「栄養管理なんて重要じゃない」
という逆張りタイプのアスリートを除いて、食事管理は一般にトレーニングや競技中のアスリートの最適な健康状態を維持するのに役立ち、傷害の予防、パフォーマンスの向上に寄与すると信じられている。
個々の競技の特性に応じて個別に栄養管理を提案できるまでに研究は進んでおり、例えば、持久系スポーツでは炭水化物、筋力系スポーツではタンパク質と確固たるエビデンスがある。
五大栄養素の量と質に加えて、タンパク質や炭水化物の摂取タイミングや期間なといった側面の研究も進んでいる。
身体的パフォーマンスを最大化するためには、体組成を改善することが重要である。体組成は、持久系スポーツ、美容系スポーツ、体重階級のある種目など、多くの種類のスポーツにおいて非常に重要な役割を果たす。
筋肉量の増加や脂肪量の減少といった体組成の変化を促すには適切な物理的刺激とともに、食事が重要な要素であることは疑いようがないだろう。
栄養成分は様々なシグナル伝達経路を介して筋肉や結合組織の代謝、構造、機能を改善する。
また結合組織は、結合組織内の構造的適応、特に筋腱接合部の領域での適応が、パフォーマンスの向上と傷害の予防に重要であることから、ますます結合組織の重要性が認識されてきている。
一般に、様々な供給源のタンパク質、アミノ酸組成、個々のアミノ酸の効果は、長年にわたってスポーツに特化した研究の焦点となってきた。
近年では生理活性ペプチドに関する研究でも、興味深い結果が得られている。
生理活性ペプチドは主に消化管での消化、発酵、あるいはタンパク質分解酵素による加水分解後のタンパク質に由来する生理活性のあるペプチドで、受容体や哺乳類ラパマイシン標的(mTOR)、グリコーゲン合成酵素、グルコーストランスポータータイプ4(GLUT-4)などの内因性タンパク質とのランダムな相互作用により個々のアミノ酸の効果を上回る影響を体に与える。
生理活性ペプチドはそのままの形で再吸収されることが明らかになっており、高血圧、リポ蛋白質異常、炎症、酸化ストレスなどの健康関連パラメータに好影響を与えることが繰り返し示されてきた。
近年では、生理活性ペプチドがスポーツ栄養においても重要な役割を果たす可能性が高まっている。
最近の研究では、生理活性ペプチドが体組成や筋力の変化に好影響を与え、運動後の筋損傷を軽減し、結合組織内に有益な適応を誘導する可能性が示されている。
生理活性ペプチドに関する知見や、運動との併用による相乗効果はアスリートにとって有益であるし、スポーツ栄養学から得られる戦略は、一般の人々の健康と幸福の維持・向上にも役立つ。
リンクのデータは、生理活性ペプチドのスポーツ関連効果とその潜在的なメカニズム、および考えられる限界について提示し議論したもの。
さらに、生理活性ペプチドをスポーツにおける栄養学的アプローチにどのように組み込めば、運動能力の向上だけでなく、ケガの予防やリハビリテーションプロセスの改善にもつながるのか、実際の応用例についても議論している。
Potential Relevance of Bioactive Peptides in Sports Nutrition
体組成への影響
現在、カロリーコントロールだけではなく栄養面からの刺激(タンパク質の摂取量やアミノ酸組成など)が、筋肉量の増加や脂肪量の減少といった身体組成の改善をサポートすることは常識である。
タンパク質の補給が徐脂肪体重と筋力を促進するという証拠が最近のメタ分析で示されている。
若い男性、高齢のサルコペニック男性、閉経前の女性を対象に生理活性ペプチドの効果を検討した試験では、コラーゲンペプチドを12週間のレジスタンストレーニングと組み合わせて摂取したところ、プラセボと比較して運動選手以外の集団で無脂肪量の増加が観察されている。
筋肥大に対する生理活性ペプチドの好影響は、筋力への影響にもつながる可能性がある。コラーゲンペプチドを用いた研究では、プラセボと比較して高齢女性の手の強さや高齢男性の等尺性大腿四頭筋の強さに筋力アップの効果が認められている。
筋肥大を誘発するためには、同化シグナルのアップレギュレーションが必要である。ロイシンなどのアミノ酸を介したmTORシグナル伝達経路の刺激は、筋タンパク質合成を増加させるメカニズムの一つとして知られている。
