うつ病は世界で約2億8千万人が罹患しており深刻な健康問題となっている。
パンデミックの影響で実際にはもっと多いかも知れず、潜在的なハイリスク群も含めると膨大な人数になるだろう。
うつ病治療には薬物療法が用いられているが、中等度から重度のうつ病における薬物療法は治癒をもたらさず様々な有害事象を伴うこともある。
うつ病治療における選択肢として、S-アデノシル・メチオニン(SAMe)の摂取が広く研究されており、その抗うつ剤としての有効性が示唆されている。
また、複数の研究がプロバイオティクスと気分障害の関連性を追跡している。
腸内細菌異常(ディスバイオシス)は、神経伝達物質産生の不均衡を伴う全身性炎症を誘発し、うつ病の危険因子の1つとなる。
したがって、プロバイオティクスの併用はうつ病気患者、特に薬剤抵抗性の症例においてディスバイオシスを改善し、全身性炎症プロセスの抑制とSAMeの治療効果をブーストする可能性があるため、有効な治療戦略になるかもしれない。
リンクのレビューは、うつ病におけるSAMeとプロバイオティクスの治療的役割、標的、相乗効果の可能性を明らかにすることを目的としたもの。
なるべく簡潔にまとめてみたい。
長文が苦手な方は末尾の結論だけでもどうぞ。
*SAMeとうつ病に関連する神経学的経路
・SAMeは1952年にイタリアの科学者によって発見された人体に自然に存在する内因性分子で、神経伝達物質の合成や代謝、潜在的なエピジェネティック経路など多くの生化学的経路を調節する。
SAMeの主要な役割は細胞機能および代謝におけるトランスメチル化、トランス硫酸化、脂肪族ポリアミン合成。
葉酸およびメチオニン代謝の遺伝的欠陥、うつ病性疾患、アルツハイマー病、パーキンソン病およびHIV感染症で脳脊髄液におけるSAMe値の低下が確認されている。
葉酸とビタミンB12はSAMeの合成に必要な補因子であるため、その欠乏は特にうつ病や認知症の患者におけるSAMeレベル低下の原因となっている可能性がある。
*SAMeの抗うつ効果
SAMeはヨーロッパでは数十年にわたり日常的に処方され、他の食品サプリメント成分と比較して広く研究されており、過去数十年における数々の文献で抗うつ剤としての有効性が示唆されている。
200~1600mg/日の経口SAMe摂取は、異なるタイプのうつ病の緩和において三環系抗うつ薬(TCAs)と同等の効果がある。
さらに、SAMeは従来の抗うつ剤よりも作用の発現が早く、薬剤の治療効果を増強する可能性が確認されている。
✴︎軽度から中等度の抑うつ症状を有するMDDと診断された患者において、SAMeとプラセボの有効性を二重盲検ランダム化比較試験(RCT)で検証した試験。
抗うつ薬治療を受けていない患者49名を対象に、SAMe単剤(800 mg/日)またはプラセボを8週間投与した結果、SAMe群とプラセボ群の両方で、症状の改善はわずかではあるが統計的に有意な結果が示された。
葉酸濃度の上昇は、SAMe治療群における症状の改善と相関していた。
✴︎軽度から中等度のうつ病患者を対象に、SAMeの抗うつ効果を向上させるベタインの役割を評価した試験。
46名の被験者が登録され、SAMe(800mg/日)またはSAMe(750mg/日)とベタイン(375mg/日)の組み合わせで90日間治療。
絶望感、無価値感、不安、精神運動性激越、身体化などの症状の改善においてどちらの治療法も同様の結果を示したが、治療期間終了時には、SAMeとベタインの組み合わせの方が統計的に有意な良い結果を示した。
✴︎SAMeによるセロトニン再取り込み阻害薬(SRI)のMDDにおける認知症状に対する作用の増強について6週間検討した試験。
SRIに反応しないMDD患者46名(18~80歳)を対象に、プラセボまたはSRIの補助薬であるSAMe錠を適切な用量で投与。
SAMeの併用により患者の情報想起能力がプラセボと比較して有意に改善した。
SAMeはうつ病患者の記憶に関連する認知症状を改善する可能性が示唆された。
✴︎MDDにおけるSAMeとエスシタロプラムの治療効果を比較実証するための試験。
189名の患者(平均年齢:45歳)に、SAMe(1600~3200mg/日)、エスシタロプラム(10~20mg/日)、またはプラセボを12週間投与。
SAMeまたはエスシタロプラムで治療された患者で有意差は観察されなかった。
寛解率はプラセボ群に対してSAMe群28%、エスシタロプラム群17%で、SAMe群、エスシタロプラム群ともに寛解率は高かった。
忍容性はSystematic Assessment for Treatment of Emergent Events-Specific Inquiry (SAFTEE- SI) で評価され、SAMe群では胃腸(GI)の副作用はほとんどなく軽度であり、良好な忍容性が認められた。
