”衝撃が発生しないスポーツ”における骨の健康について近年スポーツ科学の分野で関心が高まっている。
衝撃が発生しないスポーツの一つに自転車競技がある。
サイクリストを調査した過去の研究では、骨の健康マーカーが低い値になる傾向が示されており、外傷及びスポーツ障害や骨疾患(骨粗鬆症)の早期発症のリスクが高まる可能性が示唆されている。
サイクリストにとって骨の健康マーカーが低くなる問題は多因子的で、主因の一つは、骨のリモデリングを刺激する衝撃が加わらないことである。男女両方のアスリートにおいてロードサイクリングは体重負荷のある他のスポーツと比較して有意な骨形成効果をもたらさない。
他の要因には、エネルギー利用能(EA)、具体的には除脂肪体重(FFM)との関係で表される全ての代謝プロセスに利用可能な食事エネルギー量がある。エンデュランス系レース(長距離)でトレーニングや競技を行う選手はエネルギー不足に陥りやすい。これはサイクリストがパワー/体重比を向上させる目的で、炭水化物やエネルギー制限食を用いて体重や脂肪量を減らすことに起因する。体重の軽い選手は、体重の重い選手よりも上り坂で同じスピードを維持するために消費するエネルギーが少ないため長い上り坂での疲労を遅らせることができる。
このようなエネルギーの不均衡は女性および男性アスリートの生殖機能と骨の健康に関連しており、「スポーツにおける相対的エネルギー不足」(RED-S)としても知られる。
エネルギー不足に関連したテストステロン、トリヨードサイロニン(T3)、レプチンなどのホルモン抑制は男性アスリートにおける生殖系とエネルギー代謝の調節不全を示唆する。
エリートサイクリストの発汗によるカルシウム喪失量の増加(最大150mg/h)は、骨密度(BMD)に悪影響を及ぼすもう一つの要因になる。発汗によるカルシウム喪失の結果、副甲状腺ホルモン濃度が上昇し、血清カルシウム濃度を上昇させるために骨の脱灰が促進される。このメカニズムの慢性的な活性化はエリートサイクリストの低BMDの一因となる。
高レベルのロードサイクリスト(よく訓練されたアマチュアおよびプロのサイクリスト)のトレーニング年数や競技年数が骨の健康マーカーに及ぼす影響を評価した研究は多い。
最近では、アマチュアと比較してプロのサイクリストのBMD、骨塩量(BMC)、骨面積(BA)が低いことが報告されている。
またノルウェーの研究では、ノルウェー国内のエリートロードサイクリストはランナーに比べてBMDが低く、激しい持久力トレーニングを行っているにもかかわらずかなりの割合が低BMDに分類されることが報告されている。
リンクの研究は、プロロードサイクリスト骨の健康マーカーの変化を評価した研究が現在まで存在脚ないことから、プロロードサイクリストにおける1シーズンにわたる骨健康マーカーの変化を評価したもの。
デンシトメトリーを用いて、プロサイクリストの1シーズン後の骨密度(BMD)、骨塩量(BMC)、骨面積(BA)、脂肪量(FM)、無脂肪量(FFM)、Tスコア、Zスコアを測定。
結果
プロレベル1シーズン後、サイクリストのBMDは脚、体幹、肋骨、骨盤で有意に減少した。
BMCは腕と脊椎で減少した。
BAは腕と脊椎で有意に減少した。
Zスコアの有意な減少、Tスコアと総BMDの減少傾向が観察された。
プロサイクリング1シーズンは、骨の健康状態に悪影響を及ぼすのに十分と考えられる。
One Season in Professional Cycling Is Enough to Negatively Affect Bone Health
・プロサイクリストにおいて、1シーズンのトレーニングと競技後に腕と脊椎レベルのBMD、BMC、BAが減少した。この結果はプロサイクリストにおいて骨の健康マーカーに悪影響を及ぼすには1シーズンで十分であることを示唆している。具体的には、脚、体幹、肋骨、骨盤のBMDが有意に減少し、BMD全体では減少傾向が見られた。
