近年、ネオアジュバント化学療法、放射線療法、ホルモン療法などの治療法の改善により、多くの高所得国では乳がんの生存率は上昇しているという。
しかし過去の研究では、乳がんサバイバーは長期間の治療により様々な副作用や症状を経験することが報告されており、中でも認知機能の低下は一般的なものであるとされている。
がん関連認知機能障害(CRCI)は、乳がんサバイバーの75%、特に化学療法を受けている人に報告されており、CRCIの中でも注意、処理速度、記憶、実行機能が化学療法後に最もよく見られる障害分野。
現在、化学療法、放射線療法、ホルモン療法ががんサバイバーのCRCIを引き起こす可能性があることや、乳がんサバイバーにおける認知機能低下は主に化学療法に起因することが研究により明らかになっている。
化学療法剤は血液脳関門を通じて脳の特定部位に構造的・機能的変化をもたらし、認知機能の低下を招く。
他方、化学療法剤は正常細胞の損傷を誘発し、細胞の急性炎症を引き起こして細胞の老化を促進し、乳がんサバイバーの認知機能をさらに悪化させる可能性がある。
治療を受けた乳がんサバイバーの約5人に1人は記憶と実行機能に困難があり、同世代の人より注意力が劣り、治療前より認知機能に対する不満が多くなると言われている。
こ認知機能の低下は治療後数カ月から数年間続くことがあり、サバイバーの日常生活、精神衛生、社会関係、仕事などに悪影響を及ぼす。
乳がんサバイバーの認知機能を改善できる最適な介入方法は不明だが、最近の研究では身体運動が認知機能の維持、あるいは改善に役立つ可能性があることが実証されている。
運動は神経栄養因子、神経伝達物質、酵素の放出を誘発するため、神経の成長と発達を促進し、前頭前野と海馬の成長に寄与するという証拠がある。
さらに、運動はうつ病や不安神経症の症状を緩和することで、間接的に認知機能に影響を与える。
運動が認知機能に及ぼす影響に関する研究が増えてきていることは確かだが、運動の種類、強度、時間によって認知機能への影響は異なり、まだコンセンサスは得られていない。
あるメタアナリシスでは、中程度から強度の運動が認知症患者の認知機能障害のリスクを低減させることが示されているが、乳がんサバイバーの認知機能改善に対する様々な種類の身体運動の効果についてはこれまで明らかにされていない。
ある研究では、76人の乳がん患者を対象に1日90分(週3回)の運動を依頼し、8週間のレジスタンス運動と有酸素運動を組み合わせた介入を行った結果、身体運動が自己申告の認知機能を改善することを明らかにした。
さらに乳がんサバイバーを対象とした多くの運動介入試験で、運動が上肢の浮腫や筋力、血管機能、健康関連QOL、疲労、うつ、不安、睡眠などにプラスの影響を与えることが実証された。
しかし、乳がんサバイバーにおける身体運動と認知機能の効果に焦点を当てた研究は少なく、ほとんどの研究が自己報告を用いており、認知機能の客観的で多次元的な測定はいまだなされていない。
リンクのメタアナリシスは、乳がんサバイバーにおける身体運動の認知機能への効果を評価し、身体運動介入が処理速度、実行機能、言語記憶の認知領域に対してどのような効果があるのかを検討することを目的としたもの。
方法
EMBASE、Cochrane Library、Web of Science、PubMedをデータベース開設から2021年6月まで検索。
無作為化対照試験を対象。
結果
12の研究(936名)により、運動は自己申告の認知機能、認知疲労および実行機能を改善することが示された。
Effects of physical exercise on cognitive function of breast cancer survivors receiving chemotherapy: A systematic review of randomized controlled trials
・乳がんサバイバーにおける運動介入の認知機能への影響を検討した最初のメタアナリシス。
・このメタ分析の結果は、乳がんサバイバーにおいて運動が自己申告の認知機能全般、認知疲労、実行機能にポジティブな影響を与える可能性を強調する。
有酸素運動と複合的な運動介入は、自己認知報告に対して有意な効果がある。
特に中強度から高強度の有酸素運動と複合的な運動は、全体的な認知機能を改善することができることを示唆。
しかし、今回の結果では特定の認知領域である処理速度や言語記憶に対する運動介入の有意な効果は認められなかった。
・運動は神経栄養因子、神経伝達物質、酵素(脳由来神経栄養因子、ドーパミン、チロシン水酸化酵素など)の増加を誘導し、神経の成長・発達を促進させることができる。
・運動が前頭前野や海馬の成長に寄与し、脳灌流を高めて脳血管の生成を促進することが、動物実験とヒトでの研究の両方から明らかになっており、特に運動を豊かな環境と組み合わせた場合その効果が期待できる。
・運動は、血糖値、炎症、ホルモンレベルを調整することにより、認知機能を高める効果がある。
・今回の結果は、Ericksonらによる最近のシステマティックレビューに匹敵する。
彼らは、ライフサイクルを通しての認知機能に対する運動介入の効果を調査し、健常者、さらには認知機能障害患者の認知機能を、中程度から強度の身体運動で改善することを明らかにした。
彼らの特定分野の研究では、運動介入によって処理速度、記憶、実行機能が改善されることが示されており、今回の研究結果と一部類似している。
・今回の研究では、処理速度と言語記憶に有意な効果は見られなかったが、有酸素運動は乳がん患者の処理速度を改善した。
・いくつかの研究では複合的運動は運動単独よりも患者の記憶を改善することが示唆されており、これは脳構造、脳機能、脳結合の変化により説明される。
・他のメタアナリシスでは、50歳以上の成人において身体運動が認知機能を改善することが示唆された。
有酸素運動、レジスタンストレーニング、太極拳の介入はいずれも認知機能に有意な効果があり、それぞれの運動は45~60分で、少なくとも中程度の強度があれば認知機能に効果があるとしている。