当院で最も患者さんが多い年代である閉経移行期〜閉経後。
ホルモン動態によって筋骨格系症状も含む様々な全身症状が現れるため、トレーニングを含む全身のメンテナンスが非常に重要な時期。
特に体脂肪が増加しやすい時期なので、心代謝系疾患には最大限注意を払いたいところ。
体脂肪の増加や脂肪量分布の変化と除脂肪体重減少は更年期女性における心代謝性疾患のリスク上昇の一因となる。
閉経移行期以降に起こる代謝的変化には中心性肥満やインスリン抵抗性の発現など、閉経後女性のメタボリックシンドローム(MetS)、2型糖尿病、心血管疾患(CVD)リスクの著しい上昇の原因となる要因が含まれる。
BMIや体重が変化してない場合も閉経移行期以降はメタボリックリスクが大幅に上昇する傾向があることは認識しておいた方が良いだろう。
インスリン抵抗性などの代謝異常には複数のメカニズムが関与するが、閉経移行期〜更年期は特に身体活動レベルの低下が代謝機能障害を悪化させる。
更年期における典型的な中心性脂肪の増加は、身体活動量減少(40%)と関連することは注目に値する。
閉経移行期の活動的な女性はBMIが低く、脂肪量が少なく、除脂肪体重が多く、甲状腺脂肪が少なく、大腿骨および脊椎領域の骨密度が高い傾向にあり、更年期に肥満および代謝機能障害を発症するリスクが低いことが報告されている。
動物実験では、高体力を持つように選択的に飼育されたげっ歯類は卵巣摘出後の代謝機能障害から保護されるが、低体力を持つように飼育されたものはより影響を受けやすいことが分かっている。
ヒトでも、身体活動を増やすことは卵巣ホルモン喪失後の代謝機能障害から守る有効な戦略であり、運動不足は更年期のにおける有害な代謝的変化の修正可能危険因子であることを認識するのは重要だろう。
Adipocyte Metabolism and Health after the Menopause: The Role of Exercise
・更年期はメタボリックシンドローム(MetS)リスクを増加させる
MetSは、中心性肥満、インスリン抵抗性、高血圧、および脂質異常症を含む危険因子が組み合わされた状態で、身体システムに影響を与えて多くの慢性疾患の予兆となる。
閉経移行期には体組成や局所的な脂肪沈着がMetSの進行に寄与し、CVDやその他の心代謝系疾患リスクを高める。
若年女性はMetSから保護されているが、これは閉経後にシフトし、年齢をマッチさせた男性と比較しても高齢女性でMetSの有病率が高いことが確認されている。
閉経前の女性は年齢をマッチさせた男性と比較してCVD発生率および死亡率が低い傾向にあるが 、閉経後女性はその逆で高齢の男性と比較してよりリスクが高いことが分かっている。
・更年期は肥満感受性を高める
米国では40~59歳の女性の大半が体重過多または肥満であることからも明らかなように、閉経移行期以降は肥満リスクが急激に高まる。
肥満はインスリン抵抗性、高血糖、高血圧、高コレステロール血症、2型糖尿病、心血管疾患など多くの有害な健康アウトカムと関連するため懸念される事態となっている。
肥満リスク上昇は、閉経期に起こるエストロゲン(エストラジオール)循環レベルの低下と関連する。
閉経前女性ではエストロゲンレベルは肥満と逆相関し、これはエストロゲンが脂肪組織の蓄積を制限する働きがあるためと考えられる。
動物実験では、エストロゲンが十分に分泌されている雌げっ歯類は、雄に比べて食事誘発性肥満になりにくいことが一貫して証明されているが、卵巣摘出によりこの保護効果は失われる。
複数の動物実験でエストロゲンが食物消費の減少とエネルギー消費の増加の両方を促進し、負のエネルギーバランスを作り出して体重増加や肥満リスクを減少させることが示されている。
