強化、代謝の促進により、身体、特に神経系と代謝に大きな影響を与える。コーヒーや紅茶のようにポリフェノールと組み合わせて存在することが多く、ポリフェノールの抗酸化作用によってその効果が増幅され、心臓や脳に有益な効果をもたらす。一方でCAFの過剰摂取は睡眠障害、不安、高血圧、胃腸の不快感などの健康問題を引き起こす可能性があるため、個人の耐性レベルに合わせて摂取量を調整することが不可欠。
・CAFの作用メカニズムは用量依存的。主要なメカニズムはアデノシンA1およびA2A受容体の拮抗作用による中枢神経系の活動が増加。これら受容体をブロックするとノルエピネフリン、アセチルコリン、ドーパミンなどの神経伝達物質が放出され、刺激、心拍数の加速、集中力の増加につながる。またCAFはホスホジエステラーゼを阻害して細胞内cAMPレベルを上昇させ、平滑筋の弛緩と脂肪分解の促進を引き起こす。ドーパミンが豊富な脳領域でのA2A受容体の活性化はドーパミン活性を高めることから、CAF摂取後の行動変化を説明している。
・カフェインがATR-Chk1シグナル伝達経路を調節することは、DNA損傷を伴う治療法の有効性を高める重要なメカニズム。ATR-Chk1は細胞周期チェックポイントの活性化を介して、細胞DNA損傷応答の中心的役割を果たす。ATRキナーゼ活性を阻害することカフェインはチェックポイント制御を破壊し、修復されていないDNA損傷を持つがん細胞を時期尚早に有糸分裂に強制的に進めさせ、結果として有糸分裂カタストロフィーとアポトーシスを引き起こす。
前臨床研究では、カフェインがシスプラチン、ドキソルビシン、カンプトテシンなどの化学療法薬に対するがん細胞の感受性を高めることが文書化されている。これは、カフェインが腫瘍細胞がDNA損傷を修復するために細胞周期を停止するのを防ぐため。したがって、カフェインを介したATR-Chk1の阻害は、従来の細胞毒性療法を増強するだけでなく、治療抵抗性を克服することを目的とした併用治療戦略の有望な根拠を提供している。
カフェインの効果における遺伝的多型と個体差
・カフェイン(CAF)の代謝および酸化ストレスや免疫機能への影響には、遺伝的差異が大きく関与する。CAF摂取量の約95%を肝臓で代謝する酵素がシトクロムP450 1A2(CYP1A2)で、この酵素をコードする遺伝子の有名な多型(−163C>A、rs762551)は、CAFの代謝速度に応じて個体を「速い代謝型」と「遅い代謝型」に分類する。Cアレル(−163C)を持つ人は酵素誘導性と活性が低く、CAF代謝が遅い。一方でA/A型の個体はCYP1A2活性が高く、代謝が速い。こうした遺伝的差異はCAFががんに関連する酸化ストレスや免疫・内分泌系に及ぼす影響を変化させる可能性がある。CAF代謝が遅いことはカフェインの体内滞留時間を長くし、その生物学的効果を強調することがある(それが有益か有害かは場合による)。乳がんのハイリスク群であるBRCA1変異保有女性を対象にした研究では、コーヒー摂取と乳がんリスクの関連がCYP1A2遺伝型によって左右されることが示されている。CAF代謝が遅いアレル(Cアレル)を1つ以上持つ女性では、コーヒー摂取者は非摂取者に比べて乳がんリスクが64%も低かった。対照的に、速い代謝型(A/A型)の女性ではリスクの有意な低下は観察されていない。これはCAFの抗酸化作用を発揮するには、CAFの体内滞在時間が長い必要があることを示唆している。
・免疫学的観点では、TT型でCAFによるA2A遮断が強まるならば抗腫瘍免疫の活性化も大きくなる可能性がある。逆に、典型的な受容体であるCC型ではCAFによる免疫活性化が弱く、むしろ血圧上昇や動悸など末梢作用が目立つかもしれない。がん患者における直接的な証拠は不足しているが、ADORA2Aの多型がCAFによるTh1サイトカイン産生や腫瘍へのT細胞浸潤の程度を変える可能性はある。
