腸内細菌叢が面白い。
続々と新しい研究報告が出てくる。
ご紹介するのは、多発性硬化症患者と健常者の腸内細菌叢が異なっており、多発性硬化症患者はイソフラボンを代謝する細菌が少ないことを示し、イソフラボンを代謝する細菌がMSに対する保護作用を持つ可能性を示唆した研究。
イソフラボンを含む食事を摂ることで疾患を予防できる可能性があり、食事による腸内細菌の変化が疾患の重症度を軽減し、MSの病態に寄与する可能性があるという。
Isoflavone diet ameliorates experimental autoimmune encephalomyelitis through modulation of gut bacteria depleted in patients with multiple sclerosis
・腸内細菌が生み出す分解産物は、宿主の免疫系に免疫調節作用と抗炎症作用の両方の影響を与える。MS患者では、健常者に比べて特定の細菌が濃縮または減少していることから、これらの患者では腸内細菌叢の異常が生じていると考えられている。
・ヒトでは、特定の腸内細菌がエストロゲンに似た植物由来の化合物であるフィトエストロゲンを消化する。植物性エストロゲンの代表格であるイソフラボンは、大豆などのマメ科植物に多く含まれているが、人間はイソフラボンを分解するための酵素を持っていないため、腸内細菌叢に頼ってこれらの代謝物を採取している。
・イソフラボンを代謝する細菌がMS患者では健常者に比べて減少していることが判明しており、これらの化合物には疾患を抑制する抗炎症作用があることが示唆されている。イソフラボンは、心血管疾患や癌において抗酸化作用や抗炎症作用を持つ健康食品として知られている。
・イソフラボンを添加した食事を与えたマウスでは、自己免疫性脳脊髄(EAE)が抑制されることを明らかになった。イソフラボンを摂取したマウスの腸内細菌叢は健常者のそれと類似していたが、イソフラボンを含まない食事を摂取したマウスの腸内細菌叢はMS患者のそれと類似していた。
・MS患者には存在しない特定の細菌が、イソフラボン食によるEAEの保護に関与している。EAEの重症度や発症は、食事とそれに伴う腸内細菌叢の変化の両方に影響されることが明らかになった。
・日本など、国民がイソフラボンを大量に摂取している国(10〜30mg/日)では、イソフラボンの摂取量がはるかに少ない欧米諸国(0.1〜1mg/日)と比較して、MSの有病率が低いことがわかった。
・イソフラボンを摂取すると、EAE後の中枢神経系への細胞浸潤が減少する。
MSとEAEの特徴は、CNSへの炎症性細胞の浸潤で、インターフェロン-γ(IFN-γ)、インターロイキン-17A(IL-17A)、顆粒球-マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)を産生するミエリン特異的CD4+T細胞がCNSに浸潤し、炎症と脱髄の促進に重要な役割を果たしている。
・疾患の重症度の低下と同様に、イソフラボンを摂取したマウスは、イソフラボンを摂取していないマウスに比べて、CNSに浸潤するCD4+T細胞の数が減少したが、これらの細胞の頻度はどちらの食餌でも同じであった。
・イソフラボンを含むまたはイソフラボンを含まない食事を6週間与えた後、糞便から分離した細菌DNAの16SリボソームRNA(rRNA)(V3-V4)メタゲノムシーケンスを行った結果、イソフラボンを含まない食餌を与えたマウスは、イソフラボンを含む食餌を与えたマウスに比べて、個々の宿主内の細菌の多様性が減少していることがわかった。このことから、イソフラボンを摂取することで、マイクロバイオームの種の多様性が高まり、炎症が抑えられ、全体的な健康状態が良くなることが示唆された。
・イソフラボン食を与えたマウスとイソフラボンを含まない食を与えたマウスでは腸内細菌叢が異なることが明らかになったが、注目すべきは2つの食餌を摂取したマウス間の細菌属の特異的な違いが、MS患者と健常対照者の間で観察されたいくつかの細菌の違いと相関していたことである。具体的には、イソフラボンを代謝するAdlercreutziaとParabacteroides distasonisが、イソフラボン食を摂取したマウスでより多く存在していた。
・Akkermansia muciniphilaは、イソフラボンを含まない食事をしたマウスでより多く検出され、この属は健常者と比較してMS患者でよく濃縮されていた。
