新型コロナの新規感染者数ばかりが話題に上がるが、FrontLineで戦う医療従事者(FrontLIne Healthcare Worker = FHW)のコロナ感染率が高いことや、パンデミックよって医療従事者が被るメンタルヘルスの問題が注目されることは少ない。
FHWの精神的負担には、感染への絶え間ない恐怖、社会的汚名や差別に直面、うつ病、無力感、疲労感、フラストレーション、罪悪感、自己非難などの感情がある。
一般集団と比較して、女性FHWはより重度のうつ病、不安、不眠、苦痛を示すというデータもある。
腸内細菌叢-腸-脳軸は長期のストレス要因によって乱され、自閉症、不安、うつ病性障害、統合失調症などの様々な神経精神疾患における重要な経路となる。
コロナと闘う最前線のFHWは多大なストレスを受け、何らかの精神症状を示す場合があるが、このようなストレス誘発性精神障害における腸内細菌叢の役割は現在不明なままであることから、連続的なパンデミック関連ストレスイベントに苦しむFHWの腸内細菌叢の構造と機能を明らかにすることは、ストレスイベントが人間の腸ー脳軸に及ぼす影響を理解し、腸内細菌の治療標的を特定するために非常に重要と考えられる。
ここでは、まず、ストレス関連症状が顕著な女性労働者における腸内細菌叢の変化を調べることを目的とする。次に、ストレス関連症状を有する主婦の長期的な心的外傷後ストレスに重要な役割を果たす攪乱微生物を、微生物叢と精神状態との縦断的関連解析により明らかにすることを目的とする。
リンクのデータは、FHWの心理的ストレスと腸内細菌叢の関連について調査したもの。
16S rRNA遺伝子解析を用いて腸内細菌叢の経時的変化を明らかにし、微生物の変化が対象者の精神状態に及ぼす影響について検討。
その結果、ストレスイベントは医療従事者に著しい抑うつ、不安、ストレスを引き起こし、腸内細菌叢を破壊し、腸内細菌の異常は少なくとも半年間持続した。
そのことがダイナミックな精神状態の変化の根底にあった。
メンタルヘルスに関連する細菌は、主にフェカリバクテリウム属と抗炎症作用を持つユーバクテリウム属だった。
特に、Day0(2ヶ月間の医療現場作業直後)におけるユーバクテリウム属の低存在とバクテロイデスの高発現は、FHWにおける長期的な心的外傷後ストレス症状再発の有意な決定因子であることが示された。
Stressful events induce long-term gut microbiota dysbiosis and associated post-traumatic stress symptoms in healthcare workers fighting against COVID-19
・FHWの腸内細菌叢は持続的なα多様性の減少によって特徴づけられた。細菌多様性の低下は、大うつ病性障害や全般性不安障害などの様々な精神疾患で発生するというデータがある。
過去の研究では、否定的な出来事によるストレスにおけるα多様性の減少が一貫して検出されている。
注目すべきは、FHWsのα多様性の低下が半年間持続することを明らかにしたこと。
さらに、FHWのストレスの多いシーケンスイベントによって腸内細菌叢構造は長期的に乱されていた。
・不安や抑うつ症状は14日目には回復したことから、休息が途絶えたことが原因である可能性が示唆された。
・乱れた6細菌の経時的な軌跡を観察した。クラスタ1のユーバクテリウム属やクラスタ3のエンテロコッカス・フェカリスなど酪酸産生菌であるラクノスピラ科有益菌が経時的に徐々に回復した。
エンテロコッカス・フェカリスは社会的ストレスを受けたマウスの社会活動を促進し、コルチコステロン値を低下させることが2021年の研究で報告されている。
・クラスター2のルミノコッカス属、4のビフィドバクテリウム、5のクレブシエラ・ニューモニエは一時的に変化するだけで、時間の経過とともにベースラインレベルに戻るが、これらのクラスターに含まれるいくつかの細菌は精神衛生にも関連していた。
例えば、クラスター2のRuminococcus gnavusは、PSQIと関連していた。
クラスタ4に含まれる3種のビフィドバクテリウムはうつ病と関連していた。
ビフィドバクテリウム属は最も一般的に使用されているプロバイオティクスであり、ビフィドバクテリウム株を含むプロバイオティクスは慢性ストレスによる脳の異常可塑性の改善に寄与すると考えられている。
クラスタ5のクレブシエラ・ニューモニエは不安と関連していた。クレブシエラ・ニューモニエは口腔内病原菌の一つであり、大腸炎を促進する可能性もある。
・ストレス関連菌のほとんどが、相対量が継続的に減少しているクラスタ6に属していた。
このクラスターにはフィーカリバクテリウム、ユーバクテリウム属、バクテロイデスが含まれていた。
ユーバクテリウム属とフィーカリバクテリウム・ プラウスニッツィイは先行研究において抗炎症作用に関連することが明らかになっている。
バクテロイデス属は重要なγ-アミノ酪酸産生菌として報告されている。宿主のエネルギー代謝と免疫機能は、強力な調節因子として酪酸に決定的に依存している。
研究では、齧歯類のストレス誘発性行動変化に関与する酪酸産生細菌は腸管バリアの完全性を高め、酪酸の経口補給は炎症反応を抑え、マウスのストレス誘発性腸-脳軸変化を緩和することができることが報告されている。
・クラスター6には酪酸産生菌に属し、うつ病や心的外傷後ストレスと関連するラクノスピラ科やローズブリア種も含まれていた。
ラクノスピラ科は、消化管における宿主のセロトニン生合成を促進し、消化管運動に影響を与える短鎖脂肪酸を産生する。これは腸内細菌叢がストレスによって引き起こされる腸管透過性を亢進し、細菌が腸管粘膜を越えて移動して、腸管神経系の免疫細胞と神経細胞の両方に直接アクセスできることを示唆している。この機能は、腸内細菌叢が神経伝達物質、免疫経路、および微生物のトランスロケーションを通じてFHWのストレス症状に影響を与える可能性を示し、以前の研究でも支持されている。
・FHWに心的外傷後ストレス症状が再発するることがわかった。
フラッシュバック(心的外傷後ストレスの主要症状)に関与する誘導因子を同定した。
0日目におけるバクテロイデスの高存在量とユーバクテリウムの低存在量は、45日目から180日目までのフラッシュバックの決定因子だった。
一方、Eubacterium halliiが促進する有益菌ラクトバシラス・サリバリウスは、フラッシュバックの回復を助ける可能性があることがわかった。
Eubacterium hallii は、大腸における酪酸の支配的な生産者として同定されており、ストレス暴露後に減少する。これらのフラッシュバック細菌バイオマーカーは、心的外傷後ストレス症状の治療ターゲットとなる可能性がある。