乳がん(BC)は皮膚がんに次いで女性に多いがんで男女ともに発症する可能があり、一般に乳腺の上皮細胞から発生し、乳房を通じてリンパ節や体の他の部位に転移する。
BCはホルモン受容体の状態によってホルモン受容体陽性乳癌(HR+)、ヒト上皮成長因子受容体2陽性乳癌(HER-2+)、トリプルネガティブ乳癌(TNBC)の亜型に分けられ、ホルモン反応性に基づくこの分類は予後に影響を及ぼし、ホルモン療法と標的療法のどちらを選択するかを決定する上で極めて重要な要素となる。
BC細胞は腫瘍形成、疼痛、乳房形状の変化、乳頭からの分泌液などの原因となる新たなしこりや腫瘤として発見され、その他の徴候として乳頭周囲の皮膚のくぼみ、剥離、発赤がある。
BCの危険因子としては、年齢、遺伝子変異、家族歴、マンモグラフィによる乳房密度、月経・閉経歴、放射線被曝、生活習慣などがある。
BCに対する放射線療法と化学療法は依然として最も効果的な治療法であることが示唆されているが、これらの治療法の有効性は30%を超えることはなく、長期間の治療でがん細胞が耐性を示すケースもある。そのため、ここ数十年は化学療法や放射線療法に耐性を示す分子経路を回避しながら、がん細胞を標的とする薬剤の開発に研究が集中している。
がんの発生過程では様々ながん原性転写因子が細胞接着分子や炎症性サイトカインの過剰産生を引き起こす。がん細胞は抗アポトーシスタンパク質(例えば、Bcl-2、Bcl-xLなど)の顕著なアップレギュレーション、あるいはプロアポトーシスタンパク質(例えば、p53経路)の発現減少を示し、それによって細胞の生存率が向上して腫瘍増殖や転移が促進される。
化学療法抵抗性はまた、プログラム細胞死(PCD)に重要なタンパク質ファミリーであるアポトーシス阻害因子(IAPs)の発現レベルの上昇によっても増強される。
アポトーシスの変化は、腫瘍の発生と進行だけでなく、治療に対する腫瘍抵抗性にも関与する。細胞周期を介したアポトーシス経路を標的にすることは創薬や治療に対する革新的なアプローチの開発につながる可能性がある。
近年、ポリフェノールを含む植物由来天然化合物が内因性防御システムを活性化することでBCとの闘いにおける間接的な防御機構を提供することが示されている。
核因子κB(NF-κB)の活性化とアクチベーター・プロテイン-1(AP-1)のDNA結合は、ポリフェノールの活性に敏感なプロセスの一部。さらにポリフェノールの化学的予防効果として同定された細胞内シグナル伝達に対するその他の変化には、エストロゲン/抗エストロゲン活性、抗増殖、細胞周期の停止やアポトーシスの誘導、酸化の防止、抗炎症活性などがある。
リンクのレビューは、料理用ハーブに含まれるポリフェノール成分であるロスマリン酸のMDA-MB-231およびMDA-MB-468細胞(トリプルネガティブ乳がんを構成:TNBC)に対する効果に焦点を当て、強力な抗がん剤としての天然化合物の探索における最近の進歩、関連する作用機序、様々なケミカルバイオロジー技術を紹介している
【レビューの結論】
・プロアポトーシスタンパク質と発癌性ストレス因子の過剰発現、および腫瘍関連遺伝子の抑制はTNBCの転移を予防する有望な方法である。
・In vitroでは、ロスマリン酸は細胞増殖、血管新生、細胞接着、遊走、周囲組織への浸潤など相関するいくつかのプロセスを阻害し、用量依存的にアポトーシスを亢進させることが示唆された。
ヒトの健康における天然産物の役割
・ポリフェノールは、苦味、渋味、色、風味、におい、酸化安定性など食品の品質を向上させる主要な天然産物で、芳香環と水酸基を持つ多数の異なる物質、主にフラボノイド(フラボン、イソフラボン、フラボノール、カテキン)、フェノール酸(ヒドロキシ安息香酸、ヒドロキシ桂皮酸)、スチルベン、リグナンの誘導体や異性体を形成する。ポリフェノールは酸化に対して反応性をもつため抗酸化物質と呼ばれている。
・ポリフェノールはヒトの食事に含まれる重要成分で、抗酸化活性やフリーラジカル消去活性など動脈硬化の進行や心血管疾患発症リスクを低下させる様々な治療特性を示す。ポリフェノールは酸化ストレスによって生じる過剰なフリーラジカルに細胞が対処するための重要経路である酸化還元ホメオスタシスに寄与する結果、老化、動脈硬化、心血管疾患、II型糖尿病、がんなどの様々な変性疾患に関連する。
