睡眠の質が落ちやすい時期がやってきた。
気温差や空調設定で体調を崩しやすい時期なので気をつけたいところ。
睡眠はヒトのパフォーマンスと生理的回復プロセスに極めて重要だが、現代社会では睡眠時間の短縮化が進んでおり、内分泌系、免疫系、循環器系、神経系、認知系に悪影響を及ぼすことで慢性疾患の発症につながる恐れがある。
睡眠時間の短縮は疲労感や身体活動の低下につながるため、エネルギー消費量の減少を招く。
近年、睡眠に影響を与える要因の分析、睡眠パターンが代謝に与える影響、いくつかの慢性疾患発症につながる食選択が研究されている。
リンクのデータは、睡眠パターンが食行動や非伝染性疾患リスクに及ぼす可能性について科学的な文献レビューを提供することを目的としたもの。
Medline(PubMedインターフェース)で、2000年から現在までの間に発表された論文のうち、睡眠と周期的代謝過程や食行動の変化と関連するものを選択。
現在睡眠は過小評価されており、様々な身体システムのパフォーマンスに影響を及ぼしている。睡眠不足は生理的なホメオスタシスを変化させ、食行動に影響を与えるだけでなく、慢性疾患の発症にも影響するようだ。
Sleep Patterns, Eating Behavior and the Risk of Noncommunicable Diseases
睡眠に影響を与える要因
昼行性生物であるヒトにとって睡眠と覚醒サイクルは、恒常性維持プロセスと概日リズムプロセスの相互作用による。外界の明暗信号が生体に伝達されると時計遺伝子が活性化され、視床下部視交叉上核や末梢組織に存在するこれらの遺伝子が日常生活の変化を予測して行動や生物学的概日リズムを調節し、行動を調整する。
すべての個人は、クロノタイプ(朝型、夜型、中間型)と呼ばれる独特の概日睡眠覚醒の嗜好性を持つ。
朝型のクロノタイプを持つ人は、早寝早起きで1日の開始時に心身のパフォーマンス、体温、コルチゾール、メラトニンがピークに達する。このタイプの人は、勤務日と休息日の間に規則正しい睡眠パターンをとる傾向がある。
一方、夜型の人は寝るのも起きるのも遅く、社会的時差ボケ、つまり生物学的な時間と社会的な時間のズレを経験し、1日の終わりに良いパフォーマンスを発揮し、より強い疲労を感じ、睡眠の質が悪いと報告されている。
サーカディアン嗜好性は生物学的および社会的要因によって幼少期に決定されるが、時計遺伝子の遺伝的変異との関連性を示す研究もある。遺伝的素因に基づくサーカディアン嗜好性は人生初期に明らかになり、これらの嗜好性に対する遺伝的影響は思春期から成人後まで子どもの成長を通じて安定している。
幼い子どもは非常に顕著な早起き傾向を示す。
6歳以下の子どもの約90%が早起きで、4歳から11歳の子どもの46%が早起きのであると推定されている。
しかし思春期には夜型への移行が顕著になる。
サーカディアン時計の主な役割は昼間に目覚めを促し、夜間に睡眠を促すことだが、今日では人工光を無制限に利用できるため、人々は内因性概日リズムに対して好ましくない行動をとるようになった。
この時間的なズレはサーカディアン・ミスアライメントと呼ばれ、体内サーカディアンシステムが外部環境と整合しない場合に起こり、現代社会で非常によく観察される慢性的な睡眠不足を引き起こす。
サーカディアンミスアライメントは多くの健康上の問題と関連していることが多く、シフト勤務や夜間勤務をする人の増加、労働時間の増加、通勤時間、時差ボケ、心理社会的ストレス、テレビ・ラジオ・インターネットとの関わりなど、いくつかの要因が関与する。