・イソフラボン食を摂取したマウスのEAE抑制には、イソフラボン代謝菌とその代謝物が必要である。腸内細菌叢を除去し、特定の菌種で再構成したマウスを用いて、EAE発症に対する反応を評価した結果、イソフラボン食を与えたマウスでは、P. distasonisとA. equolifaciensがEAEからの保護に不可欠であることがわかった。一方、イソフラボンを含まない食餌を与えたマウスでは、これらの細菌の存在が疾患を悪化させた。
・イソフラボン代謝菌ではない大腸菌で再構成して同様の実験(腸内細菌叢を除去し、特定の菌種で再構成)を行った結果、どちらの食餌を与えたマウスでも、大腸菌を投与したマウスではEAEに差が出ないことがわかったことから、イソフラボン代謝菌は宿主がイソフラボン食を摂取している場合、独自にEAEを防御することができると考えられる。
・A. muciniphilaがイソフラボンを含まない食事をしたマウスの腸内細菌叢で増加していたことから、A. muciniphilaを再構成して上記と同様の実験(腸内細菌叢を除去し、特定の菌種で再構成)を行ったところ、イソフラボンフリー食のマウスにA. muciniphilaを投与した場合、同じ細菌を投与したイソフラボン食のマウスよりもEAEがやや悪化することが確認された。このことから、A. muciniphilaは、イソフラボンを含まない食事をしたマウスのEAEに悪影響を与えている可能性が示唆された。
・糞便微生物叢移植(FMT)は、腸内細菌叢に基づく治療法であり、現在、様々な免疫介在性疾患に対する有効性が検証されている。イソフラボン含有マウスまたはイソフラボン非含有マウスからのFMTがEAEに影響を与えるかどうかを調べるた結果、イソフラボン入りFMTとイソフラボンなしFMTのどちらを与えても、EAEの臨床症状に違いは見られなかった。マウスの場合、イソフラボン食によるEAEの予防には、イソフラボンを代謝する腸内細菌が重要であることが示唆された。
・イソフラボンは、Parabacteroides属やAdlercreutzia属によってS-equolなどの生物学的に活性のある代謝物に分解され効力が増大する。S-equolを単独でマウスに投与することで、EAEが改善されるかどうかを調べた結果、イソフラボンを含まない食事を与えたマウスにS-equolを投与すると、EAEが改善され、疾患の重症度はイソフラボンを含む食事を与えたマウスと同様になった。エクオールを投与すると、疾患が改善されるという結果は、食事で摂取した化合物の分解によって腸内細菌から生成される代謝物が疾患の経過に影響を与えることを強く示唆している。
・Iso free + DMSO(ジメチルスルホキシド)とIso free + Equolの間に有意な差が見られ、S-エクオールが、イソフラボン食による疾病予防に寄与していることを示唆している。
・MSの病因に対するイソフラボン食の寄与についてはほとんど知られていないが、いくつかの研究では大豆およびその他の豆類の摂取がMSまたはclinically isolated syndrome(CIS)のリスク低減との関連が指摘されている。欧米型の食事(加工度が高く、高脂肪で、肉や乳製品が過剰で、食物繊維が少ない)を取り入れるようになり、MSにおける発症率が増加しているアジアの地域もある。
・大豆を摂取したすべての人がエクオールを産生できるわけではない。これは、いわゆる「非エクオール産生者」の腸内にはイソフラボン代謝菌が存在しないためである。
・特定の腸内細菌の代謝物が中枢神経系の自己免疫を変化させることが示唆されていることは、MSやその他の疾患の治療において、従来の疾患修飾療法(IFN-β、グラチラマー・アセテート、フィンゴリモド、オクリズマブなど)を補完するものとして、食事療法や腸内細菌叢に基づく治療法を利用する際の参考になるでしょう。
・特定の腸内細菌の代謝物が中枢神経系の自己免疫を変化させることが示唆されることは、MSやその他の疾患の治療における従来の疾患修飾療法(IFN-β、グラチラマー・アセテート、フィンゴリモド、オクリズマブなど)を補完するものとして今後も研究が進むことが期待。
最後の結びにもまロマンがある
「腸内細菌叢には300万個以上の遺伝子が存在するのに対し、ヒトゲノム全体は2〜2.5万個のタンパク質コーディング遺伝子が存在する。腸内細菌叢は腸および全身の健康に基本的な役割を果たしていると予想できる。」