・ポリフェノールの健康効果は、摂取量とバイオアベイラビリティに依存的である。地中海食のようなポリフェノールを豊富に含む健康的な食事パターンを守ることが、BCを含む慢性疾患のリスク発現に直接的かつ逆相関することはよく知られている。
・活性酸素種(ROS)の発生はミトコンドリア機能障害の特徴であり、ROSレベルの上昇は腫瘍の発生、進行、転移の促進因子のサポーターとして報告されている。
・いくつかの食事性抗酸化物質はフリーラジカルを消去し、脂質過酸化連鎖反応をクエンチすることによって細胞を酸化ストレスから保護する可能性がある。BCの予防と治療に向けて食事によるアプローチが重視され、より効率的で副作用の少ない治療・予防戦略が早急に求められている。植物由来天然物をスクリーニングすることは、この目標を達成する可能性を高める。
・植物由来の細胞毒性天然物にはフェノール酸、フラボノイド、タンニン、クマリン、リグナン、リグニン、ナフトキノン、アントラキノン、キサントン、スチルベンなどがあるが、薬用植物、ハーブ、スパイスに含まれるポリフェノールであるロスマリン酸には有益な健康促進効果がある。注目すべきは、転移のアップレギュレーションに関連するシグナル伝達経路を妨害することで多くのがん種で抑制的に作用することである。
ロスマリン酸の歴史
・ロスマリン酸(C18H16O8)は、カフェ酸と3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)乳酸のエステルで、正式には(R)-α-[[3-(3,4-dihydroxyphenyl)-1-oxo-2E-propenyl]oxy]-3,4-dihydroxy-enzenepropanoic acidとして知られ、S(-)とR(+)のエナンチオマーを持つキラル中心を持つ。
ロスマリン酸は1958年、イタリアの2人の化学者によって初めて単離され、抽出されたローズマリー(Rosmarinus officinalis L.)にちなんで命名された。
ロスマリン酸の自然分布
・ロスマリン酸は39の植物科に分布している。具体的には、ホウセンカ科の多くの種とシソ科のNepetoideae亜科に含まれる。ロスマリン酸はBasilicum polystachyonの抽出物中の主要化合物だが、Thymus mastichinaやLamiaceae科のAgastache属に属する植物など多くの植物で報告されている。また、Labiatae科のいくつかの種にも存在する。
・植物中のロスマリン酸含有量に関する研究によると、このフェノール化合物は乾燥植物1gあたり58.5mgに達することが示された。ロスマリン酸含量が最も高いのはMentha属で、特にM. spicataに多い。
ロスマリン酸の生合成
・ホウライシダ科とシソ科を除いた多くの種類のシダ植物と海草は、フラボノイドの生合成経路に通常存在する8つの酵素の働きにより、ロスマリン酸の生合成が行われる「天然工場」である。
・ロスマリン酸の前駆体は芳香族アミノ酸のL-フェニルアラニンとL-チロシンで、前者は最終的にカフェ酸に変換され、後者はいくつかの段階を経て3,4-ジヒドロキシフェニル乳酸に変換される。最初にL-フェニルアラニンは、フェニルアラニンアンモニア-リアーゼ(PAL)によってt-桂皮酸に変換され、シトクロムP450モノオキシゲナーゼ桂皮酸4-ヒドロキシラーゼ(C4H)によってt-桂皮酸の4位がヒドロキシル化されて4-クマル酸が生成する。次の反応生成物である4-クマロイル-CoAは、4-クマル酸に対するコエンザイムAリガーゼ(4CL)の作用によって生成される。4-クマロイル-CoAはチロシンから生成される化合物のヒドロキシシンナメートの供与体として働く。L-チロシンの最初の反応では2-オキソグルタル酸が共基質として用いられ、主な生成物はアミノ酸4-ヒドロキシフェニルピルビン酸(pHPP)とグルタミン酸のトランスアミノ型。
