双極性障害患者がメタボリックシンドローム(MS)を発症する確率は、一般人口の約2倍とされている。
抗精神病薬を服用している患者は、抗精神病薬を服用していない患者よりもMSを発症するリスクが高く、健康な人に比べて肥満や代謝異常を起こしやすい。
MSの危険因子として、遺伝、不健康な生活習慣(喫煙、過度のアルコール摂取、睡眠不衛生、運動不足、不健康な栄養パターンなど)、向精神薬(抗精神病薬、抗うつ薬、気分安定薬)の使用が挙げられる。
MSは、腹部肥満、高血圧、糖・脂質代謝障害を特徴とし、特にインスリン抵抗性と肥満(腹部肥満)はMS発症に重要な役割を果たしている。
脂肪組織は高度に特殊化した組織で、アディポカイン合成と分泌を通じて重要な内分泌機能を担っている。肥大化した脂肪細胞は炎症性アディポカインを分泌し、全身性炎症を促進し、メタボリックシンドロームの一因となる。
アディポカインの中で重要なのは、レプチン、レジスチン、アディポネクチン、ビスファチン、インターロイキン-6(IL-6)。
レプチンは摂食行動、エネルギー恒常性、脂質代謝を調節し、グルコースホメオスタシスとインスリン感受性も制御する。
レプチンは炎症性免疫反応を促進し、肥満、MS、心血管系疾患をつなぐ重要な因子である。
レジスチンは全身性炎症において重要な役割を果たし、代謝性脂質異常症発症に関与する。
アディポネクチンはグルコースと脂質代謝の調節に重要な役割を果たして内因性インスリン感作物質として働き、グルコース取り込みの増加、脂肪酸酸化を促進する。またアディポネクチンは、インスリン抵抗性、MS、心血管系疾患の発症と進行に対して保護的な役割を果たし、炎症性因子も抑制する。
ビスファチンも同様に、そのインスリン模倣能によりインスリン感受性に影響を及ぼす。ビスファチンはインスリン受容体と結合し、グルコースの取り込み、輸送、脂肪生成を促進する。しかしアディポネクチンとは異なり、複数の炎症経路を活性化する炎症性メディエーターである。
IL-6の発現増加は肥満とその合併症の病態に多く関与し、インスリン受容体であるアディポネクチン発現を低下させ、リポ蛋白リパーゼの活性を阻害することでインスリン抵抗性を強める。さらにIL-6は、急性期タンパク質の合成を刺激することによって血管内皮の機能に影響を及ぼすことで動脈硬化の形成と進行、炎症、機能不全を引き起こす。
S100Bはカルシウム結合タンパク質で、転写調節、DNA修復、細胞分化、細胞増殖と遊走、プログラムされた細胞死などに関与する。S100Bは主にアストロサイトに発現して、メラノサイト、軟骨細胞、脂肪細胞、骨格筋、その他いくつかの細胞型にも発現する。最近の発表ではS100Bが肥満や糖尿病のメカニズムに関与していることが示唆されており、おそらく炎症過程に関与していると思われる。
リンクの研究は、双極性障害患者における神経生物学的パラメータ(臨床的、身体計測的、生化学的、アディポカインレベル、頸動脈超音波検査)とMS発症の関連性を評価すしたもの。
対象は、双極性障害の経過中にうつ病エピソードにより入院した患者70人(女性50人、男性20人)。
ハミルトンうつ病評価尺度(HAMD)を用いて、急性期および6週間の治療後のうつ病症状の重症度を評価。
結果
双極性障害女性群において、ビスファチン、S100B、レプチンは正の相関を示し、アディポネクチン、レプチン受容体、アディポネクチン/レプチン比は負の相関を示した。
アディポネクチン/レプチン比は、インスリン値、BMI、ウエスト周囲径、トリグリセリド値、メトホルミン治療と中程度から強い負の相関を示し、HDLとは正の中程度の相関を示した。
アディポネクチン/レプチン比は、女性うつ病双極性障害患者におけるMSを評価する有効なツールとなりうると結論。
Metabolic Syndrome and Adipokines Profile in Bipolar Depression
・この研究では、MSに罹患している女性は罹患していない患者よりもインスリン値、BMI、ウエスト周囲径が高かった。
・BP患者は一般集団よりもMS有病率が高く、多くの精神科患者は少なくとも1つの代謝障害を有しており、遺伝、運動不足、不健康な食事、依存症などの要因がある。
・薬物、特に抗精神病薬には体重増加の副作用が確立されていることから、双極性障害の治療、特に長期治療における高用量あるいは多剤併用は有害な代謝障害をもたらす可能性があるため、潜在的な利益と損害のバランスをとることが重要。
・ビスファチン、S100B、レプチンが正の相関を示したのに対し、ADIPO、LEP_R、ADIPO/LEP比は負の相関を示した。肥満症ではレプチン濃度が有意に上昇することが証明されている。
・肥満、冠動脈性心疾患、糖尿病、高血圧患者におけるADIPOレベルの低下は、高確率でMSを発症する傾向を示している。さらに、うつ病エピソード中に血圧が上昇した患者ではADIPOレベルの低下が観察されている。
・MS患者は非MS患者よりもADIPO/LEP比の値が有意に低く、これは他の研究とも一致している。ADIPO/LEP比はBMIおよびウエスト周囲径と負の相関がある。
・インスリン値はADIPO/LEP比と有意な相関があった。ADIPO/LEP比はアディポネクチンやレプチン単独よりもインスリン抵抗性と相関があると主張されている。
・ビスファチンは脂肪組織、内臓脂肪組織、骨格筋、肝臓、リンパ球から分泌される。このサイトカインはインスリン受容体に結合することでインスリンと同様に作用し、グルコースの取り込みを増加させる。血清ビスファチン濃度は、BMI、ウエスト周囲径、インスリン抵抗性指数と相関する。BMIが正常な人と比べて過体重・肥満の人ではビスファチン血清濃度が有意に上昇し、また2型糖尿病患者でも有意に上昇することが示されている。ビスファチンの血清中濃度はMS患者でも高い。
・脂肪組織に発現するS100B は、肥満を促進するマクロファージに基づく炎症の病態生理と関連している。血清中のS100Bレベルは、インスリン抵抗性、メタボリックリスクスコア、脂肪細胞の大きさと相関している。マウス研究では、血漿および白色脂肪組織のS100Bレベルは、食事誘発性肥満によって上昇することがわかっている。ヒトを対象研究では、血清中S100BレベルはBMIと正の相関を示している。
肥満症におけるS100Bレベルは過体重および正常体重の被験者よりも有意に高い。
・肥満とMSを併発した双極性障害患者は、BMIが正常でMSを合併していない双極性障害患者よりも増悪期のS100Bの血清レベルが高かった。この結果はS100B値と肥満およびMSとの関係を示し、患者の精神状態との関連性を示している。
・メタ解析では、うつ病と躁病の患者では対照群と比較して血清S100B値が高いことが示されている。また、初回エピソードの単極性大うつ病と診断された薬剤未投与の青年においても同様の関係が観察された。