概日リズムはヒトの健康と強い相関がある一方、概日リズムの乱れが男性不妊の一因であることを示唆する証拠が近年増加している。
概日リズムが男性の生殖機能に及ぼす影響について多くの研究が行われ、概日リズムの乱れは精子の質を低下させ、男性不妊のリスクを高めることが明らかにされている。
The potential impacts of circadian rhythm disturbances on male fertility
「光」は、内因性概日リズムを外部環境と同期させる基本的なツァイトゲーバー。
現在、数百万台のテレビ、パソコン、スマートフォンが毎日操作され、これらの機器の使用時間は夕方から入眠直前にかけてピークを迎える。”2011 Sleep in America “では、90%以上の人が睡眠前1時間以内にデジタルスクリーンを使用していることが報告されている。
目は電子画面や人工的な光に曝されることが多くなり、男性不妊症をはじめとするさまざまな病気の原因になっている。
116人の男性を対象に、デジタルスクリーンが精子の質に与える影響を調査したレトロスペクティブ研究では、夕方または就寝後のタブレットやスマートフォンの使用は総運動精子数、進行性精子運動率、精子濃度、運動率の低下と関連し、不動精子の割合が増加したと報告されている。人工光が慢性的に覚醒・睡眠サイクルを損なうことで概日リズムを乱し、最終的にメラトニンレベルを抑制することで男性生殖能力を悪化させるらしい。
・妊娠中のラットを妊娠期間中、一定の明暗サイクル(LL)または明暗サイクル(LD)のグループに分けた研究では、すべての子孫は成熟するまで通常のLD光周期で飼育された。
LL光周期群の子孫は精子頭部異常の数が有意に増加し、正常精子数の減少が認められ、テストステロン値、精細管径、セルトリ細胞数、精巣上体における精子数も減少していた。
上記の結果から、長時間の光照射はテストステロンレベルを低下させ、酸化ストレスを増加させることにより、男性不妊症につながることが示唆された。
・シフトワークと男性不妊症
シフトワークとは、従来の昼間(08:00~16:00)を超えて働くことを指し、輪番制と非回転(固定)制のシフトモデルがある。
いくつかの研究により、交代勤務は覚醒/睡眠サイクルを乱して概日リズムを損ない、心血管障害、代謝性疾患、男性不妊症の一因となることが示されている。
交代勤務者(n = 104)は非交代勤務者(n = 116)に比べて乏精子症の発生率が高く、平均正常形態も低かったが、交代勤務は多変量解析において乏精子症と独立して関連していたことを明らかにした研究もある。
他の研究では、交代勤務者は非交代勤務者に比べて精子密度、総運動量、テストステロン値が低かった。
交代勤務は不妊のリスクを有意に高めるとする報告は複数ある。
1346人の男性を対象とした研究では、交代制勤務者(RSW)は総精子数が有意に低いことが明らかにされた。
年齢、収入、喫煙、飲酒、BMI、教育レベル、禁酒期間を考慮しても、RSWの方が日勤者より総精子数が少ないことが判明。
・睡眠時間と男性不妊症
適切な食事や運動と同様に、正常な睡眠時間は人間の健康にとって重要。
全米睡眠財団は18~64歳の人は7~9時間、65歳以上の人は7~8時間の睡眠時間を推奨している。
睡眠不足が死亡、高血圧、T2DM、肥満、心筋梗塞のリスクを促進するとする縦断的研究がある一方、7-9時間/夜の睡眠が人間の健康を悪化させるリスクが最も少ないというU字型の関連性を示した報告がある。
また、睡眠時間が男性の生殖機能に及ぼす影響も検討されている。
328人の男性を対象とした研究では、精子濃度は4.7-8.0時間/夜の睡眠では一定であったが、4.7時間/夜未満では著しく低下し、8時間/夜以上では顕著に増加することが報告されている。
平均的な睡眠時間(7-8時間/夜)または長い睡眠時間(9時間/夜以上)と比較して、6時間/夜未満では精子数、運動率、生存率が著しく低下することも報告されている。
上記の結果は、睡眠不足が精子の質を著しく低下させることを示唆している。
1176組のカップルを対象としたPregnancy Online Study(PRESTO)では、8時間/夜が男性の生殖能力に最も適した睡眠時間であることが示された。
2013年796人を対象にした研究では、7~7.5時間/夜の睡眠で最も高い精子パラメータが得られ、睡眠時間が短くても長くても、用量反応的に精子指数の低下と相関していることが示された。
6.5時間以下の睡眠は精子体積の4.6%減と総精子数の25.7%減に、9.0時間以上の睡眠はそれぞれ21.5%と39.4%の減に相関してた。
興味深いのは、睡眠時間を「適切な」長さに変えた患者のうち、精子の質の改善が観察されたのはごく一部だったこと。