・CYP1A2やADORA2A以外にも、CAFのがんおよび免疫への影響に関与する遺伝的要因は存在する。NAT2という代謝酵素多型はコーヒー成分の代謝に関与し、コーヒー摂取とがんリスクの相関に影響を与えることがある。またGSTやSOD2といった抗酸化酵素の遺伝子変異も、CAFの抗酸化/酸化促進作用の細胞レベルでの結果に影響する。たとえばSOD2活性が低下する変異を持つ個体では、高用量のCAFによりROS損傷を受けやすくなる可能性がある。さらに、アデノシンA1受容体やその下流シグナル伝達因子の多型も、CAFによる神経内分泌反応(例:コルチゾール分泌量)を変化させうる。
・総じて、薬理ゲノミクスはCAFのがん生物学的影響を考えるうえで重要で、「平均的効果」の背後には大きな個体差が存在する。例えば、腫瘍を持つ「遅い代謝型」はCAFによる直接的な腫瘍細胞傷害効果をより享受できる可能性があるが、副作用リスクも高まる。逆に「速い代謝型」ではCAFの効果は薄れがちで、効果を得るには用量調整が必要になる可能性がある。同様に、ADORA2A遺伝子型が有利であればCAFによる免疫刺激が免疫療法を補完する形で働くかもしれないが、不利な型ではより多量のCAFが必要になるかもしれない。最近では、CAFとがんの関連研究において遺伝情報を組み込む動きも進んでおり、たとえば大腸がん患者における生存率とコーヒー摂取の関連にCYP1A2遺伝型を加味することで、相関がより明確になったという報告もある
がんにおけるカフェインの作用
・CAFはアデノシン受容体の遮断およびストレスホルモンの放出を通じて中枢神経系および内分泌系に作用し、これが免疫や炎症に影響を及ぼす。CAFはある状況では抗酸化物質として作用し、他では活性酸素種(ROS)産生を促すなど、酸化ストレスに対して二面的な影響を持つ。その正味の効果は用量と細胞環境によって左右される。肝転移の成立は、細胞外マトリックスの再構築、血管新生、炎症性サイトカインのシグナル伝達といった許容的な微小環境に依存しており、CAFのような物質が術後補助療法としてこれに影響を与える可能性がある。
抗酸化作用
・CAFはフリーラジカルを消去し、細胞の抗酸化防御を強化することがある。例えば、CAFはミトコンドリア内でサーチュイン3(SIRT3)を活性化し、スーパーオキシドディスムターゼ2(SOD2)のアセチル化を防ぐことでその活性を高める。CAFはこうした抗酸化酵素を増強することで細胞内ROSを低減し、酸化的DNA損傷から細胞を守る。正常組織においてこの抗酸化作用はおおむね有益であり、コーヒー摂取と特定のがんの発症率低下との疫学的関連に寄与している可能性がある。
・CAFはプリン代謝に関与するROS生成酵素であるキサンチンオキシダーゼを競合的に阻害または抑制することで、酸化ストレスを低下させる作用も持つ。CAFは同酵素の天然基質(キサンチン、ヒポキサンチン)と競合することで尿酸などの酸化促進代謝物の生成を抑える可能性がある。ただし、この影響は一定ではない。
酸化促進作用
・CAFの酸化促進作用は高濃度または特定のがん細胞環境において顕著になる。ミリモルレベル(in vitro研究で用いられる濃度)のCAFは細胞内ROSを増加させ、DNA修復プロセスを妨害することでがん細胞内に酸化的損傷を促進する。この性質はDNA損傷治療との併用でがん細胞死を促進するために実験的に利用されている。たとえば、肝細胞がん細胞株ではCAF(0.5–1 mM)が化学療法薬5-FUの細胞毒性を著しく増強することがわかっている。この併用により、腫瘍細胞増殖の相乗的抑制とアポトーシス率の上昇が観察され、CAF+5-FU処理細胞ではROSの上昇、切断型PARPの増加、抗アポトーシス因子Bcl-xLの減少が見られ、CAFが酸化ストレスを介して細胞死を促進していることが示された。