✴︎SAMeの補給はパーキンソン病患者の抑うつ症状を有意に改善することが証明された。
パーキンソン病とうつ病を併発した患者にSAMe(800-3600mg/日)を10週間投与したところ11名が試験を完了し2名が不安の増大により早期に試験を終了。
10名の患者がHDRS-17スケールで50%以上の改善を示したが、1名の患者には抑うつ症状の改善が見られなかった。
✴︎SAMeの補助的投与による性機能障害の改善の可能性を検討した試験。
73名の患者(年齢:18-80歳)を、SAMe(800mg/日)またはプラセボによるSSRI/SNRIの増強投与に無作為に割り付け、性的機能を測定。
SAMeを補助的に投与された男性はプラセボ群に比べて、エンドポイントにおける覚醒度と勃起不全が有意に低いことが示された。
*安全性に関する懸念
SAMeサプリメントの経口摂取は1600mg/日までは無毒であると思われる。
全体として、SAMeでは性機能障害および認知/記憶機能障害が報告されていないことから、良好な安全性プロファイルを有する。
最も一般的なSAMeの副作用は、吐き気。
頻度は低いが、下痢、嘔吐、腹部不快感も観察されている。
双極性障害患者におけるSAMe補給による軽躁症状または躁症状の誘発は重大な懸念であり、脆弱な個人には慎重に使用する必要がある。
腹部不快感は、SAMeの高用量(3200mg/日)でより顕著になる可能性がある。
*腸内細菌叢と神経経路
うつ病との関連
腸内細菌叢は、ファーミキューテス属とバクテロイデーテス属が最も多く、消化管に存在する微生物種の約90%を占める。その他、放線菌、フソバクテリア、プロテオバクテリア、疣贅菌などの腸内細菌が存在する。
腸内細菌叢の最も重要な機能は、消化の調節、ビタミン(B12とK)の生産、不快な病原体の成長および/または活性の制限、短鎖脂肪酸(SCFA)の生産、胆汁酸、ステロール、薬物などの必須物質の代謝など。
腸内細菌叢は、有益菌と日和見菌の2つに分けられる。有益菌は、ラクトバクテリア、ビフィドバクテリウム、腸球菌、プロピオノバクテリア、ペプトストレプトコックスなどの種。
日和見菌は、体に害を及ぼす可能性のある、バチルス、バクテリオデス、クロストリジア、アクチノバクテリア、エンテロバクテリア、ペプトコックス、ストレプトコックス、スタフィロコックス、サッカロミセス。
この2つのグループの種のバランスが崩れると、腸内細菌異常(ディスバイオーシス)が生じ、消化管炎症性疾患、大腸がん、代謝異常、自己免疫疾患、神経変性疾患、精神疾患などの慢性疾患の病因となる。
腸管機能の変化とうつ病の相関は16世紀に確認され、1978年には過敏性腸症候群(IBS)と心理的ストレスの関連性が科学的に裏付けられ、不安やうつ病を併発する患者が約50%という報告もある。
腸内細菌、腸、脳機能が相互に関連する経路やメカニズムを総称して「マイクロバイオーム-腸-脳軸」と呼び、この概念は20世紀に米国の科学者が提唱した。
腸内細菌の変化は、腸管透過性の増加、全身性炎症の上昇、モノアミン神経伝達物質放出の調節、視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸の機能変化などを引き起こす可能性がある。
また、ストレスは腸管透過性を高めることが知られており、細菌が腸管粘膜を通過して腸管神経系の神経細胞にアクセスする機会を提供する。
腸内細菌の調節が、腸管透過性の低下を介して全身性炎症を低下させるという利点が報告されている。ラットにLactobacillus farciminisを前処理すると、腸管透過性が低下し、それに伴うHPAの亢進が抑制されることが観察されている。
腸内細菌叢は、免疫調節、内分泌、神経調節経路を経由して脳とコミュニケーションしている。
免疫調節経路に関しては、リンパ球の機能とサイトカインの産生を腸内細菌が調節することで中枢神経系における炎症プロセスを調節している。
ストレスや他の刺激物に直面すると、内分泌調節経路はHPA軸からグルココルチコイド、ミネラルコルチコイド、カテコールアミンを放出し、腸内細菌叢の組成を変化させ、腸上皮の透過性が高まり、免疫応答が起こる。
神経調節経路の関与は、神経伝達物質(ノルエピネフリン、セロトニン、γ-アミノ酪酸(GABA)、ドパミン)の分泌や調節、刺激した腸管リンパ球からのサイトカイン放出における腸内細菌叢の役割によって証明されている。
迷走神経は腸と脳を直結し、腸内のニューロン、ホルモン、細菌の変化を脳に直接伝えていると考えられる。
