肥満とそれに伴うインスリン抵抗性、2型糖尿病、動脈硬化、末梢動脈疾患(PAD)といった病態は過去数十年の間増加傾向にあったが、このパンデミックでさらに顕著となった。
少子化に加えて成人病患者の急増もパンデミック後の日本を襲うだろう。
肥満や糖尿病状態では血管障害により筋肉における虚血が顕著となり、微小血管や大血管の治癒経過は複雑化する。
虚血後の筋肉の再生は、血流の回復、損傷細胞の除去、炎症の解消、筋原性幹細胞の増殖と分化など、いくつかの側面に依存的である。
また、血流の回復は、血管新生や動脈新生、新血管への再灌流など、微小環境からのシグナル(炎症と酸化ストレス)にも依存的である。
今回のブログは、食事背景が筋肉および血管組織の回復に及ぼす影響をデータを元にまとめてみたい。
高脂肪食(HFD)は、虚血後の組織再生に強い影響を与えるとされる。
過去の動物を対象とした研究では、HFD摂取は低脂肪食(LFD)と比較して筋肉の回復が抑制されることが報告されている。循環脂肪酸の増加は、筋繊維の成長を鈍らせる。
HFDを摂取したマウスの再生筋は、損傷後長期間経過しても機能的特性が低い。
さらに、HFDは微小血管のリモデリングと内皮機能に影響を及ぼす。
HFDによるインスリン抵抗性は内皮細胞の一酸化窒素産生を低下させ、血管拡張と血管新生因子の分泌を低下させることで、微小血管機能を阻害する。
また、肥満者では慢性的な低悪性度炎症と酸化ストレスが観察され、それらは組織の回復期を阻害する要因となる。
LFDと全粒粉食(GBD)は、肥満による合併症と心血管疾患の予防を目的とした食事介入の主流となっている。
実際に、LFDは血流と血管の健康状態を回復させるため、PADの予後を改善する。
一方、虚血後の再生におけるGBDの役割については、まだ十分に解明されていない。小麦やその他の全粒粉は前駆細胞の生存と増殖を促進する一方、全粒粉は血管新生を抑制するため、癌治療における血管新生戦略の一環として使用されている。
現在、GBDの虚血後の再生における役割に関する研究が不足している。
リンクのデータは、LFD、GBD、HFDでの筋肉と血管の再生を比較することで有益な食事を区別し、代謝と再生の相互関係を明らかにすることを目的に、高脂肪食と低脂肪・精白穀物食および中脂肪・全粒粉食を比較してインスリン感受性と後肢の回復に及ぼす影響について検討している。
雄のマウスを、正常な糖代謝を示す低脂肪食(LFD)、耐糖能異常を示す高脂肪食(HFD)、高血糖を示す穀物主食(GBD)の3パターンで13週間飼育。
FBG値、ITT、GTTを含む代謝パラメータを評価。
後肢虚血後7日、14日、21日に血流を評価。
脛骨の壊死領域、マクロファージ浸潤、血管新生/動脈新生を組織学的に評価。
回復した骨格筋のグルコース取り込みを解析し、GLUT1およびGLUT4の発現を評価。
結果
HFDでは耐糖能異常、GBDでは空腹時血糖異常が見られた。
GBD投与マウスはLFD群およびHFD群に比べ、脛骨筋の壊死が増加する傾向にあり、マクロファージ浸潤も有意に多かった。
さらに、GBD投与マウスは血流回復が低下する傾向があり、動脈新生が有意に損なわれていた。
GBD投与マウスの回復骨格筋は、グルコースの取り込みが低下し、GLUT4の発現量も低下していた。
食餌背景と代謝状態が、血管新生、骨格筋回復、代謝活性を含む虚血後再生の速度を決定すると結論。最も効果的な再生はLFDでサポートされ、最も低い再生速度はGBDで起こる。
Grain-Based Dietary Background Impairs Restoration of Blood Flow and Skeletal Muscle During Hindlimb Ischemia in Comparison With Low-Fat and High-Fat Diets
・HFDはLFDとは対照的に、耐糖能の低下と脂肪細胞の肥大がみられた。一方、GBD飼育マウスは、耐糖能とインスリン感受性は正常であるが、空腹時血糖(FBG)と脂肪細胞の肥大が損なわれており、中間の代謝表現型を示した。
これらのデータは、GBDが代謝異常の初期段階を誘導することを示唆している。
・重症度に差はあるものの、虚血後21日目の脛骨筋の壊死は全群で同程度であった。
しかし、HFDおよびGBD飼育マウスはLFD と比較して筋の回復が低下する傾向があった。
さらに、HFD-およびGBD-fedマウスでは、脛骨筋へのマクロファージ浸潤が増加することがわかった。これは、炎症の増加がネクローシスを促進するという考えを支持するもので、過去の報告と一致している。
しかし、GBDは今回の結果とは対照的に、実験および臨床研究の両方で炎症を抑制することが報告されている。おそらく、GBDは微生物を介したメカニズムにより炎症を制御し、筋肉の再生を促進することができると考えられる。
・血流の回復は、組織の再生とその機能的活性を回復するために不可欠。虚血肢の灌流は、すべての群で回復期21日目以降に部分的に回復した。
しかし、GBDを与えたマウスでは血流が最も低下していた。
毛細血管の数は全群で同等で、HFDでは内腔のある毛細血管の数のみが増加することがわかった。
HFDが虚血動物モデルの血管形成と骨格筋再生を促進するとの知見と一致する。
一方、GBDでは平滑筋壁を持つ血管の密度が減少し、動脈新生が抑制されることが示唆された。
・骨格筋の再生障害は、代謝とエネルギー基質摂取調整の結果である可能性がある。
HFD-およびGBD-fedマウスの脛骨筋移植片は、LFD群と比較してグルコースの取り込みが抑制されていることが観察された。
HFDマウスは再生過程のエネルギー供給に脂質を使用しており、高速のグルコース取り込みを必要としないことが示唆された。実際、HFD群の筋肉における基礎的なグルコース取り込みの抑制は、血管新生/動脈新生や筋肉再生の障害とは関連がなかった。
・GBD食マウスの筋肉におけるグルコース取り込みの抑制は、壊死と血流の減少を伴った。
GBDでは衛星細胞や平滑筋前駆細胞への栄養供給が不十分であるため、筋再生や動脈新生が阻害されると考えられる。
正常な状態では、骨格筋の再生と血管新生は損傷した細胞のエネルギー摂取量を増加させるためGLUT4の発現を刺激するが、GBDではGLUT4の発現が低下しており、これは血糖値過多の結果であると考えられる。
GBDで糖質を多く摂取すると高血糖になり、GLUT4の発現が低下し、再生過程のエネルギー供給が減少することが示唆された。
食餌背景の違いにより、虚血後の血管新生と筋肉回復の過程に決定的な影響を及ぼすことが示唆された。LFDはHFD、特にGBDと比較して、より効果的な筋再生をサポートする。
最も効果的な再生はLFDによってサポートされ、一方、最も低い再生速度はGBDで起こる。
GBDでのグルコースの取り込みとGLUT4の発現が悪く、エネルギー供給が不十分であることと関係している可能性がある。
PADおよび虚血後の回復期における穀物ベースの食事介入の適用について疑問を投げかけるものである。