・同様の酸化促進・抗腫瘍作用は乳がんモデルでも観察されている。CAFは細胞内のグルタチオンを枯渇させ、ROSを増加させてアポトーシス感受性を高めている。動物モデルではCAF投与により腫瘍のレドックス恒常性が破綻し、腫瘍増殖が抑制されることがある。たとえば、腎細胞がんでは、CAFがグルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PD)を標的とし、ペントースリン酸経路を障害することで酸化ストレス側にレドックスバランスを傾け、腫瘍増殖を阻害している。
・CAFが高濃度で酸化促進的に作用する場合、がん細胞を酸化耐性の限界まで追い詰める一方で、抗酸化能力に余裕のある正常細胞はそれほど影響を受けない可能性がある。CAFは用量依存的なレドックス二重性を示し、低用量や他のコーヒー成分との併用では予防的な抗酸化作用を、より高用量や治療的併用では酸化促進的な細胞毒性作用を発揮する。CAFのこうしたバランスを理解することが、がん治療でその恩恵を最大化しつつ、腫瘍保護作用を回避する鍵となる。
カフェインの神経内分泌作用と抗がん療法における免疫系の修飾
・CAFは視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸を刺激してコルチゾール分泌を促進する。ある試験では、1日3回250mgのCAF投与で男女ともに血中コルチゾール濃度が上昇。また、ストレス負荷前にCAFを投与した群ではプラセボ群と比べてより強いコルチゾール反応が観察された。つまり、CAFは中枢のアデノシン遮断を介して「闘争か逃走」反応をホルモン的に引き起こし、免疫系にも直接的な影響をもたらす。エピネフリンやコルチゾールは免疫機能を調整する代表的なホルモンで、急性ストレス下では一般的に免疫反応を抗炎症性または免疫抑制的な方向へシフトさせる。エピネフリンは免疫細胞上のβ2-アドレナリン受容体を介して、自然免疫細胞(特にNK細胞)の動員を一時的に増加させるが、同時にサイトカイン産生を変化させる。in vitroおよびin vivoの研究では、アドレナリン刺激により炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-12)の産生が抑制され、抗炎症性サイトカイン(IL-10)が増加することが示されている。
コルチゾールは強力な免疫抑制ホルモンであり、T細胞の増殖やサイトカイン分泌を抑制して過剰な免疫反応を緩和するために臨床的にも用いられている。したがって、CAFによるコルチゾール上昇は穏やかな免疫抑制的影響をもたらす可能性がある。
このように、CAFによる急性ホルモン反応は過剰な炎症性免疫反応を抑える方向に作用する。これはサイトカインストームのような免疫過剰による損傷を防ぐ点では有益だが、一方で腫瘍細胞に対する強力な免疫攻撃が必要な場面ではマイナスに働く可能性がある。
アデノシン拮抗作用による免疫賦活
・一方で、CAFは腫瘍微小環境における免疫抑制を直接的に解除する可能性もある。特に重要なのが、A2Aアデノシン受容体の遮断作用。がん細胞はアデノシンを多量に分泌し、これが免疫細胞のA2A受容体に作用してT細胞やNK細胞の活動を抑制する(cAMP上昇を介して細胞疲弊を促進)。CAFはこのアデノシンの「免疫ブレーキ」を解除する。
・前臨床研究では、CAFが抗腫瘍性かつ炎症性の免疫反応を促進することが示されている。発がん物質誘発性の線維肉腫モデルでは、CAFを連続投与したマウスの腫瘍発症率が14%にとどまり、対照群の53%と比べて有意に抑制された。CAFを摂取して腫瘍を発症しなかったマウスでは、挑戦部位への白血球浸潤や自己免疫的脱毛(alopecia)が見られ、強い免疫活性化の兆候を示した。免疫学的解析でも、CAF群のリンパ球は腫瘍抗原に対して高レベルのインターフェロンγなどのTh1型サイトカインを分泌し、強い細胞性免疫応答を示した。
