妊娠中は、胎児の成長と神経発達に不可欠な微量栄養素の要求量が増加する時期。
中でも、セレン(Se)は子供の成長と同時に母親の甲状腺機能をサポートするため、妊娠中は需要が増加する。
これはセレンの供給が制限されている地域に住む人々にとって特に重要であり、多くの妊婦がセレンのサプリメント補給を選択している。
Seは、甲状腺ホルモンシグナル伝達と神経系の発達の制御に顕著な機能を持つセレンタンパク質の生合成にとって重要。
またSe欠乏は、妊娠高血圧、妊娠糖尿病、妊娠合併症(早産、流産、低体重児)のリスク上昇や、新生児の神経発達不良と関連する。
さらに妊娠中のSe欠乏を予防することで、産後の甲状腺炎やうつ病リスクを低減することができる。
ヨウ素(I)はSeとともに、胎児の神経系形成における神経細胞の移動と髄鞘形成に関与し、Iが不足すると神経発達障害やクレチン症になると言われている。
甲状腺機能低下症(HT)や自己免疫性甲状腺炎(AIT)の発症には、両元素が中心的な役割を担っている。Iが不足している地域では、妊娠中に甲状腺機能低下症が多く観察される。
最近の研究では、ポーランドの妊娠中および授乳中女性は、IとSeの両方の欠乏症リスクが高いとされている。しかし、妊娠中にSeの必要量が増加することはあまり知られておらず、評価もされていない。
これを検証するために、Se欠乏症が蔓延しているポーランドで観察研究が行われた。
妊娠中の女性に研究への参加を呼びかけ、妊娠末期に血清サンプルを提供。
微量栄養素の補足的摂取に関する情報は、対面式インタビューで記録。
出産時に新生児の臍帯血から血清を分離し解析。
甲状腺ホルモンの状態は通常の臨床検査で評価し、Seの状態は総SeとセレノプロテインP(SELENOP)濃度および細胞外グルタチオンペルオキシダーゼ(GPX3)活性で決定。
Seの状態に関する3つのパラメータは、母親グループと新生児グループにおいて強い相関があり、さらに母子ペアにおいても有意な相関が認められた。
母親の3分の1は、主に多量栄養素のサプリメントの成分として、平均(±SD)量42±14μg Se/日のSeの追加摂取を報告したにもかかわらず、母親の79%が血清中Se濃度が70μg/L未満(Se欠乏症)、22%が45.9μg/L未満(重度のSe欠乏症)で、ほとんどの女性がSe不足の状態にあることが示された。
Seの供給不足は、比較的低いSELENOP濃度とGPX3活性にも反映されていた。
サプリメント摂取を報告した母親のグループでも、総Se量、SELENOPやGPX3レベルも、非摂取グループより有意に高くはなかった。
・大多数の母親と新生児の両方において、Seが顕著に欠乏していることが示された。
多量栄養素のサプリメントを毎日摂取しても効果はわずかであり、セレノプロテインの発現に対する効果は1日のSe摂取量が55µgを超えたときに観察された。
母親と新生児のペアサンプルの分析から、Se不足が母親から子供へ個別的に移行することが観察されたが、顕著な個人差があった。
・米国国立衛生研究所(NIH)は、成人のSe推奨食事許容量(RDA)を55μg/日、妊娠中は60μg/日、授乳中は70μg/日としている。
欧州食品安全機関(EFSA)はより高い1日のSe要求量を設定し、成人(妊娠を含む)で70μg、授乳婦で85μg。
ドイツ、オーストリア、スイスの栄養学会(DACH)は、妊娠中および非妊娠中の女性(60μg)、男性(70μg)および授乳中の女性(75μg)、0〜4ヶ月未満の子供には10μg、4〜12ヶ月には15μgを推奨。
・上記の基準は母親の適切なSe摂取を前提としており、ポーランドおよびヨーロッパの個人(妊婦を含む)では不十分(ある研究では30~40μg/日)であることが知られている。今回の研究では、要因の個人差を考慮した地域別推奨の必要性を強調。
・今回の研究では、調査対象となった母親の血清Seは54μg/Lと低く、臍帯血ではさらに低い値(36μg/L)だった。SELENOPの濃度はわずかに高く、母親の一部(20.2%)、同時に新生児の大部分(80%)で重度の欠損が認められた。
血清Seが50μg/L未満は、ワルシャワの妊婦の31%および我々の研究の妊娠の32%で報告された。
・新生児を対象とした最近の研究で健康な被験者の0日目の血清Seが評価され、平均Seレベルは36.2μg/Lだった。これは成人の値の40%に相当する。
今回の分析では、新生児のSe濃度は非常に似ており、平均して母親の濃度の33%に相当することが報告された。どちらの結果も、ドイツの新生児のグループで観察されたレベル(約50.6μg/L)以下だった。
新生児の血清Se濃度とGPX3活性が母親よりも低いという今回の結果は、すなわちニュージーランドなどSe濃度の低い別の地域における同様の研究結果とも一致する。
・Seの補給はセレノプロテインの生合成を効率的に増加させ、それによって血清Seの状態を改善することが分かっている。妊娠中のSe補給が母親の産後疾患を予防することがいくつかの研究で報告されている。
・妊娠後、補給したSeは母乳に移行し、授乳期には主にSELENOPの形で新生児に移行し、Seの標的輸送と組織蓄積を可能にする。
・今日まで、Seの積極的な補給は軽度のバセドウ病眼症(GO)の場合にのみ公式に推奨されてきた。しかし、かなりの数の研究が、AIT、HTおよび妊娠中の有益な影響について論拠を示している。
しかし、妊娠中の欠乏を防ぐために必要なSeの量は、居住地域や習慣的なSe摂取量に強く依存的であり今のところ確率されていない。
例えば北米やその他のSeが豊富な地域など、基本的なSe摂取量が十分に確保されている場合には、多量の投与は必要ないと思われる。
・Seは主に無機塩として投与されるが、より高い生物学的利用能を示す可能性のある有機形態はセレノメチオニン。
健康な女性には60μg/日のセレノメチオニンの補給が推奨され、産後の甲状腺障害のリスクがある女性には200μg/日の補給も推奨されているが、通常この量は一般の妊婦用微量元素製剤では補給されない。
ラトビアで行われた研究では、幅広いサプリメント(70%)を使用しているにもかかわらず、妊婦が最適なセレン状態を達成できなかったという、今回の観察と同様の結果が報告されている。
・今回の研究は、ポーランド中央部の妊婦のSeの状態が低く不十分であることを報告する一連の証拠を追加し、母親のSe不足が新生児のSeの状態の悪さに直接反映されるという相互関係を強調するものであった。
・妊娠中のSe補給に関する地域のガイドラインは、Seの状態に関する利用可能な研究に基づいて改訂されるべき。習慣的なSe摂取量には世界的に大きな差があることを考慮すると、Se補給の賛否を問う一般的なガイドラインは作成されない。なぜなら、基本摂取量は非常に強い地域差を示し、したがって、妊娠中の追加必要量はその地域特有のものとなるからである。
地理的な違いに加えて、個人の食事パターンも関連しており、慢性疾患、ベジタリアン、特に菜食主義者は、Se不足のリスクが高い。
日本の食習慣ではセレンが不足することはなく、セレンの持つ毒性の側面から積極的に摂取は推奨されていないが、食や生活環境の欧米化への変化が著しい現代では、妊活中の女性はこういった情報も頭の片隅に入れておいてもいいかもしれない。