先日、鬱症状に苦しんでいる知人が相談に訪れてきた。
他人の挙動や近所の騒音など、外的要因によるストレスに悩まされているようだった。
いくら思い悩んでも外的要因が自分に都合よく変化することはほぼ100%ないのだから、住環境なり人付き合いなり自分から変えるしかないのでは?という至極シンプルなアドバイスしかできなかったが、”悩みの沼”にはっまている時はわかっていても中々行動に移せないのもまた人間というもの。
外的要因が運んでくるストレスに対する対処法って実はそう難しくないので、折を見てブログで紹介できたらと思う。
さて、今回のブログは筋肉量と鬱症状に関するデータを簡単にまとめてみたい。
”サルコペニア”は骨格筋量および骨格筋機能の加速度的低下を含む、進行性かつ全身性の骨格筋障害で、長期にわたって一貫して観察される最大の特徴は、筋量低下(LMM)である。
最近の研究ではLMMとうつ病の関連が示されており、LMMを含むサルコペニア患者はうつ病有病率が高く、抑うつ症状と正の相関が確認されている。
うつ病が身体活動低下を引き起こすことでLMMの原因となる可能性と、逆にLMMがうつ病に影響を与える可能性の双方向の関連性が示唆されている。
運動はうつ病の神経病理を緩和する上で重要な骨格筋におけるイリシンなどのマイオカイン分泌の促進など、内分泌系と自己分泌系で需要な役割を果たす。イリシンには白色脂肪褐変の促進、エネルギー消費量の増加、炎症抑制、ミトコンドリア機能の改善など有益な機能がある。また、エネルギー代謝と記憶形成に関連する経路を活性化することでうつ病に関与している。
上記の知見から、うつ病がLMMを悪化させる可能性はあるものの、LMM自体がうつ病の予測因子と考えられる十分なエビデンスがある。
最近の研究では、筋力、特に握力がサクセスフル・エイジングと密接な関係があることが示されている。サクセスフル・エイジングとは、身体的・認知的機能を維持しながら、大病なく心身の健康を維持することである。握力が高い高齢者ほどサクセスフルエイジングを経験しやすいことが分かっており、筋力低下は加齢過程における重要なリスク因子である。
一般に男性は女性に比べてLMM有病率が低いが、これは男性の方が筋量が多いことによる。
また、男性はテストステロン値が高いため、女性に比べて筋肉量や筋力値が高い。
女性はホルモン変動、特にエストロゲンとプロゲステロンに関連した変動が気分や感情的幸福に影響を与え、妊娠、出産、月経周期、閉経移行期はうつ病発症リスクを高める可能性のあるホルモン変化を伴うことがある。
このような生理学的な違いから、男性と女性ではLMMやうつ病リスクの程度が異なっている。
リンクの研究は、韓国の全成人人口を対象とした大規模サンプルにおける骨格筋量の減少とうつ病の状態との性特異的な関連を調査することを目的としたもの。
2012年から19年まで292,922人の成人を対象とした。
【結果】
LMM群では男女ともに対照群に比べてうつ病および重度うつ病のオッズが上昇した。
女性と比較して、男性はLMMとうつ病の有無および重度うつ病の有無との間に強い相関を示した。
【結論】
筋肉量減少は、男女ともにうつ病および重度うつ病の可能性の増加と独立して相関しており、女性に比べて男性で有意に強い相関がみられた。
韓国の無症候性成人では、CESDスコアに基づくLMMとうつ病との性特異的関連性が示された。
・日頃の身体活動などの交絡因子の調整後でも、LMMは男女両群においてうつ病および重症うつ病の有病率と有意に相関していた。驚くべきことに、うつ病有病率は男性に比べて女性で高かったが、うつ病とLMMの相関は女性に比べて男性で強かった。
・男性は女性に比べて糖尿病、高血圧、脂質異常症有病率が有意に高く、空腹時血糖、HbA1c、インスリン、総コレステロール、LDL、TGが高値、HDLが低値だった。
・LMM群の割合は男性より女性の方が高かった。興味深いことに、女性のLMM群の平均年齢は対照群より低かったが、男性のLMM群の平均年齢は対照群より高かった。これは、理想的な外見を身につけることに特に関心を持つ若者の間で、女性はやせ型に、男性は男性らしくありたいという社会的雰囲気があるためかもしれない。
・男女とも、抑うつ症状の重症度および重度抑うつの有病率は、対照群よりもLMM群で有意に高かった。身体活動で調整後も、LMM群ではうつ病と重度うつ病の有病率が高かった。
このことは、身体活動レベルにかかわらず、LMMがうつ病の増加と関連していることを示唆しており、LMMがうつ病の潜在的予測因子であることを裏付けている。
・LMMの病態生理はしばしば炎症性サイトカインの増加と関連しており、このサイトカインはうつ症状に関連している。特にLMMの重要な予測因子であるIL-6は、うつ症状の重症度や悪化と密接に関連している。
・LMMとうつ病の両方で観察されるエネルギー代謝調節障害は、筋タンパク質合成の低下と筋タンパク質分解の増加を引き起こす。このような代謝のアンバランスは、筋力低下と抑うつ症状をさらに悪化させ、両疾患を複雑にするフィードバックループを形成する。
・ホルモンのアンバランス、特にテストステロンやエストロゲンのアンバランスもこの力学に影響を与える可能性がある。加齢に伴うこれらのホルモン低下によって筋肉量が減少すると同時に、うつ病性障害に対する脆弱性が高まる。この変化は男女ともに起こりうるもので、男女ともに認められたLMMとうつ病の相関を説明できるかもしれない。
・テストステロンは成人の筋肉維持に重要なサテライト細胞の活性化、増殖、生存、分化を促進することで、LMMとうつ病に大きな影響を与える。さらにテストステロンは筋タンパク合成を促進し、細胞内アミノ酸の分解とリサイクルを改善し、運動ニューロンの活性を高める。また、多能性幹細胞の筋原線維形成を促進し、アンドロゲン受容体を介する経路を通じて脂肪細胞への分化を抑制することで体脂肪量を減少させる。
男性ではテストステロン値が低下すると、性欲、精力、興味の減退、いらいら、抑うつ気分、脱力感など、うつ病様の特徴が観察される。
うつ病患者では非うつ病患者にに比べてテストステロンレベルが低いことが多くの研究で判明している。特に、重度抑うつ症状や治療抵抗性うつ病の男性ではテストステロン値が低いことが示されている。
当院にお越しのうつ病でお悩みの患者さんも著しく筋肉量が少ない方が多い。
患者さんからすると身体活動は本当にきついことでしょう。
しかし、治療家側としては”うつ病が身体活動低下を引き起こすことでLMMの原因となる可能性と、逆にLMMがうつ病に影響を与える可能性の双方向の関連性” ”筋力低下と抑うつ症状をさらに悪化させ、両疾患を複雑にする負のフィードバックループを形成”といった情報は、患者さんに伝えなければいけないのかなという思いです。
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