WHOによると「うつ病」は全世界の全世代2億8000万人が罹患しており、1990年から2017年までの27年間でうつ病患者が50%増加したという。
2020年以降はパンデミックによってさらに急速に拡大した可能性がある。
うつ病治療は抗うつ薬の処方がメインだがその奏効率は60%程度であり、さらに処方された抗うつ薬の使用に伴う副作用や費用負担が問題視されている。
したがって、うつ病の発症を予防するために効果的なセルフコントロール型の健康法を身につけることは非常に重要だろう。
セルフコントロールの中では特に栄養学が注目されており、”Nutritional Neuroscience”は、炎症、酸化ストレス、エピジェネティクス、ミトコンドリア機能不全、腸内細菌、トリプトファン・キヌレニン代謝、HPA軸、神経新生とBDNF、エピジェネティクス、肥満などを介して栄養因子と人間の認知、行動、感情の関係を示す新しい研究分野である。
過去の研究は栄養状態とうつ病症状の関連性を示しおり、食事や栄養状態がうつ病の発症、強度、期間と関連することを報告している。
食欲不振、食事抜き、甘いものへの渇望はうつ病リスクの増加にリンクする一方、α-リノレン酸、葉酸、オメガ3系不飽和脂肪酸、果物や野菜、魚の摂取はいずれもうつ病リスクを低下させる。
また、腸内細菌が脳機能に影響を与えて気分や行動にも影響を与えることがわかっている(腸脳軸)。
リンクの研究は、韓国の若年成人を対象に栄養欠乏とうつ病の関連性を検討したもの。
うつ病患者(n =39)と年齢と性別を一致させた対照者(n = 76)を対象に、食事記録と食事頻度調査票を用いて食事調査を実施。
結果
うつ病男性はキノコ類と肉類の摂取量が少なく、女性は穀類の摂取量が有意に少なかった。
全体として、うつ病群はエネルギーと栄養素の摂取量が少なく、その差は男性でより顕著であった。
男性のうつ病グループは、エネルギー、タンパク質、ビタミンA、チアミン、ナイアシン、葉酸、リンの栄養素適正比率(NAR)が低く、女性のうつ病グループは、エネルギー、タンパク質、ナイアシン、ビタミンB12のNARが低くかった。
うつ病群では男女ともに平均適正比率が有意に低かった。
さらに、うつ病群の男女ともに不適切な栄養素摂取の割合が高く、男性ではエネルギー、タンパク質、ナイアシン、葉酸、亜鉛、女性ではエネルギー、リボフラビン、葉酸、ビタミンCで有意差があった。
うつ病グループの男女とも栄養素摂取量が少なく、栄養素不足と不適切摂取が高い割合で見られた。
うつ症状を持つ人は、食事の量と質を改善する必要があると結論。
Nutrient Inadequacy in Korean Young Adults with Depression: A Case Control Study
・20-30代の若年成人うつ症状グループではエネルギーや栄養素摂取量が少なく、NAR値が低く、各栄養素欠乏の割合が高いことが示された。
・最近の研究では、食事が酸化ストレスや炎症、さらには脳の可塑性や機能に修正可能な因子として関係することがわかっている。それらの要因はすべて、精神状態やうつ病発症に大きな影響を及ぼす。
・加工肉や赤身肉の大量摂取は、低悪性度炎症(C反応性タンパク質)や炎症性アディポカイン(レプチン)レベルの上昇、その後の脳萎縮と関連しており、うつ病と正の相関があることがわかった。また、砂糖、ファストフード、スナック菓子、清涼飲料水の過剰摂取は神経ネットワークに影響を与える可能性がある腸内細菌叢の機能や微生物代謝に直接変化を与え、うつ病と関連していた。
・うつ病群の食物摂取量の絶対量が対照群より少ないことが明らかになった。
うつ病では食欲の増加と減少という相反する症状が時折現れるが、これらの症状の違いは活性化する脳部位が異なることに起因する可能性がある。うつ病による食欲不振は、側坐核(NAcc)を基盤とした報酬や相互受容の神経回路に関連する、腹内側前頭前野(vmPFC)や海馬との機能的結合の低下、島皮質領域の低活性化と関連していた。
