”Binge Drinking”は短時間に過剰な量のアルコールを摂取することを意味し、欧米諸国の思春期以降のアルコール摂取の一般的なパターンとなっており、ヨーロッパと北アメリカの若者の3人に1人は頻繁にBinge Drinkingを繰り返すという。
Binge Drinkingは24歳頃(青年期後期)にピークを迎え、認知・解剖学的変化や、後年の精神疾患やアルコール使用障害(AUD)発症リスクの上昇と関連する。
アルコール依存症の発症プロセスはまだ完全に解明されていないが、近年、微生物叢の関与が示唆されている。
マイクロバイオーム-腸-脳軸は、サイトカインの発現、短鎖脂肪酸(SCFAs)などの微生物代謝物、トリプトファン代謝、コルチゾールなどの刺激を通じて腸と脳の双方向コミュニケーション経路を形成している。
治療を受けたAUD患者は、腸管透過性の亢進、ディスバイオーシス、AUDの重症度と中毒度に関連する循環性サイトカインとコルチゾールの高レベルを示すことが研究によって証明されている。
興味深いことに、腸内細菌叢の変化(ディスバイオーシス)は慢性的なアルコール使用における社会性の低下と関連していた。
研究者達がAUD患者の腸内細菌をマウスに移植したところ、神経炎症などの脳機能障害や社交性障害などの行動変化が引き起こされることが明らかになった。
腸内細菌は、持続的な社会的認知障害を伴う精神疾患など、社会的行動と密接に関係していることが示唆されている。
思春期における社会的認知はまだ重要な発達過程にあるが、Binge Drinkingをする青年期において社会的認知の欠損が報告されており、飲酒のエスカレーションや将来の依存症発症に関連する。
Binge Drinkingがマイクロバイオームに及ぼす影響を検討した新たな前臨床試験では、微生物組成において微妙ではあるが有意な変化を引き起こし、思春期に観察された変化の一部は成人期まで持続することが示唆された。
このように、思春期におけるアルコールに対する発達的脆弱性は、脳を越えて腸内細菌叢に及ぶ可能性があり、これが成人の宿主の健康に影響を及ぼすと考えられる。
実際、微生物叢-腸-脳軸の変化は、依存症のサイクルを加速させる一因となる可能性がある。
リンクの研究は、アルコールに関連する微生物プロファイルの変化と社会的認知、衝動性、渇望の間の潜在的な関連性(およびその予測値)を調査したもの。
18〜25歳の若者(N = 71)がアルコール使用状況を報告し神経心理学的評価を受けた。
結果
Binge Drinkingはマイクロバイオームの明確な変化および感情認知の困難と関連していた。
いくつかのマイクロバイオーム種の感情処理および衝動性との関連が認められた。
渇望はマイクロバイオーム組成および神経活性ポテンシャルの経時的変化と強い関連性を示した。
若いBinge Drinkers(BDs)の腸内細菌叢の変化と渇望の初期バイオマーカーを同定した。
感情処理とマイクロバイオーム組成の関連は、「社会的認知の調節因子としての腸内マイクロバイオーム」に関する文献が増加していることをさらに裏付けるものだった。
これらの知見は、思春期の脆弱な時期にアルコールに関連した早期の変化を改善することを目的とした新しい腸由来介入の可能性を示唆する。
The Microbiome-Gut-Brain axis regulates social cognition & craving in young binge drinkers
・マイクロバイオームが生涯を通じた重要な時期に、脳と行動のプロセスを形成する役割を果たす可能性があるという認識が広まっている。この研究では、青年期におけるBDの腸内細菌叢の変化とその認知的相関を明らかにしている。
それらの知見は、アルコール依存症が発症する前にアルコール乱用の早期バイオマーカーを決定するために重要となる。
・Binge Drinkingエピソードの数は刺激されたサイトカイン(IL-6とIL-8)の高反応性と相関していた。さらにBinge Drinkingエピソードが新しいほど、血中サイトカインの刺激応答が大きくなる(主にTLR4刺激サイトカインIL-6、IL-8、IL-1β全体が増加する)ことが示された。
同様に、”渇望”はAUD患者の高血中炎症マーカー濃度と関連していた。
Binge Drinkingが1回でもあると腸内細菌産生物質が移動して血清エンドトキシン濃度が上昇し、Binge Drinkingの悪影響に寄与する自然免疫応答が乱される可能性がある。
