乳がんは女性が罹患する癌のうちで最も罹患率が高いがんで、日本におけるステージⅢまでの5年生存率は80%を超えており、これは早期診断と最新の乳癌治療の進歩によるところが大きく、臨床転帰は著しく改善されている。
しかし、乳癌治療と予後の改善により癌サバイバーが増加する一方で、アントラサイクリン系抗がん剤などを用いた治療には副作用があり、心血管系疾患の罹患率と死亡率増加リスクに曝される可能性がある。
心血管疾患の文脈では心毒性が大きな問題である。心毒性とは主に癌治療薬によって誘発され、心臓疾患の罹患率、死亡率、早期死亡リスク増大と関連している。統計では抗がん剤治療を受けた患者の最大37.5%で確認されている。
アントラサイクリン系抗生物質は化学療法剤として、軟部肉腫、骨肉腫、乳癌、卵巣癌、膀胱癌、甲状腺癌の治療に用いられているが、その化学療法的有効性にもかかわらず、抗乳癌剤としての利用を躊躇わせるかなりの心毒性副作用がある。
アントラサイクリン誘発性心毒性はミトコンドリアの酸化還元サイクル過程に関連し、主に酵素の相互作用を介した活性酸素種(ROS)の発生によって生じる。ROSは心筋細胞に障害を誘発し、左室機能障害を引き起こす。また、ROSによる酸化ストレスの増大は心筋細胞にダメージを与えて心機能を損ない、炎症反応を誘発し、冠動脈疾患や慢性高血圧を引き起こす可能性がある。
乳がん治療の有効性を損なうことなくケモセラピー関連の心毒性リスクを軽減することはできないのだろうか?
リンクのレビューは、化学療法誘発性酸化ストレスや炎症など心毒性軽減における栄養素の潜在的役割に対する期待が近年高まっていることを念頭に、乳がん治療中または治療後の女性における化学療法と並行した栄養介入の心保護効果に関する最近の文献を評価したもの。
【結果】
6件は化学療法を受けている乳がん患者における経口補充戦略に焦点を当てたもので、1件は乳がんサバイバーにおける治療後の栄養カウンセリングと地中海食の遵守に焦点を当てたものだった。
心代謝系の健康状態をモニターした5つの研究ではLVEFの有意な低下がみられ、全ての研究で心臓バイオマーカーの血清濃度に有意な改善がみられた。
【結論】
現時点でのエビデンスは、ケモセラピーと並行した適切な栄養介入が心毒性副作用のリスクを調節することを示唆している。
抗酸化および抗炎症作用を有する栄養補助食品が炎症および酸化ストレスマーカーを有意に改善し、場合によってはLVEFの低下を抑制し、心血管系機能障害リスクを軽減することと有意に相関している。
がん治療と並行して抗酸化物質補給を行うことで、がん治療の標的細胞毒性が改善されるなど、心筋保護効果以外の効果が期待できる。
この結果は、心血管系合併症リスクを調節するために化学療法と並行して適切な栄養介入に関する新たな可能性が示された。
Nutrition Modulation of Cardiotoxicity in Breast Cancer: A Scoping Review
・臨床研究において、栄養介入は炎症および酸化ストレスを軽減することが報告されている。がん治療における栄養介入はがん治療薬に対する反応および/または耐容性を改善し、重篤な副作用や合併症のリスクを軽減する追加的かつ特異的な役割がある。
・果物や野菜のような抗炎症作用を有する食品の摂取は、冠動脈疾患リスクの低下と関連し、あらゆる原因による死亡率の低下と関連すると定量的に評価されている。カロテノイドの抗酸化作用と抗炎症作用、および心イベントに対する保護作用は多くの研究で裏付けられている。
・CoQ10の経口補充は心筋細胞の損傷を緩和し、心組織の炎症を減少させ、LVEFを部分的に正常に回復させた。これは、心筋に対する薬剤の心毒性作用を減少させるためにCoQ10を利用する可能性を強調するもので、介入群では心血管系イベントが有意に少ないことも観察されている。
・CoQ10の欠乏は様々な心機能障害に共通してみられる。慢性心不全患者では、血液および心筋組織サンプルの両方でCoQ10レベルが顕著に低下している。心不全におけるLVEF低下はミトコンドリアのエネルギー枯渇によって引き起こされ、これは内因性CoQ10レベルの低さと直接関連している。
また慢性心不全を対象とした研究では、CoQ10による血漿LDL酸化抑制、内皮機能改善、心筋の生体エネルギー増強能力が駆出率の向上につながっていると報告されている。