また、ジペプチドであるヒドロキシプロリン-グリシンのような低分子ペプチドもin vitroでこのシグナル伝達経路を活性化し、筋肥大を促進することが示されている。
コラーゲンペプチドはアミノ酸配列が不完全で、ロイシンの含有量が少ない。
そのため、同化効果は小さいかもしれないが、体組成に対するコラーゲンペプチドのポジティブな効果は生理活性ペプチドのシグナリング効果によって説明できる。
ホエイタンパクの除脂肪体重に対する効果はよく知られているが、乳清加水分解物に含まれる生理活性ペプチドはあまり注目されていない。
高い生物学的価値とロイシンの高い含有量に加えて、乳清加水分解物に含まれる生物活性ペプチドは同化作用寄与している可能性がある。
ジペプチドのロイシン・バリンがmTORの発現を増加させるというラットでの観察結果に基づけば、乳清加水分解物中のジペプチドが単一アミノ酸としてのロイシンと同様の同化作用を持つことは十分に考えられる。
エンデュランスパフォーマンスへの影響
脂質酸化、グルコース利用能、筋グリコーゲンの代謝的要因などが、持久力パフォーマンスに重要な役割を果たしている。
現在までに、タンパク質加水分解物や低分子ペプチドが持久力パフォーマンスに与える影響を調査した研究はほとんどない。
最近の研究では、12週間のコンカレント・トレーニングにおいて女性がコラーゲンペプチドを補給することで、プラセボ群と比較して1時間のタイムトライアルにおけるランニング距離が有意に改善された。コラーゲンペプチドを投与された被験者で観察された無脂肪量と筋力の有意な増加は、筋機能の向上につながるバイオメカニクスの改善および持久力パフォーマンスの向上に関与している可能性を示唆している。
別の研究では、1週間のトレーニングキャンプ中に乳清加水分解物と炭水化物を補給することで、炭水化物のみの被験者と比較してパフォーマンスの向上が観察された。
また、カゼイン加水分解物と炭水化物を併用することで、炭水化物のみの場合と比較してパフォーマンスの向上効果が観察された。
パフォーマンスの向上は、60kmのサイクリング・タイムトライアルの最後の3分の1で見られた。これは、カゼイン摂取後に脂質酸化が増加することで説明できる可能性がある。脂質酸化で炭水化物貯蔵量の節約につながる可能性がある。この研究では、プラセボと比較して、炭水化物のみでも、炭水化物とホエイ加水分解物を加えても、パフォーマンスは有意に向上しなかった。
持久力パフォーマンスが向上する理由として、筋細胞におけるグリコーゲンの取り込みと貯蔵の増加が考えられる。
例えば、in vitroの試験では加水分解ホエイプロテインのペプチドであるイソロイシン・バリンはグルコースの取り込みを促進し、ラットにおける試験では運動後の筋グリコーゲン量を増加させることが示されている。
マウスの観察試験では、加水分解したホエイタンパク質がグリコーゲン合成酵素の活性化につながることが示された。
さらにホエイ加水分解物は、ホエイタンパク質と比較して骨格筋細胞へのグルコースの取り込みを増加させる。
まとめると、げっ歯類ではホエイ加水分解物とグルコースの併用は、グルコースとホエイタンパク質またはグルコース単独よりも、骨格のグリコーゲン貯蔵量を上昇させるようだ。しかし、この効果はヒトの研究では必ずしも確認できなかった。
筋損傷への影響
これまでの知見では、過剰な機械的負荷により筋組織のほかに結合組織も影響を受け、その結果、細胞外マトリックス(ECM)の破壊につながる可能性が示唆されている。
運動誘発性筋損傷(EIMD)の結果には筋肉痛、筋出力の低下、特定のバイオマーカー(クレアチンキナーゼ(CK)、乳酸脱水素酵素、ミオグロビンなど)の上昇などがあり、重度のEIMDは数日間にわたって運動能力を低下させる可能性がある。
近年、薬理学的アプローチに加えて、栄養戦略、特に生物活性ペプチドの摂取がEIMDの軽減に役立つ新しい戦略として注目を集めている。
ペプチドや加水分解物を用いた運動後の筋力パフォーマンスについて、いくつかの研究が行われている。