これに関与する酵素は、ピリドキサールリン酸依存性トランスアミナーゼ・チロシンアミノトランスフェラーゼ(TAT)である。この段階は、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸に対するヒドロキシフェニルピルビン酸ジオキシゲナーゼ(HPPD)の作用によるロスマリン酸、トコフェロールおよびプラストキノンの生合成の交差点で、トコフェロールおよびプラストキノンの前駆体であるホモゲンチジン酸につながる。
ロスマリン酸の生合成では、基質である4-ヒドロキシフェニルピルビン酸がNAD(P)H依存性ヒドロキシフェニルピルビン酸レダクターゼ(HPPR)によって4-ヒドロキシフェニル乳酸(pHPL)、より具体的にはヒドロキシフェニル乳酸のR(+)-立体異性体に変換される。3,4-ジヒドロキシフェニルピルビン酸はHPPRによって還元されるが、親和性は低い。しかし、3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)も4-ヒドロキシフェニル乳酸部分を提供する可能性がある。
4-クマロイル-CoAとpHPLの2つの化合物は、ロスマリン酸の合成酵素(RAS)の寄与により、ロスマリン酸形成の最終基質となる。
エステルの4-クマロイル-4′-ヒドロキシフェニル乳酸(4C-pHPL)は、そのヒドロキシル化を触媒する2つのチトクロームP450モノオキシゲナーゼの作用の後、ロスマリン酸に変換される。
MDA-MB-231およびMDA-MB-468 TNBC細胞におけるロスマリン酸の効果
・ロスマリン酸には抗ウイルス作用、抗菌作用、収斂作用、抗変異原性作用、抗炎症作用、抗アレルギー作用、抗酸化作用、免疫調節作用や神経保護作用など多くの薬理学的特性がある。
・ロスマリン酸の腫瘍発生抑制への寄与は、メラノーマや白血病だけでなく、結腸、乳房、肝臓、胃、肺など多くのがん種で注目されている。
・ロスマリン酸は腫瘍組織の発達につながるシグナル伝達経路を調節することから、いくつかのタイプのBCに対する治療薬となりうる強い証拠がある。このレビューで参照された全ての研究は、ロスマリン酸によって誘導されるアポトーシス効果の強さは用量依存的であることを示していることに留意すべき。
・MCF-7(浸潤性乳管癌)およびT-47D(ヒト乳癌細胞)はヒトホルモン依存性BC細胞株(ER/PR陽性)で、ヒト乳腺癌エストロゲン非依存性細胞(MDA-MB-231およびMDA-MB-468)と共に広く研究されてきた。ロスマリン酸はこれら2つのTNBC細胞株において細胞毒性と抗増殖性に作用し、治療のアプローチとなりうることが示された。
・ロスマリン酸は細胞周期の停止とアポトーシスを異なる方法で引き起こすようだ。実際に、ロスマリン酸はMDA-MB-231細胞ではG0/G1期を停止させ、MDA-MB-468細胞ではアポトーシス(G2/M過程の中断)に続いてS期を停止させている。
また、ロスマリン酸はMDA-MB-468細胞の細胞周期を有糸分裂の初期で停止させ、MDA-MB-231細胞に比べてより大きなアポトーシス効果を持つことが示されている。
・ロスマリン酸はアポトーシスに関連する遺伝子発現にも影響を及ぼし、MDA-MB-468細胞で顕著であった。具体的には、ロスマリン酸はTNF(腫瘍壊死因子)、GADD45A(成長停止およびDNA損傷誘導性45α)、およびプロアポトーシスBNIP3(Bcl-2相互作用タンパク質3、腫瘍識別のためのバイオマーカー)遺伝子の発現を増強した。細胞生存率の低下はBNIP3、TNFRSF25(腫瘍壊死因子受容体スーパーファミリー25)、HRK(ハラキリ)の発現上昇に起因していた。
・ロスマリン酸は、MDA-MB-468細胞ではリガンドTNFSF10(TNFスーパーファミリーメンバー10)とBIRC5(バキュロウイルスIAPリピート含有5、腫瘍免疫細胞浸潤に関連する予後バイオマーカー)、MDA-MB-231細胞ではTNFRSF11B(TNFレセプタースーパーファミリー11B)の3つの遺伝子抑制を誘導した。
