近年、パンデミック下の生活様式など複数の因子の影響で、妊娠中のビタミンD(VD)欠乏が世界的に広がっている。
DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)理論では、VD欠乏は長期にわたって母子ともに好ましくない妊娠転帰を辿るとされている。
VDは正常な糖・脂質代謝に重要な役割を果たし、母体のVD欠乏は後年、子孫の肥満やその他の肥満関連疾患につながる可能性がある・・・
ここ数日肥満についてのブログをいくつか書いた。
現時点では、肥満のメカニズムは完全には解明されていない。
一般的には、遺伝的要因と環境要因の相互作用によって脂肪組織の肥大・過形成、糖・脂質代謝異常、脂肪組織内の炎症反応の亢進などが起こり肥満が発生すると考えられている。
VDは骨代謝に重要な役割を担っており、その欠乏は喘息、癌、2型糖尿病、心血管系疾患、感染症、自己免疫疾患などの幅広い疾患に関連することが報告されている。
また、VD値は脂肪量と逆相関があり、母親のVD欠乏がエピジェネティック修飾にも影響した結果、子孫が後年肥満になりやすくなると考えられている。
DOHaD理論では、妊娠期に好ましくない環境下におかれることによって、糖尿病、肥満、脂質異常症などの慢性代謝異常を発症し、幼少期から成人になるまで、さらには世代を超えて影響が残ると主張されている。
悪影響は、妊娠中の母親の栄養状態、運動不足、概日リズムの乱れ、心理的ストレス、タバコなどの子宮内環境の変化によるDNAメチル化、ヒストン修飾、ノンコーディングRNAなどのエピジェネティック機構を介してもたらされる。
リンクのデータは、主に母体のVD不足が子孫の脂質代謝にと子孫の肥満に及ぼす影響に焦点を当て、子孫の肥満の進行に関与する潜在的なメカニズムについて考察している。
The Role of Maternal Vitamin D Deficiency in Offspring Obesity: A Narrative Review
・妊娠中のVD欠乏と子孫の肥満関連疾患の関連
VDの代謝
VDは脂溶性ステロイドで、エルゴカルシフェロール(ビタミンD2、UVB照射で菌類生物が自然に生成)とコレカルシフェロール(ビタミンD3、日光に反応して皮膚で生成し、魚、肉、卵など、D3強化食品またはサプリが重要な供給源)の2種類のの形態がある。
ビタミンD3はビタミンD2よりも作用が強く効果が長く持続する。
VDは経口摂取されるか皮膚で生成された後、様々な過程を経るが、その際、脂肪組織が体内のコレカルシフェロールの73%、25(OH)Dの34%をプールし、VDの主要なリザーバーとして機能する。
また、VDの放出にも脂肪分解が関与している可能性があり、肥満症者ではこの過程が鈍化していることが報告されていることから、脂肪はVDのプールであり、肥満者では脂肪組織からのVDが乏しくなることで血清VD値が低くなる可能性が示唆されている。
肥満はVD摂取不足や日光不足とは関係なくVD不足の一因となっている。
VDはマイクロRNA(miRNA)制御にも関与し、炎症に関連するmiRNAの発現を抑制することで炎症を抑制している。
ミトコンドリアでは、ビタミンD受容体(VDR)は肝臓、筋肉、脂肪細胞、血小板においてミトコンドリア呼吸能に影響を与えており、筋肉ではVDRがVD状態とミトコンドリア機能との重要な中間体となる。VDRの切除はミトコンドリア呼吸活性と活性酸素種(ROS)の産生を高め、長期の細胞障害と細胞死の引き金となる。
このことから、VDとVDRはミトコンドリアの酸化的リン酸化能に極めて重要で、細胞を活性酸素から守る抗酸化的な役割を担っていることが示唆されている。
・妊娠中のVD欠乏症
妊娠中のVD欠乏は、妊娠期から成人後の疾患まで子孫の様々な健康上の転帰に極めて重要。
ベジタリアン、日光の曝露制限(寒冷地での生活、防護服や日焼け止めの頻繁な着用、屋外活動不足など)、栄養不良、肥満などの高リスク要因を持つ妊婦ではVD不足が世界中で広く観察される。
臍帯血VD値は、母親のVD状態、特に妊娠第3期のVD値と強い相関があることが、システマティックレビューとメタアナリシスで報告されている。
妊娠中のVD補給に関するRCT(4400IU/日対400IU/日)では、4,400IU/日群では43ng/mL (1.1nmol/L) 、400IU/日群では0.30ng/mL (0.8nmol/L) の増加だった。
母親がVD欠乏症であるかまたはVD欠乏症リスクが高い場合、新生児もVD欠乏症リスクが高いことがわかっている。
妊娠中のVD欠乏は、帝王切開率の増加、子癇前症、妊娠糖尿病(GDM)、細菌性膣炎、早産、神経発達障害、妊娠年齢が小さいなどの未発達な胎児など多くの妊娠合併症や有害事象に関係する。
妊娠中の高VD(VD>75nmol/L)が9歳時の湿疹や喘息リスクを高めるというエビデンスもある。
妊娠中のVD欠乏を改善するための最適かつ安全な摂取量はまだ不明で、より多くのデータと研究を必要とする。
過去の研究では、妊婦とその胎児には4000IU/日、授乳期の女性とその乳児には6400IU/日が安全であると報告されている(個人的にはかなり多い印象)。
米国医学研究所(IOM)は、妊婦には600IU/日、4000IU/日を超えてはならないという保守的な推奨値を示している。
