精液の量的・質的パラメーターの低下には、様々な環境要因や医学的/健康的要因が関与している。
環境要因としては、ストレス、タバコ、アルコール、薬物乱用、肥満、不健康な食生活、性器外傷、下垂体-視床下部-性腺軸の恒常性を乱す重金属、農薬、異性ホルモンなどの有害物質への暴露、熱や電磁波への暴露が挙げられる。
これらの要因は、酸素フリーラジカルの産生や酸化ストレスの進行を招き、男性不妊の根底にあると考えられている。
男性不妊の約3割は特発性で、精液の質・量の減少に明らかな原因は見つからない。
しかし、突発性男性不妊の患者さんでは、しばしば酸化ストレスの上昇が認められる。
精索静脈瘤は精子の質の低下や精子量の減少を引き起こし、男性不妊の原因の一つとされる。
男性人口の約5~22%(15~25歳に多い)に発生し、男性不妊症の約20~42%を占める。精索静脈瘤のすべてが不妊症につながるわけではなく、精索静脈瘤と診断された男性の約80%は一般的な精液パラメータを正常に保っているとされる。
一部の精索静脈瘤患者における生殖能力の低下は、血流増加による精巣領域の温度上昇、精子の抗酸化酵素であるスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)およびカタラーゼの活性低下などいくつかの要因が関係していると示唆されている。
それらの要因の結果、過酸化水素(H2O2)濃度の上昇、腎・副腎の有害代謝物の還流、精巣への血液供給の低下とそれに伴う低酸素状態やそれに伴う組織障害、ホルモン異常、自己免疫疾患、酸素フリーラジカルの生成などが引き起こされる。
酸化ストレスは、精索静脈瘤患者における組織損傷および精液の質と量の低下の主な原因であることが広く報告されている。
精索静脈瘤と診断された不妊症の男性の精液は、そのような病変のない男性に比べて有意に高いレベルのフリーラジカルを有していることも報されている。
精索静脈瘤と診断された男性では、酸化ストレスの上昇、総精子数減少、精子運動率低下、精子形態不良、ミトコンドリアおよびゲノムDNA断片化の上昇(健常者の最大8倍)、精子アポトーシスおよび壊死の頻度の上昇、精巣サイズが精索静脈瘤側で小さいことと相関する。
現在、不妊症を含む精索静脈瘤の標準治療は外科的切除で、精巣領域の熱ストレスを軽減し、精液中の保護的な酵素的および非酵素的抗酸化システムの活性を改善、あるいは正常化することが示されている。しかし、治療後の妊娠率に関するデータは決定的なものではない。
抗酸化剤の使用を含む代替の非侵襲的治療介入は精索静脈瘤患者、および他の患者にとって有益と考えられる。抗酸化剤は精索静脈瘤の患者や特発性不妊症の患者など、酸化ストレスレベルが上昇した男性不妊症の治療によく使用されている。
しかし、抗酸化物質摂取後に出生率や生児数が本当に向上するかについての十分なエビデンスはない。
リンクの研究は2015年1月1日から2017年6月30日の間にポーランドGenesis Infertility Treatment Clinicで収集されたデータを用いて実施。
対象基準を満たした男性163名を選び、特発性不妊症群(78名)と精索静脈瘤関連不妊症群(85名)に分け、全例にL-カルニチンフマル酸塩1725mg、アセチル-L-カルニチン500mg、ビタミンC90mg、コエンザイムQ10 20mg、亜鉛10mg、葉酸200μg、セレン50μg、ビタミンB12 1.5μgを組み合わせた補助食品治療を不妊診断時から6ヶ月間、1日2回実施。
結果
精液全般のパラメータ、特に精子数、精子濃度、総運動率、進行性運動率が有意に改善された。
グレードIIIの精索静脈瘤の患者において特に顕著な治療効果をもたらし、精索静脈瘤がそれほど重くない、あるいは全くない男性に比べて進行性運動率がより改善された。
今回使用した抗酸化製剤は、特発性不妊症の男性、および外科的治療で改善が見られない精索静脈瘤関連不妊症の男性に対する補助療法として妥当であると考えられる。
The Role and Place of Antioxidants in the Treatment of Male Infertility Caused by Varicocele
・精索静脈瘤に伴う生殖能力低下の主因は酸化ストレスで、精子形成のプロセスに影響を与えるだけでなく精子細胞膜への影響やゲノムおよびミトコンドリアDNAの損傷など、男性の生殖細胞に直接機能的および構造的損傷を誘発する。