・BIRC5(サバイビン)の阻害は、MDA-MB-468細胞に対するロスマリン酸の最も重要な効果である。このタンパク質はがん診断における予後的重要性を除けば、化学療法や放射線療法の効果を低下させる主な原因である。BIRC5はアポトーシス阻害剤(IAP)ファミリーの重要なメンバーでG2-M期に発現し、MDA-MB-468細胞ではロスマリン酸によって選択的に阻害される。
したがって、ロスマリン酸によるサバイビンの制御はがん治療の新たな標的となりうる。
・MDA-MB-231細胞において、ロスマリン酸の存在下でBcl-2遺伝子がダウンレギュレートされる一方、Bax遺伝子発現が増加することが示された。BAXの発現は癌抑制タンパク質p53によって制御されており、p53が介在するアポトーシスに関連している。p53タンパク質はストレスに対する細胞の反応の一部として活性化されると、BAXを含む多数の下流標的遺伝子を制御する転写因子である。Bcl-2タンパク質は制御不能な発現を持つ攻撃的転移表現型において、細胞死耐性を増加させる。従って、BAXとBcl-2の関連と比率はアポトーシス刺激後の細胞の生存または死を決定する指標となる。
・MDA-MB-231細胞由来の乳がん幹様細胞(BCSCs)に対するロスマリン酸の効果も調べたところ、ロスマリン酸に対するBCSCsの反応はBcl-2/Baxシグナル伝達経路を介して増殖と遊走の大幅な減少がもたらされた。また、BCの発生にヘッジホッグ(Hh)経路が関与していることを明らかになった。Hh経路は細胞増殖と生存を調節しており、その主要調節因子を阻害すると不可逆的な細胞死を伴うがん細胞の発生や転移を阻止することができる。実験の結果、ロスマリン酸がBCSCsにおけるHhシグナル遺伝子の発現を阻害することが示された。
・ロスマリン酸とカルノシン酸を主成分とするローズマリー抽出物が、ER+、HER2+、TNBCサブタイプ(MDA-MB-231細胞とMDA-MB-468細胞)のがん細胞の生存率を阻害することがわかった。MDA-MB-231細胞は極めて浸潤性が高いことから、転移を防ぐことが重要である。
TNBC細胞株で頻繁に見られる核因子κ-軽鎖-活性化B細胞エンハンサー(NF-κB)シグナル伝達経路が、TNBCに対する抗癌剤開発に有益である可能性があることは注目に値する。NF-κBを活性化する刺激としては、ストレス、サイトカイン、フリーラジカル、紫外線照射、酸化低比重リポ蛋白(oxLDL)などが挙げられる。癌、炎症性疾患、自己免疫疾患、免疫学的異常発達はすべてNF-κBと関連している。NF-κBの阻害は化学療法や放射線療法の効果やホルモン反応を高め、BC患者の無病生存期間の延長に関連する。NF-κB経路はロスマリン酸によって制御され、その結果、ロスマリン酸は炎症因子であり疾患予後の重要なバイオマーカーであるIL-8の発現を阻止することによって乳癌からの骨転移を抑制するようだ。
・ロスマリン酸の抗転移作用は抗酸化作用に起因すると考えられる。ロスマリン酸は活性酸素の消去または抑制を介して、あるいは抗酸化酵素を刺激することによってNF-κBシグナル伝達を阻害することが示唆されている。MARK4 (Microtubule affinity-regulating kinase 4)は、多くのシグナル伝達経路(NF-κBなど)の重要な調節因子であり、人体のほぼすべての器官で発現している。MARK4の異常発現は肥満、糖尿病、神経変性疾患、転移性乳癌の原因となる。ロスマリン酸は超安定な複合体を形成してMARK4の活性を阻害する。
・ロスマリン酸の抗酸化活性がヒトHL-60前骨髄球性白血病細胞の化学療法による毒性を抑えるという報告がある。
・in vivo研究では、ロスマリン酸がメトトレキサートによる肝・腎毒性やドキソルビシンの心毒性を減少させた。
・BC患者を対象とした試験では、ロスマリン酸を豊富に含むプルネラ属植物の経口摂取により、化学療法(タキサン系抗がん剤)の副作用、すなわち好中球減少による発熱と貧血が抑制された。
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