・プロサイクリストはアマチュアサイクリストに比べてBMDが低いことが観察された。
さらに、すべてのプロサイクリストと15人中7人のアマチュアサイクリストのBMDは1.033g/cm2以下だった。これは北米健康調査(NHANES III)で確立された男性の通常のBMDカットオフ値。
・若いサイクリストは橈骨と脛骨レベルのBMDとBMC値が低いことが他の研究で示されている。これは、サイクリストが幼少期から骨の健康に悪影響を受けていることを示唆している。骨レベルで悪影響が若いサイクリストに現れ、競技期間中、特にプロレベルで長期化した場合、骨病理(骨減少症または骨粗鬆症)のリスクが高くなると考えられる。
これは、プロ(アマ)サイクリストは骨折リスクが高いことを示唆している。
・プロのサイクリストではトレーニングと競技を1年間行うだけで、骨の健康状態に悪影響を及ぼす可能性がある。また、プロサイクリストではないより低いレベルのサイクリストにおいても、骨の健康状態の悪化を防ぐ介入を実施する必要がある。骨格への機械的負荷が低いこと、エネルギー不足と大量のトレーニングや競技(500~1000km/週)が組み合わさっていること、発汗によるカルシウム喪失が増加していることといった特徴が骨の健康の低下に寄与している可能性がある。
・低エネルギー利用能(LEA)と低体重はプロサイクリストにおける骨の健康状態の悪化に関与している。LEA高リスクは男女両方のプロサイクリストで確認されている。骨強度は直接的・間接的にLEAの影響を受ける。直接的なメカニズムは、トリヨードサイロニン(T3)、インスリン様成長因子1(IGF-1)、インスリン抑制によるもので、骨形成が減少する。
間接的なメカニズムは、生殖ホルモンの減少による骨吸収の増加である。
・エネルギー利用能が低下すると、女性では黄体形成ホルモン(LH)が減少する。LH減少は若い女性アスリートによく見られる低体重、過度な運動、および/または高ストレスによる二次的な機能的視床下部無月経(FHA)による可能性がある。
・男性アスリートもホルモン機能障害に悩まされる可能性がある。エンデュランス系アスリートでは総テストステロン値および生物学的利用可能テストステロン値が大幅に低下する。
男性のこのような状態は男性性腺機能低下症(EHMC)と呼ばれる。例えば、超持久系競技(100kmを超えるレース、極端な環境条件下)を行うエリートアスリートは基礎テストステロン値が正常な生理的範囲を大きく下回ることが観察されている。
・男女共にサイクリストではホルモン軸に変化が生じ、その結果骨マーカーレベルに悪影響を及ぼす可能性がある。最近の論文では、短期間の糖質制限により安静時および運動中の骨形成マーカーが減少することが示されている。
骨代謝に影響を及ぼす可能性のあるホルモンはコルチゾールで、これはエンデュランス系スポーツ後に増加し骨形成マーカーと負の相関を示す。超持久系競技の激しい生理的・環境的ストレスは、競技後のテストステロンおよびLH濃度の急低下、コルチゾールの上昇を誘発する可能性があり、視床下部-下垂体軸機能の著しい抑制を示唆している。
・2時間程度の適度なサイクリング中の発汗によるCa+喪失の増加も、血漿副甲状腺ホルモン濃度の上昇を伴う血清Ca+の減少と関連していることが観察されており、骨吸収を促進する可能性がある。この副甲状腺ホルモンの運動に対する反応は、サイクリングの直前またはサイクリング中にカルシウムを補給した場合には減弱する。
まとめ
この研究で得られた知見と考察では、サイクリングが骨の健康(低BMD)に悪影響を及ぼすことは明らかで、骨の劣化を遅らせるためには高衝撃による骨形成を促すためにジャンプトレーニングが取り入れらたり(骨減少症や骨粗鬆症の人の場合、ストレス骨折のリスクを高めるので注意)、適切な栄養戦略を立てる必要がある。