シフト勤務は社会にとって必要不可欠なシステムだが、胃腸障害、メタボリックシンドローム、糖尿病、生殖障害、乳がんや前立腺がん、耐糖能異常や心肺機能低下と関連している。
近年、パソコンや携帯電話、ゲーム機やタブレット端末などの電子機器が若年者の睡眠不足に関連している。
寝室にこれらの機器があるだけで睡眠時間が短くなり、日中の眠気が増す傾向があるとする研究もる。
これらの機器の使用によって座りがちな生活様式が増え、主観的な睡眠の質も低下し、就学時間中の居眠りや日中の眠気の増加にもつながる。
子どもの場合、睡眠時間に影響を与える要因の一つに、テレビ視聴と寝室のテレビの存在があげられる。テレビは睡眠時間を直接的に妨げたり、睡眠時間や睡眠の質の決定要因となる感情・精神的な覚醒や光照射を増加させる。不十分な睡眠時間は、学業成績の低下、うつ病、怪我、肥満のリスクの増加など、心身の健康状態の悪化と関連している。
睡眠と食の選択
睡眠時間の短さには食品選択や食行動の変化が関連している。睡眠障害は眠気の増加や体温調節機能の変化、視床下部-下垂体-副腎軸による成長ホルモン分泌がエネルギー消費の減少につながることが知られている。
睡眠不足は食欲も増進させ、睡眠不足時に選択される食事は甘いものや高密度エネルギー食となる。これらの現象は食欲の神経内分泌制御の変化と関連していると考えられる。
睡眠障害は循環グレリン濃度上昇とレプチン濃度低下を引き起こし、食欲や空腹感の増加を助長してエネルギーバランスに影響を及ぼす。
睡眠障害による空腹感や食欲は、お菓子や塩分の多いスナック菓子、でんぷん質食品などカロリー密度が高く炭水化物を多く含む食品を選ぶようになり、女子ではお菓子やファーストフード、ソフトドリンクの摂取が増え、男子ではその傾向が顕著になる。
子どもの睡眠障害や成人における睡眠時間7時間未満は、果物や野菜の消費量の減少、栄養価の低いエネルギー過多な食品の消費量増加と関連している。
睡眠時間が8時間/夜未満と回答した青年は8時間/夜以上眠る青年と比較すると、炭水化物やタンパク質よりも脂肪からの総カロリー摂取が多い傾向にある。
成人における急性睡眠不足は、主に炭水化物と脂質消費の増加、スナック菓子の消費増加によりカロリー摂取量を増加させる。
睡眠と慢性疾患
6時間未満の短時間睡眠、睡眠不足、さらには睡眠制限は糖尿病、肥満、高血圧、乳がん、冠状動脈性心臓病、低骨密度、肥満度の増悪、インスリン抵抗性リスクと関連している。
一方で、過度の睡眠時間(9時間/夜以上)も有害であり早期死亡率、心血管疾患、認知障害発生率の上昇と関連している。
睡眠とストレス
8~11歳の子ども、睡眠時間の変化により摂取エネルギーが変化するが、睡眠不足は生理的ストレスを引き起こす原因にもなり、それ自体がエネルギーバランス調整因子を変化させる可能性がある。
ある研究では、家庭や仕事に関する身体的・社会的ストレスが不眠症発症や持続リスク上昇と関連していることが示された。不眠症は睡眠を開始または維持することが困難で、1日の早い時間に目が覚め、一般的に睡眠の質と量の両方に不満があることが特徴。
睡眠と夜食
夜食症候群(NES)は、朝の食欲不振、午後の過食、不眠を特徴とし、減量失敗などのストレスが原因のケースが多い。
NES患者には不眠が多く、睡眠の質が低いことが研究により証明されている。
夕方過食のNES患者と夜間過食のNES患者を比較したところ、夕方過食群において食事エピソードの総時間、起床後の食事潜時、食事エピソード後の睡眠潜時がより長くなることが観察された。夕方過食の患者では睡眠障害が高まると考えられる。
睡眠と心血管系疾患
睡眠と心血管疾患リスクとの関係を示す証拠が増えている。