また興味深いことに、少なくとも動物ではエストロゲン減少に伴う食餌摂取量の増加よりもエネルギー消費量減少の方が重要である可能性が観察された。
更年期のエネルギー消費量の減少は、安静時代謝の低下、除脂肪体重の減少、身体活動レベルの低下などの複合的な要因によるものと考えられる。これらの変化は加齢とホルモンの変化の組み合わせに起因している。
ある研究グループは閉経前から閉経後に至るまで、食事記録、身体組成データ、エネルギー消費データを毎年収集するなどの追跡調査を行い、その結果、食事などの他の要因の調整後も、更年期関連の代謝機能不全は、主に身体活動の低下に起因していることを示す証拠を報告している。この研究結果は、エストロゲン減少が身体活動の低下を招き、過剰な脂肪蓄積と代謝機能障害をもたらすことを一貫して明らかにしたマウス研究とも一致し、強く支持されている。
身体活動の低下のメカニズムは不明だが、脳の報酬領域の変化が関与している可能性が指摘されている。
更年期は体重増加だけでなく、脂肪分布パターンも変化させる。
閉経前女性と年齢を合わせた男性では、脂肪蓄積パターンが異なり、男性は腹部内臓領域に脂肪組織を蓄積する傾向があるのに対し、女性は全体的に体脂肪率が高く主に皮下脂肪組織が蓄積される。
卵巣エストロゲンは臀部および大腿皮下領域の末梢脂肪蓄積を促進し、一方、アンドロゲン(主にテストステロン)は内臓腹部脂肪蓄積を刺激する。これは年齢、人種、総脂肪量、およびその他の心血管系危険因子に関係なく、女性の脂肪組織分布が移動して腹部内臓領域に蓄積して心代謝系疾患リスク上昇と一致する閉経後の変化。
このような体組成の変化は、閉経後の心代謝系疾患リスクの重要な決定因子となる。
・更年期は脂肪組織の機能不全を引き起こす
代謝的に有害なのは過剰な脂肪それ自体ではない。
脂肪組織が正常に機能すれば、肝組織などの他の臓器を異所性脂質の沈着から保護するからだ。実際、エストロゲンは皮下脂肪組織の蓄積を増加させるので閉経前女性では代謝障害からの保護が期待される。
臀部/大腿部(雌性)肥満は中心性肥満と比較して、代謝機能障害リスク低減と関連している。
閉経後女性の中心性内臓脂肪量は閉経前女性の2倍に達することがあり、高齢女性は若年女性に比べ中心性肥満の頻度が3倍高いという報告がある。ある研究では、閉経後女性は閉経前女性に比べて内臓脂肪組織と皮下脂肪組織の両方の濃度が2倍高いが、内臓脂肪組織だけがより有害な代謝リスクプロファイルと関連していることが明らかにされている。
現在、脂肪組織は内分泌器官とみなされており、インスリン感受性、ミトコンドリア機能、免疫機能は脂肪細胞機能の「3要素」と考えられている。
エストロゲンは、脂肪細胞機能のこれら3つの側面すべてに影響を与えている。
閉経前は、エストロゲンは脂肪組織のインスリン感受性を高める傾向があり、皮下脂肪組織に安全にエネルギーを貯蔵し、インスリンを介した脂肪分解の抑制を効率的に促進している。
最近の研究では、エストロゲン減少が脂肪組織の炎症を引き起こすことが明らかになっており、エストロゲン減少が全身性のインスリン抵抗性を引き起こすことを説明する一助となる可能性がある。エストロゲンは脂肪細胞のミトコンドリアの健康と代謝にも直接影響し、インスリン感受性の改善と炎症の抑制に寄与している可能性がある。
一方で、エストロゲン減少と相対的なアンドロゲン増加は、更年期に見られる脂質プロファイル悪化にメカニズム的に関係している可能性がある。
さらに、アンドロゲンの増加はエストロゲンのプラス効果を減少させる可能性がある。
いくつかの研究は、エストロゲンの減少よりも閉経後にアンドロゲンとエストラジオールの比率が高くなることが体脂肪全体の増加や中心性脂肪沈着の促進に関係している可能性があると提唱している。