2010年に行われた無作為化プラセボ対照試験では、慣れないエキセントリック運動後の筋肉痛、血清CK活性、TNF-α濃度に対する乳清加水分解物の効果が調査され、その結果、ホエイ加水分解物は最大等尺性収縮で評価した力の能力の迅速な再生を促進し、対照群と比較して有意に向上したことが実証された。
最近の研究では、女性の反復スプリント運動後のEIMDと回復に対する乳清タンパク質加水分解物の効果が調査された。
経時的な変化を評価するため、運動を中止してから3日後までのEIMDのバイオマーカーを評価しました。その結果、乳清加水分解物を補給することで48時間後のCKレベルが低下し、筋機能の低下が抑制されることが明らかになった。
サッカーに特化した12週間のホエイ加水分解物の補給がパフォーマンスと回復に及ぼす影響を調査した研究では、乳清加水分解物の補給はコントロール群と比較して、CK(42%減)や乳酸脱水素酵素(30%減)などの筋損傷のマーカーを有意に減少させることが示された。
ホエイペプチドの他に、コラーゲンペプチドも筋肉の回復に関して研究されている。
筋肉の機能と筋肉の損傷に対するコラーゲンペプチドの効果を調査した無作為化対照試験では、研究者は筋機能と損傷を定量化するために最大随意収縮と反対運動のジャンプを実施した。筋肉の痛みは、視覚的アナログスケールで評価。その結果、コラーゲンペプチド群では対照群に比べて爆発的な力の産生が急速に回復したことが明らかになった。また、コラーゲンペプチドを摂取することで激しい運動後の筋肉痛が軽減されることが確認された。さらに分離大豆たんぱく質を摂取することで筋肉の回復を促進する効果が認められた。
一般的には、ペプチドやタンパク質加水分解物が、激しい運動後の筋肉の回復を促進し、筋肉の損傷を減少させるかどうかについての証拠はかなり少ない。
タンパク質合成への影響
近年、生理活性ペプチドは筋タンパク質のターンオーバーを調節するための重要な因子として考えられるようになってきた。
過去のin vitro試験では、コラーゲン由来のジペプチドであるヒドロキシプロリルグリシン(Hyp-Gly)が,PI3K/Akt/mTORなどの同化シグナル経路を活性化することで筋肥大を誘導することが明らかになっている。
したがってHyp-Glyは、収縮機能の回復を促進しEIMD後の筋力の回復を早めることができる可能性がある。
炎症への影響
運動による筋損傷は、強力な炎症反応を含む一連の細胞プロセスを開始する。
炎症マーカーの上昇は最大で数日間見られ、慢性的な炎症状態は筋の再生を遅延させ、筋膜の溶解を誘発する。
したがって、EIMD後の筋肉内の炎症レベルを最適に保つためには特定の栄養が必要である。
今日まで、生理活性ペプチドの抗炎症能力に関するエビデンスの多くは細胞培養実験に基づいている。
カゼイン由来のペプチドに焦点を当てた試験では、トリペプチドが強力な抗炎症性を示すことがわかっている。
同様に、ペプチドGln-Glu-Pro-Val-Leu(カゼインから得られたもの)が、一酸化窒素の放出と、IL-4やIL-10などの抗炎症サイトカインの産生を増強することに関与していると発見した。
最近の動物実験では、特定のジペプチド(L-アラニル-L-グルタミン)の効果を雄ラットで調べた結果、ヒートショックプロテイン70(HSP 70)反応を介して細胞保護作用を引き起こすことがわかった。さらに,血漿中のCK,TNF-α,乳酸脱水素酵素のレベルが低下したことから,運動後の筋細胞の保護が強化され,炎症が抑制されたと考えられる。
酸化ストレスに対する効果
いくつかのペプチドが高い抗酸化力を示すことが明らかになっている。
抗酸化物質による活性酸素種(ROS)の適切な除去がなければ、ROSは事実上すべての主要な細胞構成要素を損傷する。
生理的なレベルの活性酸素は、筋肉内のシグナル伝達プロセスにおける調節メディエーターとして重要な役割を果たしているが 、不均衡な量は運動後の炎症の長期化や筋損傷の増大に関与していると思われる。
生理活性ペプチドに関しては、主に乳製品由来のペプチドが取り上げられてきた。
過去の研究(2000年)では、Tyr-Phe-Tyr-Pro-Glu-Leuという配列のカゼインペプチドにフリーラジカル消去効果があることが実証されている。この研究ではペプチドからアミノ酸を順次除去していき、ジペプチドGlu-Leuで最も高い抗酸化能力が得られることを見出された。