最近では、シフト勤務者における睡眠パターンと心血管疾患リスク増加の関連性が証明されている。これらは動脈硬化発症と心血管疾患リスク上昇の重要な要因である内皮機能障害を引き起こす原因であると考えられる。
睡眠とインスリン抵抗性
急性睡眠不足は食事摂取量を増加させ、耐糖能とインスリン感受性を低下させる。
この一連の流れの中で重要なのが、口から栄養を摂取した後に分泌される腸内ホルモン「グルカゴン様ペプチド1」(GLP-1)で、GLP-1はインスリン抵抗性を改善し、食事摂取量を減らせる。睡眠が悪化するとGLP-1のシグナル伝達がうまくいかなくなる可能性がある。
若い男性において、断片的な睡眠をとった晩は、通常の睡眠をとった晩に比べて、午後の血漿GLP-1濃度が低下することが明らかにされている。
睡眠の減少がインスリン感受性に及ぼす正確なメカニズムはまだわかっていないが、ホルモンメカニズム、特に食欲を促進する役割を持つホルモンの変化が関与している可能性がある。
睡眠と糖尿病
いくつかの研究では、シフト勤務の人は2型糖尿病の発症と正の相関があるとされている(概日リズムの乱れ)。
睡眠時間と2型糖尿病との間にU字型関係(曲線罹患率および死亡率)が存在することを示す科学的根拠が得られており、両睡眠時間のグラフが極端に長いと慢性疾患発症リスクが高くなることが示されている。
中高年を対象に行われた研究では、睡眠時間が短い(5~6時間/夜)と回答した人は、1日の睡眠時間が8時間の人と比べて糖尿病を発症する可能性が2倍高いことが明らかにされた。
同時に、1日の睡眠時間が8時間以上と回答した人は糖尿病を発症する可能性が3倍高かった。このリスク上昇は、年齢、高血圧、喫煙習慣、教育、健康状態、ウエスト周囲径を調整しても変わらなかった。
女性70,026人を対象とした10年間のコホート研究では、睡眠時間が5時間以下と回答した人は、7~8時間の人と比べて糖尿病発症リスクが高いことが明らかになっている。
睡眠と睡眠時無呼吸症候群
日中の過度の眠気、肥満、睡眠時無呼吸症候群は先進国で広く見られる症状であり、肥満は睡眠時無呼吸症候群発症の最大の危険因子である。
睡眠時無呼吸症候群は上気道の反復的な部分的または全体的な閉塞を特徴とする疾患で低酸素血症につながる。肥満の子供や肥満成人では睡眠時無呼吸症候群リスクが高まり、その有病率はそれぞれ36%、30%に達すると推定されている。
睡眠は食欲抑制ホルモンであるレプチンや食欲増進ホルモンであるグレリンなどのホルモン機構を通じて、食欲、満腹感、エネルギーバランスの維持に不可欠な役割を担っているため、睡眠時無呼吸症候群は日中の眠気や運動不足を増長し、食事時間を増やすため、体重増加や肥満をさらに促進する。
睡眠時無呼吸症候群の患者では肥満度にかかわらずレプチンに対する抵抗性が高く、グレリンが高値であることから、脂肪分の多い食品を好むようになり、結果として肥満発症リスクがより高くなると考えられる。
このように、睡眠時無呼吸症候群に伴う睡眠障害は体重増加の促進を引き起こし、本来有効であるはずの減量戦略の障害となる可能性がある。
睡眠不足は高カロリー食への欲求を高め、食欲と満腹感を調節する前頭前野と島嶼部の活動を低下させる。これは、睡眠不足の時間が続くと食欲をコントロールする脳のメカニズムが乱れ、肥満発症や維持につながることを示している。
結論
パソコン、タブレット、携帯電話などの電子機器への依存度の高まりによる睡眠障害は
適切な概日リズムを乱して、概日リズムに依存する様々な生体システム障害を誘発し、糖尿病、心血管疾患、肥満といった慢性疾患の発症リスクを高める。
睡眠の質と時間は、生体の最も多様な機能を最適に機能させるために極めて重要である。