いくつかの研究によると、青年期のうつ病の症状において食欲不振は食欲増進よりもより重要な要因とされている。
・若年成人のうつ病群では、食欲減退によって総カロリーや栄養素の消費量が減少していることが示された。統計的に有意ではないものの、うつ病群のBMIが低いのは食欲減退によるものと考えられる。
・ビタミンB群は、一般集団におけるストレスや不安症状の治療における高用量ビタミンB群の併用療法を支持する十分な証拠がある。葉酸とビタミンB12は、中枢神経系における重要なメチル化活動において必須メチル供与体として機能するS-アデノシルメチオニンの合成に必要。
S-アデノシルメチオニン合成が阻害されると、DNAのメチル化とセロトニンやカテコールアミンなどのモノアミン系神経伝達物質の生成が減少する可能性がある。
実際に、神経精神疾患患者では葉酸とビタミンB12欠乏がよく観察される。
・男性うつ病群は葉酸摂取量およびNARが正常群より低く、50%以上がEARの75%未満しか摂取していなかった。女性のうつ病グループでは葉酸の摂取量とNARに差はなかったが、EARの75%未満の摂取量は女性うつ病群で高かった。葉酸摂取量の少なさがうつ病の原因か結果かを特定することはできないが、葉酸摂取量の少なさが、少なくとも男性ではうつ病を強めたり長引かせたりすると考えられる。
・ビタミンB12はうつ病との関連性が広く指摘されている。うつ病グループの女性では、NARレベルとビタミンB12摂取量は低かった。ビタミンB12不足は珍しいが、うつ病による栄養不足は、肉の摂取量が少ない女性ではその状態を悪化させるかもしれない。男性における葉酸不足と女性におけるビタミンB12不足は先行研究でも観察されていることから、栄養状態がうつ病の発症と関連する場合、性別に応じた介入が必要であることを示している。
・うつ病群の平均アルコール摂取量は12.6±21.9g/日(約12g/グラス)で、対照群より高いもののライトドリンカーレベルだった。
・食事記録の結果に基づく食品群摂取量の評価では、うつ病群の男性は肉類やキノコ類の摂取量が少なく、うつ病群の女性は穀類の摂取量が少ないことがわかった。男女のうつ病グループともに、油脂類の摂取量が少ないことが確認された。
・FFQデータを用いて長期的な食事摂取量を比較した結果、男性うつ病群では砂糖摂取量が有意に多く、女性うつ病群では米、麺、飲料の摂取量が有意に少ないことがわかった。
また、女性うつ病群ではいずれの調査方法においても穀物摂取量の減少が確認された。
女性の穀物消費量は長期・短期食生活のいずれにおいても有意に減少していることがわかった。
・身体活動がうつ病予防・治療効果を持つことは、数多くの研究によって証明されている。
特に薬物感受性が低い人や健康な人にとって、運動は薬物の代替や相乗効果になると考えられる。この研究では、うつ病のグループは運動量が少ないことが明らかになった。
運動しない人と運動する人の比率は同等であったが、頻繁に運動する被験者の数は、コントロールと比較してうつ病症状群で非常に少なかった。
・KNHANES V-VII(2010-2018)のデータでは、うつ病は野菜・果物の摂取量が少ないこと、カレーライス・海藻・きのこの摂取量が少ない、砂糖入り飲料の摂取量(≧1日)、短眠、仕事上の身体活動の増加、娯楽上の身体活動の減少、食生活の悪化、性差、夜食、栄養状態と関連すると報告されている。
他の疾患を伴ううつ病の場合、メタボリックシンドローム患者のナイアシン不足、更年期女性のオメガ3脂肪酸不足、慢性腎臓病患者のビタミンD不足なども報告された。
・この研究は大規模な研究ではないが、うつ病の程度が重くなくても食事や栄養の質に差があること、若年成人の食事の減少がうつ病の兆候である可能性を示唆している。