日本の研究では、MDD患者においてビフィドバクテリウムとラクトバチルスが減少していることが報告されている。
プロバイオティクスの使用を含め、腸内細菌叢の組成の不均衡を調節することによって神経精神疾患を予防または治療するための数多くの戦略が提案されている。
*プロバイオティクスと抗うつ薬の可能性
プロバイオティクスを十分な量補給することで腸内細菌叢の改善や回復を通じ、健康上の利益得られる。消化管疾患から腸管外疾患に至るまで、幅広い臨床応用が可能であることから大きな注目を集めている。
プロバイオティクスには一般的に、ビフィズス菌、乳酸菌、サッカロミセス、大腸菌の一部株、グラム陽性球菌の一部株が含まれる。
精神科領域の患者に健康的な効果をもたらすプロバイオティクス種は、サイコバイオティクスと呼ばれて腸脳軸に作用し、場合によっては抗うつ剤として機能する可能性のある神経活性物質を生産・輸送することで作用する。
✴︎IBS、下痢または混合便パターンを有し、軽度から中等度の不安およびうつ病を併発した成人患者44名を対象に、プラセボまたはBifidobacterium longum NCC3001を6週間投与した試験。
6週目には、B. longum投与患者においてうつ病スコアが有意に低下し、QOLも改善。
不安とIBSパラメータはいずれの群でも変化がなかった。
機能的磁気共鳴画像法(fMRI)により、B. longum投与群では扁桃体と前頭葉領域で否定的感情刺激に対する反応が減少していることが確認された。さらに、B. longum群では尿中のメチルアミンと芳香族アミノ酸の濃度が低下した。
✴︎MDD患者に対するプロバイオティクス補給がプラセボと比較して、Beck Depression Inventory(BDI)スコアの改善をもたらすこと確認された試験。
110名の患者にプロバイオティクスサプリメント(Lactobacillus helveticus R0052および B. longum R0175)、プレバイオティクス(ガラクトオリゴ糖)、またはプラセボを8週間投与。
プロバイオティクス補給は、プラセボと比較してBDIスコアの有意な低下、トリプトファン/イソロイシン比の増加、キヌレニン/トリプトファン比の減少をもたらした。
プレバイオティクスではこのような効果は見られなかった。
✴︎悲しい気分に対する認知反応の改善における多種類のプロバイオティクスサプリメント(Bifidobacterium lactis W52, B. bifidum W23, Lactobacillus acidophilus W37, L. brevis W63, L. casei W56, L. salivarius W24, and L. lactis W58)の効果を証明した試験。
参加者は多種類のプロバイオティクスサプリメントまたはプラセボを4週間摂取。
スサプリメント投与被験者では介入前に比較して、うつ病に対する認知反応性、特に反芻と攻撃的思考がかなり減少していることが示された。
✴︎プロバイオティクスの投与がMDD患者のうつ病と代謝パラメータに有益な効果を持つことが明らかにされた試験。
20~55歳の患者40名を対象に、L. acidophilus(2×109CFU/g)、L. casei(2×109CFU/g)、B. bifidum(2×109CFU/g)、またはプラセボを含むプロバイオティクスを8週間投与したところBDIスコア、血清インスリン濃度、インスリン抵抗性のホメオスタシスモデル評価(HOMA-IR)、高感度CRP(hs-CRP)、グルタチオン濃度に有意な改善がみられた。
臨床の現場では、プロバイオティクスは、認知行動療法や薬物療法の効果を高める補助剤として有用であると考えられる。
*メカニスティックターゲット
抗炎症作用、抗酸化作用、免疫調節作用。
HPA軸のダウンレギュレーション、神経伝達物質の生合成の増加は、プロバイオティクスが発揮する本質的なメカニズムで、うつ病の根本原因に立ち向かい、病気の長期的寛解を目指すことが期待される。
プロバイオティクスの抗酸化作用と抗炎症作用は、BDNFレベルを増加させる可能性がある。
プロバイオティクスは、GABA(L. casei および L. rhamnosus)、セロトニン(L. helveticus)、ノルエピネフリン(L. helveticus)、ヒスタミン(L. reuteri)など神経伝達物質の分泌を増加させることが報告されている。
ヒスタミン分泌は、腸管上皮細胞による炎症性サイトカインの放出を減少させ、循環系炎症性マーカー(LPS、IL-6、コルチコステロン)を減少させ、最終的に炎症による海馬のBDNF減少を予防する可能性がある。