・Binge Drinkingエピソード数が多いほど衝動性が高かった。これはBinge Drinkingに関する他の文献とも一致する。
社会的認知に関しては、Binge Drinkingが多いほど感情認識課題において嫌悪や悲しみの感情認識が困難になることと関連した。
・飲酒量が多いほどAffective Go/No-go taskの処理速度が遅くなることが示された。反応時間の遅さなど、BDの認知的困難を示す先行研究とも一致する。
・アルコール依存症患者における知見と同様に、若年BDsは感情認識、感情記憶の偏り、心の理論などの社会的認知に(程度は低いが)困難を抱えている可能性を指摘する論文が増えつつある。
社会的認知障害はアルコール依存症発症と持続に関連しているため、関連性が高い。
思春期の未熟な認知過程(例えば、低い感情調節スキル)を考慮すると、感情処理におけるさらなる困難は、おそらく精神病理学的障害のリスクを増加させる。
・マイクロバイオームモデルにより、1回の飲酒回数が多いほど腸内細菌叢組成および機能性の変化と関連することが明らかになった。
アルファ多様性の違いは観察されなかったが、ベータ多様性には有意な関連が見られた。
最近の研究では、若年層における血中アルコール濃度(BAC)の高さとβ多様性の違いも報告されている。
種レベルではAlistipes属のいくつかの種で減少が見れ、Veillonella Disperで増加が見られた。
また直近でBinge Drinkingの経験があるとより多くの属のマイクロバイオームが変化することがわかった。このことから、短期的な変化と持続的な変化の両方があることが示唆される。
・肝疾患患者ではAlistipes属の減少が観察されている。特にAlistipes shahiiとAlistipes indistictusの減少が観察され、Veillonellaなどの日和見病原体は増加が観察されている。
思春期は、外部からの刺激に特に敏感な神経発達の時期である。
仮に、このことが腸内細菌叢にも及んでいる可能性がある。
したがって、マイクロバイオームと免疫の変化は、アロスタティック負荷に寄与し、依存症脆弱性のリスクを増大させる可能性がある。
・1回の飲酒量が多いほど、ヒスチジンとマルトースの分解が減少することが解析で示された。
ヒスチジンはそのヒスタミン毒性から、慢性的なアルコール摂取において最も研究されているアミノ酸の一つ。ヒスチジン分解が低下すると1回の飲酒量が多いほどヒスタミンに変換される可能性が高くなり、腸管炎症が促進される可能性がある。ヒスタミンは、特に炎症反応時に腸管内に比較的高濃度で存在する。
さらに、マルトースの分解が減少するとグルコースの利用可能量が減少する可能性がある。
グルコースレベルの減少による脳内の代替エネルギー源として、酢酸などの他の化合物の利用を余儀なくされる。
・糞便中の短鎖脂肪酸(SCFA)を分析した結果、最大限の飲酒と関連してイソバレートの減少が明らかになった。以前の研究では、AUD患者においてイソバレート合成に関連する腸脳モジュールの存在量が低いことが報告されており、AUD患者で糞便微生物叢移植(FMT)を受けるとイソバレートレベルがベースラインレベルに対して増加することが示されている。
イソバレートの増加は特にAlistipes属と関連しているが、これはこの研究でAlistipesの割合が減少したこととも関連しているかもしれない。
・”渇望”はマイクロバイオーム組成および神経活性ポテンシャルの変化と関連していた。
Ruthenibacterium lactiformans種の減少は、時間経過とともに(ベースラインと3カ月後の両方で)、より高い渇望に関連していた。この種はRuminococcaceaeに属し、渇望の初期のバイオマーカーとして興味深い候補となる可能性がある。
ヒト研究では、渇望レベルが高いAUD患者においてRuminococcaceaeの減少が観察された。
肝硬変AUD患者を対象にFMTを実施した最近の試験では、LachnospiraceaeとRuminococcaceae(この集団に不足している分類群)を強化したFMTを受けた患者はRuminococcaceaeファミリーと負の相関がある抑制の短期改善と渇望の減少を示すことがわかった。
