今回のブログも重箱の隅をつつくような内容だが、アスリートの健康全般を考える上で非常に示唆に富むデータだと思うので気になる部分を抜粋してみたい。
内容はタイトルにある通り、腸内細菌と身体活動の関連性について。
ヒト腸内細菌叢は消化管に生息する細菌、古細菌、真核生物、ウイルスを含む人類と共進化してきた微生物集団で、その数はおよそ100兆と考えられている。
バチロータ(Bacillota)、バクテロイドータ(Bacteroidota)、シアノバクテリア(Cyanobacteria)、シュードモナドータ(Pseudomonadota)、フソバクテリア(Fusobacteria)、放線菌門(Actinomycetota)などが主な分類群で、それぞれ相対量が異なる。BacillotaとBacteroidotaは、腸内、特に大腸細菌叢の約90%を占めており、腸粘膜における代謝、保護、構造的機能を有している。
腸内細菌叢は生後数年間で成熟するが、その発達は出産様式、食事介入、抗生物質の摂取など様々な要因に左右され、運動、食事、ストレスなどの環境因子によってエビオシスやディスバイオシスになる可能性がある。
過去のデータでは、上記の微生物群は粘膜のバランスを保ち、上皮細胞の完全性を維持するといった局所的プロセスに関与しているだけでなく、栄養素の生産(食物成分からビタミン、短鎖脂肪酸、アミノ酸を産生)と吸収や、免疫系や神経系にも関与し、脳腸軸を形成している。
さらに、これまでの研究によるとSCFA産生菌など特定の微生物群は食事内容だけでなく、身体活動とも関連することがわかっており、神経炎症と精神的疲労の軽減に役立つ可能性が指摘されている。
現在運動と腸内細菌の関連についてわかっていることは、
・低強度運動は便の通過時間を短縮し、微生物叢と粘液層の間の接続時間を短縮するため、運動強度は腸内微生物の多様性に影響する。
・持久系運動は消化管に変化をもたらし、脾臓血流を基礎レベルの80%近くまで減少させる。
・長時間運動は大腸からの細菌の移動、腸管透過性の亢進、腸管バリアの低下といった効果をもたらし、運動強度は腸内細菌叢と多くの短鎖脂肪酸を調節する。
・少なくとも1日60分、60%HRmaxの有酸素運動は腸内細菌叢とSCFAのβ多様性指数を驚異的に増加させる。
などである。
興味深いのは、アスリートにおいては持久的運動は腸内細菌組成に悪影響を及ぼすが、非アスリートではこの悪影響がアスリートに比べて少ないことである。
ボディビルダーやエリートランナーなど様々なアスリートにおける腸内細菌叢と食事・運動との関連性の評価では、アスリートおよびスポーツのタイプ、食事構成によって腸内細菌叢の多様性に違いがあることが示されている。
しかしデータ数はまだ少なく、決定的な結論を導くにはいたっていない。
リンクのデータは、有益な腸内細菌叢を促進し、有害な腸内細菌叢を抑制する戦略を導き出す可能性を求めて、様々な種類・強度の運動が微生物叢の多様性にどのような影響を及ぼすかを検討したもの。
【結論】
利用可能なデータから、微生物叢は身体的強度のレベルによって影響を受け、細菌の存在量や多様性の指標に影響を与えることが示された。
バチロータ/バクテロイドータ比が身体活動強度レベルに関連して増加する傾向があった。バチロータはより高レベルの身体活動への適応において特異的な役割を果たしている可能性が示唆された。
・様々な身体活動の相互作用を調査した2021年の研究は、持久力と筋トレを実践している被験者と定期的な運動は行ってない対照群とを比較し、体を動かしたグループは対照グループと比較して、コプロコッカス属、パラシュッテレラ属、ルミノコッカス属が有意に多い事を報告した(すなわち健康効果のある菌群が多い)。
・ボディビルダーに高タンパク質、高脂肪、低炭水化物、低繊維質の食事を、長距離ランナーに低炭水化物、低繊維質の食事を提供した2019年の横断研究では、高タンパク質・低炭水化物食を摂取したボディビルダーでは、腸内細菌叢の多様性が低下し、短鎖脂肪酸産生菌の存在量が減少していたことから、身体活動と並行して食事が腸内微生物の多様性に影響を及ぼす役割が描かれた。
・3グループにタンパク質ベースと炭水化物ベースの食事と4日間の極寒軍事訓練を提供した2017年のランダム化比較試験では、生理的ストレスが腸管透過性に影響し、食事を変更することで腸内細菌叢組成が変化することが観察された。
・激しい持久系トレーニングを受けたクロスカントリースキー選手とマラソンランナーを対象とした横断研究は、集中的なトレーニングがより多様な細菌の増殖に関連していることを発見した。
・閉経前女性のVO2-maxを評価した2017年の横断研究では、腸内細菌叢組成と心肺能力は関連していることが示された。さらに、年齢や炭水化物や脂肪の摂取量とは無関係だった一方で、VO2-maxと腸内細菌叢の関係は、体脂肪と身体活動によって媒介される可能性も指摘された。
・運動量の増加は腸内細菌叢組成に影響を及ぼし、特にBacteroidota(旧Bacteroidetes)が減少し、Bacillota(旧Firmicutes)が増加した。B/B比は高強度レベル(60~84%VO2R)の被験者で高まる傾向があった。
・腸の健康状態を表すBacillota/Bacteroidota(B/B)比はこの研究で検討した指標の一つで、他の研究でも、アスリートと座りっぱなしの人ではB/B比が異なることが示され、座りがちの被験者や運動量の少ない被験者でB/B比が低下する傾向が示されている。バクテロイディオータは運動強度に反応して有意に減少し、この変化は腸内細菌叢の重要な構成要素であるこの門が運動療法によって減少する可能性を示唆している。
一方で、腸内細菌叢の代表的な門であるバチロータは運動後に顕著な増加を示した。この増加は、運動療法が消化管のバチロータに良い影響を与える可能性を示唆している。
・バチロータ門には短鎖脂肪酸(SCFA)を生産することができる菌属が含まれている。SCFAsは大腸細胞の完全性を維持し、腸管バリア能を高め、特定の遺伝子発現を制御してムチンの発現を増加させるなど重要なプロセスに関与している。さらに、身体活動の種類や強度とバチロータ(主にクロストリジウム属)の増加に影響する糞便中胆汁酸の量との間に逆相関があるという概念が支持されている。
精神的な面も含めて体調が優れないアスリートのケア、またオフ期に次のピーキングに持っていくためのコンディショニングを考える上で非常に有意義なデータと思うが、いかがだろうか?
直球で受け止めても面白いし、媒介因子として捉えても面白い・・・そんなデータだったんじゃないかなと思います。
コンディション面で不安を感じている選手は、当院に一度ご相談ください。
一歩先に進むためのヒントが提供できたらと思っています。