様々な疾患の機序や、筋肥大、私が普段担当している筋骨格系症状など、多くのテーマに関連する「炎症」について、難解な分子システムの説明などは割愛しつつデータをまとめてみたい。
なぜ当院で患「抗炎症」についての情報を提供しているのか?
お越しになられた患者さんの中には不思議に思った方もいるかもしれませんが、その理由の一端が垣間見れるかもしれません。
身体は血液脳関門(BBB)、血液脳脊髄液関門(BCSFB)、血液網膜関門(BRB)、血液神経関門(BNB)、内皮細胞関門(ECB)、血液リンパ関門(BLB)など、さまざまなバリアシステムで構成されており、異物の侵入の防御や正常な細胞シグナルを保護してる。
・BBBは血液と脳の間の分子機構と分子や細胞の輸送を制御
・BCSFBは脈絡叢やくも膜上皮細胞のバリアで、血液と脳脊髄液(CSF)間の変動を防ぐ
・BRBは神経組織に侵入するタンパク質や代謝物の制御
・BNBは神経内血管の内皮周辺の微小環境の安定化、または血液-神経交換による物質交換を調節。
・ECBは血管内腔と血管壁の間のバリアで、血管の緊張と透過性を制御。血管の炎症に重要
・BLBは様々な臓器のリンパ組織の浸潤を制御
これらのバリアの最適な機能が失われると血管透過性が変化し、免疫優先部位への分子や細胞の輸送が増加することで、多くの疾患で観察されるような破壊的な炎症が引き起こされる。
全身性低悪性度炎症は、外傷後あるいは神経変性疾患、代謝性疾患、自己免疫疾患などの慢性疾患において引き起こされることがあり、組織や臓器の機能を変化させ、血液脳関門、血液網膜関門、血液神経関門、血液リンパ関門、血液脳脊髄液関門などの体内の様々なバリアシステムに有害な誘導を引き起こす原因となる。
どのような種類の炎症でもバリアの破壊が観察され、また、どのような種類の損傷も低グレードの炎症で始まり全身性の炎症につながる可能性がある。
リンクのレビューはバリアシステム、特にその保護機構に影響を与え、損傷を与える可能性のある物質、分子、細胞について調査したもの。
様々な種類の細胞シグナル伝達の妨害と、全身性炎症につながる可能性がある低悪性度炎症についての考察。
The Importance and Control of Low-Grade Inflammation Due to Damage of Cellular Barrier Systems That May Lead to Systemic Inflammation
・低悪性度炎症は全身性炎症につながる可能性
炎症は細胞レベルの低悪性度炎症から始まり、そこから様々な炎症カスケードや臓器を巻き込んだ炎症に拡大し、全身性炎症を引き起こす。
脊椎動物の炎症は自然炎症系と適応炎症系からなり、自然免疫系は生体内の細菌、ウイルス、異物を検知し、適応免疫系と補体カスケードを活性化する。適応免疫系はTリンパ球とBリンパ球からなり、パターン認識受容体がサイトカインの誘導とともに、適応免疫系の活性化に大きな役割を果たす。
サイトカインには炎症促進作用と抗炎症作用があり、他のサイトカインを放出するトリガーとして作用し、酸化ストレスによって引き起こされる慢性炎症において重要。
近年、体内のさまざまな臓器でネットワークを形成しているギャップ結合細胞の役割が注目されている。ネットワーク結合した細胞の例として、アストロサイト、ケラチノサイト、軟骨細胞、滑膜線維芽細胞、骨芽細胞、結合組織細胞、心臓や角膜線維芽細胞、筋線維芽細胞、肝細胞が挙げられる。
これらの細胞は様々な種類の炎症刺激に影響されることで細胞シグナル伝達が変化し、細胞ネットワークが制御不能になる。
損傷または罹患した神経部位における炎症反応の基礎メカニズムは、低悪性度の炎症の存在。
ヒスタミン、ブラジキニン、サイトカイン、成長因子、フリーラジカル、一酸化窒素(NO)などの炎症性物質がマクロファージやマスト細胞などの結合組織細胞から放出され、損傷部位から血液によって輸送されることで異なるバリアシステムに影響を与える。
また、脊髄や脳にある神経細胞からも様々な炎症物質が放出され、シナプス部での過活性を引き起こす。
体内の異なる部位のバリアが影響を受けることで他の臓器ネットワークのギャップジャンクション細胞に影響を与える炎症物質が拡散し、全身性の炎症が生じる可能性がある。
・血液脳関門(BBB)
BBBはCNSの血液交換を制御する細胞間シグナル伝達プロセスによって制御されている。
酸素(O2)、二酸化炭素(CO2)、一酸化窒素(NO)などの気体分子は親油性物質と同様に膜を通過して拡散する。
脳にはグルコース、アミノ酸、ヌクレオシド、核酸塩基などのトランスポーターによって栄養が運ばれている。
アストロサイトのエンドフィードには、水チャネルであるアクアポリン4(AQP4)、カリウムチャネル、および様々な細胞骨格関連タンパク質が豊富に含まれている。
・血液網膜関門(BRB)
BRBには内側BRBと外側BRBが存在し、内障壁は網膜内皮細胞によって形成され網膜への液体の侵入を制御し、外障壁は網膜色素上皮、ブルッフ膜、脈絡膜によって形成されている。
内障壁の内皮細胞における輸送は、膜輸送体と小胞輸送によって制御されている。
血管網膜の淵側には、周皮細胞が存在する。これらは内皮細胞とともに基底膜を共有し、内障壁の調節に貢献している。
外側BRBは、網膜色素上皮(RPE)による神経感覚網膜と脈絡膜循環の血液供給を分離する網膜色素上皮細胞のタイトジャンクションによって作られる細胞間接合複合体。