・”渇望”の高さ、酪酸およびイノシトール合成の減少、酢酸、グルタミン酸およびトリプトファン合成の増加と関連していることが観察された。
同様にAUD患者を対象とした研究では、グルタミン酸合成に関連する腸脳モジュールの存在量が多く、酪酸、イソバレレートおよびグルタミン酸の分解に関連する存在量が少ないことが観察されている。慢性的なアルコールの使用は酪酸レベルの低下と関連している。酪酸は腸管バリアの維持に関与するSCFAである。またIn vitroの実験では、酪酸はアルコール誘発性の毒性から保護することが報告されている。
・酢酸レベルの上昇は、アルコール摂取時に腸内細菌叢を再プログラムする。
酢酸はアルコール酸化の主要産物であり、脳のエネルギー源として重要な意味を持つ。
急性アルコール中毒は脳のグルコース代謝の低下と酢酸の取り込み増加と関連し、アルコール中毒の間は脳の代替エネルギー源として酢酸に持続的に依存していることが示唆されている。
アルコール由来の酢酸は脳機能を調節し(例えば神経細胞のヒストンアセチル化を変化させる)、遺伝子発現を調節することによって中毒行動の発現に寄与している。
したがって、他の末梢性の生理的酢酸源(腸内細菌群)が、同様に中枢性のヒストンアセチル化および脳機能に影響を与える可能性がある。腸内細菌はアルコール依存症に関与する神経伝達物質の合成と分泌に関与しており、脳に間接的な影響を与える可能性がある。
・イノシトールはホスファチジルイノシトール経路の重要な代謝前駆体であり、感情障害に関与する多数の神経伝達物質(セロトニン)のセカンドメッセンジャーシステムとして作用する。
イノシトールはセロトニンの再取り込みに反応する疾患(うつ病、パニック障害、強迫性障害)において一定の治療効果を示しており、この研究においてイノシトールの減少が高い渇望と関連していたことの説明になるかもしれない。
・腸内細菌叢の構成と社会的認知および衝動性との間に強い関連性が観察された。
Collinsella属の減少、Roseburia属およびP.arabacteroidetes属の増加など、いくつかの種と高い運動衝動性が関連していた。慢性アルコールと中毒様表現型におけるマイクロバイオーム組成と衝動性の間の関連が示した過去の研究とも一致する。
Roseburiaの増加量は、ADHDやむちゃ食いなどの衝動性障害を示す多くの精神疾患で報告されている。
・感情認識能力の低下、特に悲しみの顔認識能力の低下は、Clostridium spp.、Flavonifractor plautii、Eggerthella lentaの現存量低下、Coprococcus spp.の現存量上昇と関連していた。
特にCoprococcus eutactusの存在量の増加は刺激された炎症マーカー(IL-6、すなわち高反応性)と正の相関があり、これは微生物と感情機能の変化における潜在的メディエーターとして免疫系を指摘できる可能性を有している。
・腸内細菌叢とその代謝産物は、社会的行動や正常なHPA軸、海馬前頭葉、扁桃体の発達を含む社会的情動プロセスに関与する脳領域の発達を調節する役割を果たすようだ。
最近の研究では、AUD患者におけるマイクロバイオームの変化と社交性レベルの関連性が示された。研究者らはAUD患者のFMTをマウスに実施したところ、この操作によってマウスの社会性障害が誘発されることを実証した。
前臨床試験ではマイクロバイオーム組成はAUD重症度と正の相関を示し、社会的認知に関与するとされるドーパミンD2受容体のmRNA発現の低下と相関していた。
・自閉症モデルマウスでは、プロバイオティクス投与は社会的行動の欠損を回復させることが示されている。
・健常者では、プロバイオティクスの4週間投与は感情記憶と感情的意思決定タスクに関連する脳活動パターンの変化と関連して、異なる感情タスク実行中の脳活動や機能的結合の変化が観察された。
ストレス下の成人では、プロバイオティクス介入により感情認識課題の反応時間が早くなり、炎症性サイトカインレベルがの低下がみられた。
これらの知見を総合すると、種や障害を問わず、腸内細菌が社会的認知の調節因子であることを指摘する文献が増加していることを裏付けるものと思われる。
マイクロバイオーム-腸-脳軸の変化はさらなる調節障害を引き起こし、将来の精神疾患を発症するリスク上昇に寄与する可能性があり、これは思春期の脆弱な時期に特に関連性が高い。