・精索静脈瘤の管理におけるL-カルニチンの潜在的役割に関するエビデンスは結果が一致しない。
・不妊症の男性、特に精索静脈瘤と診断された男性は精液中の酸化的可能性を持つ化合物、すなわちマロンジアルデヒド(MDA)と一酸化窒素(NO)のレベルが高く、酵素的(スーパーオキシドディスムターゼ[SOD]、グルタチオンパーオキシダーゼ[GPX])および非酵素的抗酸化物質(アスコルビン酸)活性が低下している。
本研究では抗酸化製剤(L-カルニチンフマル酸塩1725mg、アセチル-L-カルニチン500mg、ビタミンC90mg、コエンザイムQ10 20mg、亜鉛10mg、葉酸200μg、セレン50μg、ビタミンB12 1.5μg)の使用により、精液中の絶対総精子数(81%)、精子濃度(85%)、進行性運動率(65%)、総合運動率(55%)が有意に改善された。
精子の運動性を詳細に解析した結果、運動精子(A、B、C)の割合、濃度、総数が50%以上の男性で有意に増加した。精子形態については、22%の被験者にしか改善が見られず、有意な改善は見られなかった。
上記の抗酸化物質の有効性は、そ個々の抗酸化成分の累積作用によるものと思われる。
・ミネラル、特に亜鉛とセレンは精子の抗酸化力を調節する上で重要な役割を担っているようだ。亜鉛はSODが正常に機能するために不可欠な元素で、セレンはGPXに不可欠。
これらは共に精子の抗酸化保護システムの重要な構成要素。
セレン欠乏は酸化ストレスの増加だけでなく、精巣サイズの縮小、精管萎縮、精巣上体での精子成熟時の構造的欠陥に寄与すると考えられ、亜鉛の欠乏はDNA損傷修復および細胞分裂への有害な変化に寄与する。
セレンの欠乏は精索静脈瘤の男性によく観察され、セレンの減少が精液中の精子数の減少、ならびに運動性および形態の悪化と直接相関している。
セレン補給は精子細胞膜とDNA過酸化を著しく減少させ、一般的な精液パラメータ、特に精子の運動性と生存率を向上させることが示されている。
・亜鉛濃度は精液中総精子数と正相関し、精子細胞DNAの断片化の程度と反比例する。
亜鉛は酸化ストレスの軽減を担うSODをはじめ、転写、翻訳、複製に関与する多くの金属酵素の構成成分。また亜鉛は補酵素、抗アポトーシス、抗酸化作用により、精子の運動性を適切に維持し、精子形成の進行を可能する。
・コエンザイムQ10は抗酸化能とミトコンドリアの酸化的呼吸鎖の役割から、抗酸化能の構築だけでなく、精子運動性のためのエネルギー産生プロセスにも関与しているようだ。
コエンザイムQ10の投与により、精子濃度の上昇や運動率の進行など、精液全般のパラメータが改善される。
・葉酸は生殖細胞で活発に行われているDNA合成に重要で、強い抗酸化作用があり、酸化ストレスの軽減と細胞膜脂質の過酸化防止に貢献する。
・アスコルビン酸(ビタミンC)も高い抗酸化力を持つ抗酸化物質で、精液中のアスコルビン酸濃度が低いと、DNA断片化や精液の質に関するパラメーターの悪化につながる。
精液中のアスコルビン酸の存在は、精子をDNAの過酸化物から保護し、運動性の改善を促す。
・静脈瘤のグレードを考慮した分析では、病状の重症度が高くなるにつれてパラメータが有意に悪くなることが明らかになった。
グレードⅢの静脈瘤の患者は、グレードⅠの患者に比べて有意に悪い結果を示した。
薬理学的介入後、グレード III の精索静脈瘤患者は、グレードの低い精索静脈瘤グループ、特にグレード II と比較して治療後の平均改善度において有意な改善を示し、これはこのサブグループにおいて運動性の遅いB形精子の割合が著しく増加した結果の可能性がある。
結論
特発性不妊または精索静脈瘤による不妊症の男性に、L-カルニチンを含むサプリメントを投与したところ、精液パラメータ、特に精子数、精子濃度、総運動率、進行性運動率に著しい改善があった。
抗酸化剤製剤はグレードIIIの精索静脈瘤の患者において特に顕著な治療効果を示し、精索静脈瘤がそれほど重くない、あるいは全くない男性に比べて進行性運動率がより改善された。
特発性不妊症の男性、および外科的治療で改善が見られない精索静脈瘤関連不妊症の男性に今回と同内容の抗酸化製剤を補助的に使用することは妥当である。
少なくとも3ヶ月間の定期的な使用により、一般的な精液のパラメータが大幅に改善され、男性因子が不妊の原因となっているカップルの体外受精の実施が容易になる可能性がある。