BRBの変化や障害は、特に糖尿病性網膜症や加齢黄斑変性症(AMD)において見られる。
糖尿病性網膜症は内側のBRBの変化から始まり、AMDは外側BRBの変化の結果である。
・血液・脳脊髄液関門(BCSFB)
このバリアは、脈絡叢の上皮細胞とCSFを預かる他のクモ膜上皮やタニシ細胞によって形成されている。毛細血管の内皮細胞と上皮細胞の間にタイトジャンクションやアドヘレンズジャンクションがあり、髄液を介した分子の流入・流出を制御している。免疫調節のゲートとして機能している。
・血液・神経バリア (BNB)
神経内膜の微小環境は、神経内膜の血管および神経周囲の血液の神経にける交換を支えている。
・血液リンパバリア (BLB)
リンパから血漿への交換は、毛細血管透過性の孔径と内皮毛細血管壁内の抵抗に依存する。
・低グレードの炎症はバリアーにダメージを与える
神経系にあるすべてのバリアは、生理的恒常性を維持するために重要。
体内のあらゆる種類の炎症過程において構造変化が起こり、経上皮電気抵抗(TEER)の低下とバリアの透過性の増大が起こる。
様々な組織や細胞からの炎症性メディエーターは、血液やリンパ液を介して循環器系から神経系に直接アクセスする。神経系の細胞はそれによって悪影響を受け、腫瘍壊死因子α(TNF-α)、インターロイキン-1β(IL-1β)、インターロイキン-6(IL-6)、活性酸素種(ROS)、NOなどのサイトカインの産生を活性化するTLRs(Toll Like receptor)の発現上昇により炎症受容体の感受性を高める。
バリアは神経系に必要な栄養素を供給するトランスポーターまたは受動的拡散によってバリアに浸透する動的構造。バリアの破壊はバリアを通過する白血球の移動を増加させ、過剰な活性酸素の産生が起こるとともに、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の活性化が起こる。
低悪性度炎症は、損傷したバリアと制御不能なギャップ結合細胞ネットワークによる未知のシグナルによって体内の他の臓器に広がっている可能性がある。
併存疾患や合併症は、バリアが適切に働いていない可能性も考えられる。
代謝異常は、肝臓、脂肪組織、心臓など、代謝的に活発なすべての臓器に低グレードの炎症を誘発する可能性があるが、低グレードの炎症は様々なバリアーにダメージを与えるためどの臓器にも起こりうる。このことは、全身性炎症を引き起こす併存症を誘発する可能性がある。
・ネットワーク結合細胞
あらゆるバリアーを構成する細胞はギャップ結合を介して互いに接続されネットワークを構築している。ギャップ結合は炎症性疾患において重要な機能を果たすタンパク質で構成される「コネキシンファミリー」で構成されている。
アストロサイトは形態的にも機能的にも異質な細胞で、神経細胞の代謝を支えるという最大の役割を担っており、脳の健康と疾病における複雑な恒常性維持活動を担っている。
炎症が起こると、アストロサイトが反応し、コネキシンベースチャネルを介して細胞外液へのATPの放出が誘導される。放出されたATPはアストロサイトのプリン作動性受容体を活性化し、細胞内Ca2+放出をさらに増加させ、Na+トランスポーターのダウンレギュレーションと細胞骨格の破壊が起こる。
さらに、炎症性サイトカインの放出、神経細胞の興奮性、グルタミン酸の放出がすべて増加する。
炎症性刺激は細胞膜の伝達とタンパク質の動員を引き起こし、細胞骨格構造に変化をもたらす可能性がある。アクチンは最も豊富な細胞質タンパク質であり、細胞および免疫機能を制御している。
また、炎症による破壊や組織のリモデリングにおいてアクチン細胞骨格は重要な役割を担っている。
F-アクチンフィラメントは、微生物毒素や炎症メディエーターの影響により、炎症を起こした細胞の接合部の消失に関与していると考えられる。
・細胞のバリアに作用するシグナル伝達
炎症がさまざまな細胞、組織、臓器でどのように発生し、どのように広範なシステムに広がっていくのかを説明するメカニズムを探ることは、痛みが長引くような低悪性度の炎症の治療にとって重要な課題のひとつ。
細胞外マトリックスはすべての生体バリアにおいて重要で、血液からの白血球の移動を制御しており、炎症組織では炎症反応に影響を与える異なる細胞外マトリックス成分が関与している。
マスト細胞とグリア細胞は内因性の恒常性維持機構を示し、進行中の炎症に対応して発現が増加する。
マスト細胞は骨髄から発生して前駆細胞として血液中を循環し、血管の内腔側にある組織で分化を完了させる。そのため細胞と細胞外マトリックス、血管とコミュニケーションすることができ、様々なバリアシステムに影響を与えると考えられる。
またマスト細胞は自然免疫系のエフェクター細胞であるため、傷害/炎症に対する最初の応答者となることができ、生体アミン、サイトカイン、酵素、脂質代謝産物、ATP、神経ペプチド、成長因子、NO、ヘパリンなど多数の物質を産生する。
活性化されたマスト細胞は、細胞毒性分子や成長・修復因子を産生するため、直ちに活性化すれば細胞障害や脳損傷を抑制できるが、マスト細胞の継続的な活性化はより破壊的な変化をもたらす可能性があるためメカニズムは複雑。
まとめ
BBB、BRB、BCSFB、BNB、BLBなどの機能的バリアは、組織や臓器内での生理的なホメオスタシスを維持している。
これらのバリアは急性炎症には抵抗できるが、持続的な炎症と酸化ストレスは神経系や網膜、軟骨、血管、神経終末に影響を与える全身性炎症につながる可能性がある。