プロバイオティクスはSCFA産生に影響を与え、SCFAは認知および行動に関連するいくつかの神経伝達物質の合成を調節する可能性がある。特にプロピオン酸と酪酸は、ノルアドレナリン、セロトニン、およびドーパミンの合成に関与する酵素であるトリプトファンとチロシンヒドロキシラーゼの発現をアップレギュレートする。
L. rhamnosusはマウスモデル系を用いた試験で神経伝達に影響を与えることが観察され、脳内のGABA発現を選択的に調節してうつ病様行動の抑制につながることが判明した。
一方、迷走神経を切断したマウスでは同様の効果が得られなかったことから、迷走神経が腸を介した脳への影響に重要な役割を担っている可能性が示唆された。
L. plantarumは、腸管バリアの強化、BDNF発現の調節、脳内の炎症の抑制に役立つ酪酸および酪酸産生菌(Lactobacillus、Bacteroidetes、Roseburia)を増加させると考えられる。
また、L. plantarumは前頭前野のドパミンレベルを上昇させ、HPA軸の過上活性を防ぐ可能性がある。
L. paracasei PS23は、コルチコステロンによって誘発されたマウスの抑うつ行動を回復させた。また、L. paracasei PS23とfluoxetineの両方が、海馬のコルチコステロンによって誘導された低BDNFレベル、海馬と前頭前野のセロトニンとドーパミンレベルを逆転させた。
プロバイオティクスから分泌される生理活性成分も、抑うつ気分の改善に役立つ可能性がある。
L. reuteriが分泌するH2Oは、インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ活性、循環血中キヌレニンおよびジアシルグリセロールキナーゼを減少させ炎症性経路を阻害する。
L. kefiranofaciensが分泌するエキソポリサッカライドは免疫調節作用を持ち、HPA軸の過上活性を防ぐ。
薬剤耐性うつ病はディスバイオシスによって引き起こされる全身性の炎症を伴っており、神経伝達物質産生のアンバランスはディスバイオシスの直接的な結果である可能性がある。
腸内細菌は代謝と輸送経路の変更を通じて、SAMeを含む天然化合物の代謝に関与している。
ディスバイオシスはSAMeの治療効果に直接影響を与える可能性がある。
ある研究では、B. bifidum BGN4が他のBifidobacteriumやLactobacillusの株と比較して有意に高い量のSAMeを産生することを見いだした。
したがって、プロバイオティクスの併用は特に抵抗性のある抑うつ患者において、ディスバイオシスを改善し、その結果全身性の炎症プロセスを減衰させ、SAMeなどのサプリメントの治療効果を向上させることができるため、有効な治療戦略となる可能性がある。
SAMeは腸内の炎症性細菌の減少、グルタチオンレベルの増加、成長因子シグナルの正の調節を通じて炎症性メディエーターを減少させ、抑うつ患者における薬理薬剤や天然サプリメントの治療反応を改善する可能性がある。
✴︎SAMeとL. plantarum HEAL9の補給により、軽度から中程度の症状が迅速かつ臨床的に有意に改善することを実証した試験。
軽度から中等度のうつ病を有する18~60歳の被験者90名を、SAMe(200 mg)とL. plantarum HEAL9(1× 109CFU)の併用投与(n = 46)またはプラセボ(n =44)に無作為化して6週間にわたって投与。
SAMeとL. plantarum HEAL9の組み合わせの補給患者では、治療2週間後にうつ病、不安、認知、体性成分の症状がかなり改善されることが確認された。
結論
SAMeの抗うつ効果は、軽度から重度のうつ病の症例において多くの臨床研究において証明されている。SAMeの経口投与は1600mgまでなら安全であり、重篤な副作用の心配はない。
他の抗うつ剤とは異なり、SAMeは性的および認知/記憶機能障害とは無縁である。
しかし、双極性障害患者へのSAMeの使用は軽躁症状や躁病のリスクがあるため注意が必要。
利用可能な文献データを考慮すると、軽度から中等度のうつ病患者は従来の抗うつ薬に頼るのではなく、SAMeを使用することが最善。
うつ病におけるプロバイオティクスの補充は、BDNFの発現を上昇させ、神経伝達物質(GABA、セロトニン、ノルエピネフリン、ドーパミン)の生産を増加させ、炎症および免疫媒介シグナル伝達とHPA軸過上活性に対抗できる可能性がある。
SAMeとプロバイオティクスの併用は、全身的な炎症反応の抑制とSAMeの治癒効果の改善により、腸内細菌の異常に対処できるため、うつ症状の寛解に有効な戦略となり得る。
両補助食品それぞれの臨床効果を確認するためにはさらなる臨床試験が必要。