カゼインペプチドと同様に、ホエイ、コラーゲン、大豆など他のペプチドも抗酸化力を持つことが示されている。しかし、この抗酸化力がヒトのEIMDの変化にどの程度寄与しているのかは、現在のところ正確にはわかっていない。
結合組織への影響
結合組織の特性と機能は運動能力を決定する重要な要素の一つである 。
激しい運動や不慣れな長時間の運動はストレスやアンバランスを増大させ、アスリートの腱鞘炎や機能的な関節痛の原因となる。
結合組織は運動パフォーマンスを最適にサポートして負荷に対処し、変性を防ぐためにその構造と組成を物理的要求に恒久的に適応させる必要がある。
運動による負荷適応や栄養状態は、結合組織に影響を与える。
現在、生物学的に活性なペプチドを補給した後の結合組織の物質的および形態的な適応の変化が科学界で注目されている
コラーゲンは最も豊富なマトリックス分子であるため、結合組織の負荷適応に関する研究は線維芽細胞におけるコラーゲンの合成に焦点を当ててきた。
腱の特性への影響
現在、腱のコラーゲン合成に対する生理活性ペプチドの効果について複数の試験が行われている。
2013の試験では、in vitroでコラーゲン加水分解物を線維芽細胞に添加するとRNAの発現とマトリックス分子の生合成に顕著な刺激効果があることが報告された。この知見はin vivoの動物実験でも確認され、コラーゲンペプチドを56日間ウサギに補給するとコラーゲン線維の直径が増加し、アキレス腱の機械的特性が改善する可能性があることが明らかになった。研究者は、この効果をサプリメントに含まれる高濃度のグリシンによるものとしている。単一アミノ酸に加えてトリペプチドであるグリシン-プロリン-アルギニン(Gly-Pro-Arg)の促進効果ではないかとされる。
ロイシンやその他の必須アミノ酸(EAA)を高濃度に含むプロテインを補給することによる影響は、筋原線維タンパク質合成研究の主要分野となっている。
2012年の動物実験研究では、栄養不良のラットが有酸素運動を行った際にロイシンを多く含む食事の摂取が深趾屈筋腱のコラーゲン量と生体力学的適応を促進することを明らかにた。
ヒトでは、12週間の高強度レジスタンストレーニングと高ロイシンホエイ加水分解物の補給を組み合わせることで膝蓋骨近位部の腱の断面積が増大した。
これはEAAを豊富に含むペプチドを補給することが、健康な腱の運動による適応に有利な影響を与えることを示している可能性がある。
スポーツでは腱に大きな負荷が繰り返しかかるため、腱鞘炎はアスリートにとって深刻な問題である。
2019年の研究では、アキレス腱症の被験者においてコラーゲン加水分解物の補給を組み合わせた運動が腱の治癒に有益であることが示された。
1日あたり1.1gという高いグリシンの摂取量によるものとしている。
グリシンは、TNF-α、マトリックスメタロプロテアーゼ、コラーゲン前駆体を調節することで、マトリックス組織の強度と腱細胞のリモデリングの改善に関係していた。この結果は、単一のアミノ酸やおそらく特定のペプチドが腱の治癒療法に有益な効果をもたらすことを示している。
軟骨への影響と機能的関節痛
スポーツ選手における関節軟骨の病変リスクは高い。
1つの治療の試みとして、生物学的に活性なペプチドを用いてコラーゲン合成を刺激することで、関節の退行変性プロセスの治療および予防が試されている。
いくつかの研究では、in vivoで機能的な関節痛に悩まされている運動選手の痛みと関節の可動性に対して、コラーゲンペプチドの補給が有益な効果を示した。
正確なメカニズムはまだ不明だが、ヒドロキシプロリン-プロリン-グリシン(Hyp-Pro-Gly)やヒドロキシプロリン-グリシン(Hyp-Gly)といった加水分解コラーゲン由来の特定の生物学的に活性なシグナルペプチドがこれらの反応を引き起こすと考えられている。
研究によると、乳清加水分解物を補給するとコラーゲンの合成が促進される可能性がある。
以上のように、特定の生理活性ペプチドが運動パフォーマンス、回復および組織修復に有益な効果をもたらす可能性を示すさまざまな知見が得られた。
これらの予備的知見は有望であるが、決定的な結論を出す前にさらなる研究が必要である。