CAF(カフェイン)と免疫療法の相互作用:相乗効果か拮抗か
・CAFの全身的効果(例えばコルチゾールやアドレナリンの上昇)は、免疫療法が刺激しようとする特定の免疫機能を一時的に抑制する可能性がある。例えば、チェックポイント阻害剤治療はT細胞を再活性化させることに依存しているが、もし患者がCAFを大量に摂取しており、繰り返しコルチゾールのスパイクを経験していれば、理論的にはこのことがT細胞の活性化や増殖をわずかに鈍らせるかもしれない。
・通常の食事由来のCAF摂取ががん免疫療法を妨げるという直接的な臨床的証拠はほとんどない。そのような影響があったとしても、おそらく微細なものである。
・生理的条件下ではアデノシン拮抗による免疫刺激効果の方が、HPA軸経由の軽度な免疫抑制よりも優勢のようだ。実際、ヒトにおける観察データではコーヒー摂取ががんの転帰改善と関連している傾向がある。すでにストレスを抱えている患者においては、CAF過剰摂取が免疫抑制的なストレスホルモン濃度に加担する可能性はあるものの、適度な摂取であれば全体として中立的あるいはプラスの効果を持つと考えられる。
・まとめると、CAFはアデノシン媒介の免疫抑制を打ち消し、Th1型の応答を促進することによってがん免疫療法と相乗的に作用する可能性が高い。ストレスホルモン経由の免疫抑制効果は、おそらく一時的であり、CAFの免疫刺激作用によって打ち消されることが多いと考えられる。ただし、このバランスは個人差によって変動する可能性がある
カフェインとがん性疼痛への影響
・がんに伴う疼痛は、患者のQOLに深刻な影響を与える重大な臨床的課題。オピオイドはがん性疼痛の管理において重要だが、強い痛みや難治性の痛みに対しては不十分であることも多い。したがって、オピオイドの効果を高める戦略の探求には治療的価値がある。
ある研究では、進行がん患者においてCAFをオピオイド療法の補助鎮痛薬として静脈注射した際の効果を評価。CAF群では平均0.833の疼痛強度の低下が見られたのに対し、プラセボ群では0.350だった。CAFががん性疼痛およびオピオイド療法に与える影響を評価するには、さらなる研究が必要だが、この分野における治療的可能性が示唆されている。
カフェインと化学療法剤との相互作用
・CAFは細胞周期への影響、アポトーシスの誘導、薬剤排出の抑制によって化学療法剤の効果を高める可能性がある。以前の研究では、CAFが遊離ドキソルビシン濃度を低下させることでその細胞毒性を抑制すると示唆されている。最近の研究では、CAFが細胞周期チェックポイントの阻害、アポトーシスの促進、薬剤排出の減少など複数のメカニズムを通じて化学療法剤の効果を高める可能性を支持されている。ある研究ではCAFがDNA損傷応答経路を調節し、シスプラチンやドキソルビシンなどの薬剤に対する感受性を高めるケモセンシタイザーとして機能することが強調されている 。CAFはATR-Chk1シグナルを妨害し、G2/M停止を解除して腫瘍細胞を有糸分裂カタストロフィーに導く。この発見はCAFを併用療法の補助剤として検討する合理性を裏付けている。
・2023年には、CAFとドキソルビシンおよびオキサリプラチンをB16F10細胞に併用した際の効果が調査され、CAFは両薬剤の細胞毒性を増加させることが判明した。また別の研究では、CAFがドセタキセルとともにMCF-7乳がん細胞に投与され、化学療法薬の細胞毒性を高めるとともに、自食作用およびアポトーシス関連タンパク質の発現を誘導することがわかっている。