5年間の追跡調査によると、ベースライン時のテストステロンおよびエストラジオール比率が高く、それが時間とともに増加することは更年期移行期の肥満およびMetSリスクの高さと強く関連することがわかっている。
逆説的だが、閉経前女性ではエストロゲン濃度が高いと痩せ型になる傾向がある一方、閉経後女性では肥満によりエストロゲン濃度が上昇するが、これはおそらく脂肪組織におけるアロマターゼ活性の上昇に起因すると考えられる。いずれにせよ閉経後は循環エストラジオール濃度が大幅に低下し、閉経後にアンドロゲン比率が高くなることは脂肪代謝に悪影響を及ぼす変化を引き起こす主要因であると考えられる。
エストロゲン減少による脂肪細胞代謝への悪影響に加え、肥満は脂肪組織の機能障害を引き起こすため、エストロゲン減少と肥満の組み合わせは特に加齢女性にとって問題となる可能性が高い。脂肪細胞代謝不全はインスリン抵抗性を含む全身の代謝機能不全につながり、これは肥満時の脂肪組織の膨張が炎症と脂肪毒性サイクルを作り出すためで、おそらく脂肪組織が過剰な食事性脂質を効果的に貯蔵できないために、他の臓器への脂質の異所性沈着につながるからと考えられる。
小型脂肪細胞はインスリン感受性が高く、脂肪分解の調節障害から守られているが、肥大化した脂肪細胞、特に腹部内臓領域に多く存在すると空腹時インスリンおよびグルコースレベルが高くなる。これは、肥大化した脂肪細胞がマクロファージを引き寄せ、多数の炎症性サイトカインやアディポカインの分泌を特徴とする炎症状態を引き起こすことが一因と考えられている。これらの炎症性細胞は循環器系に入り込み、インスリン抵抗性を引き起こして血管や臓器に悪影響を及ぼす。
興味深いことに、エストロゲンは脂肪組織の拡張性を許容し、肥満関連炎症を緩衝している可能性がある。これは、エストロゲンが脂肪細胞の血管新生とミトコンドリア活性を刺激することに起因しているのかもしれない。
またエストロゲンには抗炎症作用があり、多くの炎症性疾患に対して保護的である。
いくつかの研究が、マウスの卵巣摘出が加齢とは無関係に脂肪組織における炎症性細胞の流入を増加させることを明らかにしている。注目すべきは、その研究で卵巣摘出後の脂肪由来の炎症が総脂肪とは無関係にインスリン抵抗性の主要な予測因子となったことで、この知見は後にラットモデルでも再現され、卵巣ホルモン減少そのものが脂肪組織の炎症状態に悪影響を及ぼすという考えを裏付けるものとなっている。
さらに、エストロゲンの保護的役割はインスリン感受性にまで及び、一般に男性が女性よりもインスリン抵抗性である理由を説明するのに役立つ。
Hyperinsulinemic-Euglycemic Clampを用いた研究では、若年女性の全身インスリン感受性は、体力が同じ男性よりも41%高いことが確認されている。
またある研究では、高齢の肥満男性は体脂肪量、皮下脂肪量が少なく、遊離脂肪量が多いにもかかわらず、高齢の肥満女性よりもインスリン抵抗性であることが明らかになっている。
このことは、インスリン抵抗性のリスク増大が脂肪の増加そのものではなく、むしろ過剰な機能不全脂肪の増加の結果であることも浮き彫りにしている。
過剰な内臓脂肪は機能不全に陥りやすく、脂肪組織におけるインスリン抵抗性の結果である基礎脂肪分解の増加に寄与するため代謝的に有害である。
・運動は更年期以降の代謝ヘルスを改善する
運動がもたらす効果は幅広く、事実上すべての身体機能に影響を及ぼす。
集団全体において、身体活動レベルが高いほど生涯にわたって体脂肪増加が抑えられ、除脂肪体重が維持される。実際、定期的な身体活動は代謝状態を効果的に改善してMetSを予防する。
座りがちな肥満の閉経後女性は、トレーニングに非常に良い反応を示すことが実証されており、身体活動は肥満閉経後女性集団の健康全般を改善するために非常に有益な行動習慣。
