産後うつ病(PPD)は母乳育児中の母親の50~85%が罹患するとされ、母乳育児中の母親の不安症やうつは母乳育児の失敗につながる確率が高くなるという。
ブラジルの研究では、妊娠初期に抑うつ症状がある母親は抑うつ症状がない母親に比べ、母乳育児を中断するリスクが1.63倍高いことが示されている。アジア圏では、中国での研究結果も同様の見解を示している。
PPDは母乳育児を中断させるだけでなく、子どもの認知的・情緒的発達を阻害する。
PPDのメカニズムについてはいまだ解明されていないが、PPDの発生には炎症メカニズムが重要な役割を担っていることはわかっている。
母親は肉体的に疲れやすく、授乳を苦痛に感じると同時に経済的・仕事上のストレスと相まって母親の免疫バランスが崩れ、炎症性サイトカインが著しく増加する。その結果、5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)受容体の合成が不十分になることで5-HT神経回路が遮断され、うつ病を引き起こすと考えられている。
また、多くの炎症性物質が視床下部-下垂体-副腎軸(HPA)の機能に影響を与えることでHPA軸の長期的な過活性化を誘発、最終的にうつ病を引き起こす可能性もある。
体内の炎症の発生要因の一つに食事要因がある。
食事は、睡眠、気分、行動のシグナル伝達経路に重要な神経伝達物質、ホルモン、炎症性サイトカイン、腸内細菌叢のレベルに直接影響を与える。
様々な研究で、赤身肉、全乳、精製穀物、加工肉、お菓子、ソフトドリンクを中心とした食事は炎症のレベル高めることが報告されている。
一方で、果物、野菜、全粒粉を中心とした食事は、CRPやIL-6などの炎症性因子と負の相関がある。
近年、食事の炎症への影響を評価するために、食事性炎症指数(DII)を用いる研究が増えている。
中国の1743人を対象とした研究では、成人のDIIスコアはうつ病症状と正の相関があり、DIIスコアが高いほど成人がうつ病症状を発症するリスクが高かった。
オーストラリアで行われた縦断研究でも、中年女性における炎症性の食事はうつ病発症リスクのが高いと報告されている。
一方で、母乳育児をしている女性における食事性炎症(DII)とPPDの関連性を確立するための研究はほとんど行われていない。
リンクの研究は、DIIスコアで食事の質を評価し、母乳育児中の母親の食事が体内の炎症環境を助長した結果、うつ病の発生に影響を与えるかどうかを調査したもの。
生後6ヶ月以内の母乳育児をしている女性293名が対象。
結果
年齢、教育レベル、職業レベル、出産数、介護者数、社会的支援レベル、睡眠の質などの潜在的危険因子で調整した後で、DIIスコアが最も低い人は、最も高い人よりPPDリスクが低いことが示された。排他的母乳育児の母親が、最も炎症性の高い食事から最も抗炎症性の高い食事に切り替えた場合、産後うつ病のリスクは50%近く減少した。
排他的母乳育児女性において、食事摂取の炎症性ポテンシャルはうつ病と関連している可能性がある。
慢性全身性炎症を低下させることを目的とした抗炎症性食事要素をメニューに盛り込むことで食事中の炎症性スコアを減らすと、産後うつを予防し、母乳育児を中断するリスクを低減できる可能性が大きいと結論。
・中国の授乳中の母親を対象とした横断的研究においてDIIとPPDの関係を調査。
母乳育児中の女性が最も炎症性の高い食事(DIIの最高三分位、Q3)から最も抗炎症性の高い食事(DIIの最低三分位、Q1)に移行するとPPDリスクが低下することが示された。
・この研究におけるうつ病の検出率はかなり高いが、PPD有病率が3.5~63.3%であるとしたアジア諸国の報告と一致する。
・この研究では平均DIIスコアが2.32で、対象者が炎症性の食事をしていることが示唆された。中国で以前に行われた授乳中の母親の平均DIIスコア1.81と一致する。
中国では、産婦は伝統的な食生活を守り、動物性食品や生姜などの温かい食品(体に熱や温かさをもたらす)を多く摂り、野菜や果物などの冷たい食品(体を冷やす作用がある)を少なく摂る。これが中国の産後授乳婦の炎症性食生活を説明しているの可能性が高い。
・DIIスコアを下げることで、PPDリスクを低減できることを明らかにした。
DIIスコアが2.89以上の群(Q3)と比較して、スコアを2.06または2.89に下げると(Q1、Q2)、PPDリスクをほぼ50%減少させることができた。
この保護効果は、被験者の職業レベル、睡眠の質、ソーシャルサポートレベルを調整した後でも残っていた。
・炎症性の食事は、炎症性サイトカインを伴って神経伝達物質に影響を及ぼし、うつ病を発症させる。この影響は、男性集団や他の病気でも観察される。
中国の研究では、慢性疾患や併存疾患を持つ参加者、特に60歳未満の男性参加者において、DIIが高いほどうつ病リスクが高いことが示されている。
・母乳育児中の女性のホルモンレベルの著しい変動は、食事による炎症作用を減衰させたり増強させたりする可能性があり、個人によって異なる結果をもたらす可能性がある。
したがって、エビデンスを確認するためにさらなる研究が必要。
・うつ病や不健康な感情を減らすためにより多くの抗炎症性食品を食べるか、炎症性食品の品数を減らすべきだと助言するのが妥当。