軽度うっ血性心不全患者を対象とした研究でもCoQ10補充による治療効果が支持されている。
・ビタミンE補給が心イベントの数を減少させ、化学療法によって誘発されたCK-MBおよびcTnIレベル上昇を緩和することが観察されている。ビタミンEは強力な脂溶性抗酸化物質で、多価不飽和脂質をフリーラジカルの攻撃から保護し、酸化的障害を軽減することで、心血管系の健康に重要な役割を果たしている。ビタミンEは化学療法中の活性酸素を中和し、心臓組織における酸化ストレスと細胞障害を軽減する。
・マルチフローラ蜂蜜を介入に用いた研究では、ベースラインからのLVEF低下は対照群に対して介入群で減弱した。これはおそらくフェノール化合物の心臓保護効果に起因するものと考えられる。ハチミツには強い抗酸化作用があり、脂質プロファイルを改善し、動脈硬化に関連する危険因子を軽減する。また、ハチミツにはフェノール酸やフラボノイドなどの抗酸化物質が豊富に含まれており、心血管疾患、特に酸化ストレス関連疾患の予防に役立つ。
・化学療法と並行した栄養介入としてのマルチフローラ蜂蜜の摂取は、心血管疾患や心不全の予防的役割を果たすことが示されている。また、マルチフローラ蜂蜜は抗がん剤治療の他の副作用も緩和する可能性を示している。例えば、頭頸部がんの口腔粘膜炎の治療に有効であることが報告されており、骨粗しょう症や乳がん予防と管理にも有望視されている。
様々な研究でマルチフローラ蜂蜜の抗炎症作用や抗酸化作用は、抗がん剤活性や化学療法を受けている患者のQoLを改善すると同時に、複数のターゲットに影響を与えることで、がんの発生、促進、進行を防ぐことが示されている。
・ビタミンDがアントラサイクリン系抗がん剤誘発性心毒性に対して心保護作用を発揮することを支持する証拠がある。対照群と比較して、ビタミンD補充群ではcTnT、LDH、IL-6の血清レベルが有意に低下し、化学療法の副作用における心筋保護作用を示した。ビタミンDは心血管系調節に重要な役割を果たしており、その欠乏は心血管系疾患リスクの増大と関連している。さらに心血管系だけでなく、ビタミンD欠乏は乳癌や膀胱癌を含む様々な悪性腫瘍リスクの増大と関連している。ここで重要なことは、ビタミンDがアントラサイクリン系抗がん剤などの化学療法剤の細胞毒性作用を増強することである。この効果によって、がん細胞は抵抗性が低下して酸化的損傷を受けやすくなる。
・マウスのトリプルネガティブ乳癌モデル研究では、ビタミンD補充が活性酸素とミトコンドリア障害を減少させることでアントラサイクリン系抗がん剤誘発心毒性を減少させることが示された。ビタミンD補充によってアントラサイクリン系抗がん剤の抗癌効果が低下しなかったことは重要である。ビタミンDの至適投与量を確認するためには、さらなる研究が必要。
・ビタミンD欠乏や不足は乳癌治療を受けている患者で多く観察され、骨量減少、関節痛、転倒など多くの副作用と関連している。ビタミンDが化学療法剤の細胞毒性を増強する能力を有していることに加えて、化学療法の副作用リスクを最小化するためにビタミンDの最適なレベルを維持することが重要。
・α-リポ酸の経口補充は、酸化ストレスと炎症関連の血清バイオマーカーを有意に改善することがわかっている。α-リポ酸は強力な抗酸化サプリメントで、心血管疾患やその他の慢性疾患の主因である酸化ストレスを緩和する。その主なメカニズムは、様々な活性酸素の消去と中和である。α-リポ酸の潜在的心臓保護作用は癌治療において特に重要で、化学療法関連の合併症である心筋機能不全の予防に役立つ。しかし、LVEFに有意な効果をもたらさないことから、α-リポ酸による酸化ストレスと炎症の緩和が心臓に及ぼす影響を明らかにするためには、さらなる調査が必要。
・アントラサイクリン系抗がん剤誘発心毒性のリスク上昇の関連因子には、高血圧、糖尿病、既往の心臓疾患、肥満などで、心毒性の罹患率がほぼ2倍になる。
・・・ビタミンEはどうかなぁ?と思いますが、ビタミンDとCoQ10、蜂蜜に関するデータは多く発表されているので乳がん治療中の方は試してみる価値はあると思います。
乳がんに限らず、様々な癌治療におけるより具体的な栄養戦略をお探しの方は、当院の栄養マニュアルのご利用を是非ご検討ください。
Lineまたはメールによるカウンセリングに基づき、皆様の症状や体質に合わせて摂取カロリー数の計算や、食事デザイン、サプリメントの選択、排除すべき食材などを最新データを元にパッケージでデザインし、ご提案いたします。