特に内臓脂肪の減少に運動は効果的であり、更年期における内臓脂肪の蓄積を軽減する上で極めて重要。
脂肪減少を促進することに加えて、運動は脂肪細胞の代謝を改善してエストロゲンの有益な効果を「代替」するのに有効である。
閉経後女性で体重減少が同程度のグループを調べた研究では、運動をしたグループだけが体組成に好ましい変化が見られ、甲状腺脂肪量と女性型脂肪量比率が減少している。
運動の「量」の違いが代謝にどのような影響を及ぼすかを調べた研究では、ウエスト周囲径、空腹時血糖値、収縮期血圧に見られた有意な改善は用量依存的であった。
720人の閉経後女性を対象とした1年にわたる研究では、低運動量(150分/週)、中運動量(225分/週)、高運動量(300分/週)すべての運動群で体力レベルが向上し、運動量が多いほど、BMI、体重、脂肪量、脂肪率が統計的に有意に減少した。
興味深いことに、用量反応効果の傾向は見られたものの運動グループ間の体重減少に有意な差は見られなかった。
最も重要なことは、運動量が多いほど腹腔内脂肪と腹部皮下脂肪の減少率が大きいことで、この効果を閉経後女性で実証した最初の研究だった。
ラット研究では、生涯を通じて身体活動レベルが高く、体力(走力によって測定)が高いラットは卵巣摘出による卵巣ホルモン低下に伴う代謝機能障害から保護されることがわかっている。逆に、身体活動レベルが低いラットは卵巣摘出後の不利な代謝変化に対する反応が悪化した。しかし、どちらのグループでもトレーニングはインスリン抵抗性やその他の代謝機能不全の兆候を効果的に緩和した。
運動と食事制限の組み合わせは、食事制限だけよりもまざまな結果に対して有意に有益な効果をもたらす事も明らかになっている。性ホルモンの血清レベル、インスリン抵抗性、うつ病のスコアが運動をしない対照群と比較して改善が観察されている。
・運動モダリティに応じた効果
加齢と閉経は除脂肪体重減少を含む身体組成に強い影響を与えるため、筋肉量を改善し維持するようにデザインされたトレーニングが重要。
閉経後女性におけるレジスタンストレーニング頻度および運動量と身体組成の変化との関連を調べた研究では、レジスタンストレーニングが体重増加および身体組成の有害な変化を防ぐのに有効であることが明らかにされている。トレーニング頻度が体重、脂肪率、体幹脂肪(内臓脂肪の指標)の変化と有意かつ逆相関することが判明。これは、年齢、ホルモン療法を受けた年数、除脂肪軟部組織の変化、ベースラインの体組成、ベースラインの習慣的運動量で調整した後でも同様だった。
バランスと敏捷性エクササイズと共に、弾性レジスタンスバンドを使用した16週間の機能トレの効果を評価する無作為化比較試験において、研究対象の閉経後女性で脂肪関連のすべての身体組成変数の有意な改善が観察され、また、総コレステロールとHDLの有意な改善も観察されている。
結論
女性は閉経後30年間を過ごすが、その間に血管系症状、睡眠障害、認知機能の低下、気分障害、代謝機能障害など様々な障害を伴う。加齢に伴う体重増加、体組成の変化、代謝機能不全が男女ともに観察されるが、閉経に伴うホルモンレベルの急激な変化は、代謝リスクの著しい上昇と重なって閉経後女性における心血管疾患および糖尿病の有病率の上昇につながる。
閉経後に脂肪組織が代謝異常を起こし、乳がんや非アルコール性脂肪肝などの合併症や疾患と因果関係があることは研究により一貫して証明されている。
データから、閉経後のトレーニングと健康的な食事パターンの採用または維持が、内臓脂肪蓄積を軽減し代謝の健康を維持するのに不可欠であることが明確に示されている。
更年期における体重増加や脂肪細胞・代謝機能障害を予防することは非常に重要であり、トレーニングは現在利用できる最良の手段である。