・精子の質は主にホルモン濃度によって調節
テストステロン濃度は朝が最も高く、夕方が最も低い。
睡眠不足や睡眠制限が分泌サイクルを乱し、テストステロン濃度を変化させることが多くの臨床および基礎研究で示されている。
6時間の睡眠を35日間続けるとテストステロン濃度が有意に低下することを見出した研究や、96時間のSDでテストステロン濃度が45%有意に抑制されることを観察他研究もある。
メカニズムは明らかにされていないが、睡眠不足が視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸を活性化することによりコルチゾールおよびコルチコステロン値を増加させ、そのフィードバックが視床下部-下垂体-性腺(HPG)軸を抑制してテストステロンの分泌を減少させるらしい。
一方、矛盾する研究結果もあり、ホルモンの変化が精子の質の低下や不妊の原因ではないのではと考える研究者いる。
・睡眠不足は酸化ストレスを誘発することで精巣にダメージを与える
14日間の睡眠不足が、成体ラットの精巣のマロンジアルデヒドとグルタチオン(GSH)を有意に上昇させることが明らかになっている。
また、21日間の睡眠不足で活性酸素による過酸化的攻撃が促進されることが明らかになっている。これらの結果は、睡眠不足が酸化ストレスと抗酸化ストレスのバランスを崩すことによって精子の質を低下させている可能性を示唆。
・概日リズム・周年リズムと男性生殖能力
昼夜の変化(概日リズム)と季節の変化(周年リズム)は、2大生体リズムとして、男性の生殖能力あるいは精子の質を含む多くの生体機能において重要な役割を担っている。
10,362の地域集団を分析したMARHCSデータセットでは、精子DNA断片化指数が08:00から11:00まで低下し、12:00以降に上昇すること、またDFIが11:00以降に1時間当たり4.2%上昇することが明らかになった。
日本の研究では、夕方に採取したサンプルの方が朝よりも総運動精子数および総精子数が有意に高いことを観察している。
上記の結果は、朝は精子の質が低く、夕方採取した精液の方が子宮内人工授精を成功させやすい可能性を示唆している。
周年リズムは哺乳類の繁殖行動に大きな影響を与える。
多くの種は生存率を高めるために気候や食べ物が最も適している時期に子供を産むように適応してきた。
ヒトは季節繁殖をしないが、性行為や生殖機能はやはり周年リズムで変化する。
12,245個の精液サンプルを分析した研究では、総精子数および濃度は春に高く、夏に低いことが証明され、形態学的に正常な精子は夏に有意に増加することがわかっている。
研究者らは、精子の質の循環的変化の原因として光周期の変化が最も可能性が高いことを示唆。
・体温と男性の生殖能力
光の変化や覚醒・睡眠サイクルと同様に、環境温度の日周変動も体内サーカディアンシステムを同調させるツァイトゲーバー。
体温もまた地球の自転に適応するために24時間の振動を示す。
高い環境温度は精子形成構造を破壊して精巣の酸化ストレスを誘発し、生殖細胞のアポトーシスを促進するこで精子の生産を減少させる。
また、高熱は生殖ホルモンの日内分泌を変化させ、概日リズムおよびテストステロン合成関連遺伝子の発現を変化させることにより精巣機能を調節する。
雄マウスを11時から15時まで(1日4時間)、39℃の温熱環境に35日間置いた研究では、高熱はテストステロン分泌のリズムを乱し、11時に増加15時に減少した。高い外気温は、テストステロン分泌と時計遺伝子のリズムを乱すことによって、精子形成を停止させることが示唆された。
・時計遺伝子とテストステロン合成
男性の生殖機能の調節や精子形成過程の促進には様々な生殖ホルモンが関与しているが、テストステロンだけは精子形成の維持に不可欠。
主にライディッヒ細胞から分泌される血清中テストステロン濃度は、ヒトの成体男性では睡眠開始時に上昇し、日中に低下するリズミカルな振動を呈している。
BMAL1タンパク質がマウスのライディッヒ細胞でリズミカルに発現していることが発見されて以来、ライディッヒ細胞のBmal1, Per1/2/3, Cry1/2, Rev-erbα/β, Rorb, Dbpなどのコアクロック遺伝子は、Clock, Rora, Ck1δ, Ck1εを除いてほとんどがリズム振動することが実証された。
ライディッヒ細胞のテストステロン産生に関わるステロイド生成関連遺伝子(Star、Cyp11a1、Cyp17a1、Hsd3b2、Hsd17b3、Sf1、positive-Nur77、negative-Arr19など)も24時間のリズムある発現パターンを示すことが明らかになっている。
特に、Star、Cyp11a1、Cyp17a1の振動の頂点が、明期のほぼ中央、すなわちテストステロン放出ピークの数時間前に起こることがわかっている。