また、National Institute for Health and Care Excellence(NICE)は、VD欠乏症の有無にかかわらず、すべての妊娠中女性が1日10mcg(400IU)を摂取することを推奨している。
米国産科婦人科学会(ACOG)のガイドラインでは、VD欠乏症の妊婦では1日1000~2000IU、上限 4000IU、全妊婦が1日600IUを摂取することを推奨している。
・肥満妊婦におけるVD欠乏の子孫への影響とその臨床証拠
妊娠中の肥満は妊娠初期のインスリン抵抗性リスクを高め、胎児の過成長を招く。
その結果、帝王切開や創傷合併症の発生率が高くなる。
さらに、肥満女性は将来的に心肥大リスクが高まる。
したがって、妊娠中の体重増加をコントロールすることが重要。
母体のVD欠乏が妊娠肥満につながることを支持する証拠は限られているが、妊娠中のVD欠乏は肥満妊婦のグルコースおよび脂質代謝障害をもたらし、子孫の後世における糖尿病および肥満リスクを増加させる。
妊娠肥満女性は脂肪組織へのVD貯蔵量が増加するため、非肥満女性と比較してVD濃度が低くなりやすいことがいくつかの臨床研究で報告されている。
妊娠中のVD不足がグルコース代謝や代謝全般に悪影響を及ぼすことを考慮すると、肥満妊婦は代謝異常を起こしやすいと考えられる。
子孫についても、肥満女性の新生児は出生時の体脂肪が高い傾向にあり、小児肥満や2型糖尿病、心血管疾患、脂質異常症などの慢性代謝異常のリスクが高まると考えられる。
母親のVD欠乏は、妊娠肥満とは無関係に子孫の肥満に影響を及す。
妊娠中VD欠乏の女性の新生児は、出産後2週間以内に腹部皮下脂肪組織量が増加し、6歳時の体格指数(BMI)が高くなる傾向があると報告されている。
・妊娠糖尿病(GDM)におけるVD欠乏と子孫への影響
GDMは流産、早産、子宮内苦悶、胎児奇形、子宮内死亡、子宮内感染、巨大児や妊娠高血圧症候群、子癇前症、多乳房症のリスクを高める。
VD欠乏症女性について、いくつかの研究で低VD値がインスリン抵抗性やGDMリスク上昇に関係することが分かっており、VD補給がインスリン感受性と耐糖能を改善することを示す臨床エビデンスも存在する。
メタアナリシス(コホート研究9件、ケースコントロール研究6件、被験者数40,788人、症例数1848件)では、循環血中25(OH)Dが10nmol/L上昇するごとにGDMリスクが2%低下すると報告されている。
スペインで実施された886人の妊婦を対象とした研究では、母親のBMIとは無関係に、VD欠乏がある場合GDMの有病比(PR)が1.6と統計的に有意であることが明らかになっている。
最近のメタアナリシスで、GDM女性から生まれた子供は年齢が上がるにつれて太りすぎリスクが高くなることが強調されている。
さらに、GDMと成人後の2型糖尿病、心血管疾患、がんの発症との関係も広く研究されている。
母親のVD不足は、新生児の骨量や血清カルシウム濃度への悪影響に加え、後世の子孫の慢性疾患発生率に潜在的な影響を及ぼす可能性がある。
母体のVD不足は幼児期のインスリン抵抗性の増加に関連することが、1882組の母子を対象としたアメリカのコホート研究で明らかにされている。
また、母親のVD不足は注意欠陥/多動性障害、統合失調症、学習障害など、子供の認知障害に関連することが報告されている。
・脂質異常症妊婦におけるVD欠乏と子孫への影響
妊婦の脂質異常症は胎盤の老化を促進し、脂質の貯蔵を含む胎盤機能に影響を及ぼす可能性がある。胎盤の早期老化は子癇前症、GDM、低体重児出産、早産などの有害な妊娠転帰を引き起こす可能性がある。
脂質異常症の母親の新生児では、出生時体重の増加、マクロソミー、成人後の動脈硬化リスクの上昇がいくつかの研究で報告されている。
・他の疾患を持つ妊婦におけるVD欠乏とその子孫への影響
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は妊娠中の血糖値上昇や血圧上昇を誘発し、妊娠中の流産や早産の発生率を高める。
PCOS妊婦のVD濃度の低下は、インスリン抵抗性、肥満、高血圧などのPCOSの症状を悪化させ、長期的には心疾患やその他の慢性疾患のリスクを上昇させることが分かっている。
PCOS女性の子孫(特に女性子孫)ではインスリン抵抗性の増加、脂質プロファイルの変化、出生体重の減少など、母親の影響を受けて心代謝系の健康が損なわれていることがある。
・メタボリックシンドローム(MetS)
MetSは中心性肥満、脂質異常症、高血圧および高血糖を特徴とし、MetS女性では子癇前症やGDMなどの妊娠合併症や、後年の心血管疾患や糖尿病を発症するリスクが高いことが研究で明らかにされている。
VDの不足または欠乏がMetSのリスクを高めること、VD補給が患者の転帰を改善することは数多くの研究で報告されており、インスリン感受性とβ細胞機能の改善、空腹時血糖値、インスリン、ヘモグロビンA1c(HbA1c)の低下、HDL値の上昇とLDLおよびTGの低下、2型糖尿病の発生率の減少がその例として挙げられる。
ラットモデルでは、妊娠中のメスのVD欠乏が母子ともにMetSを促進し、VD治療が子孫のMetSを抑制する可能性が示唆されている。
・母親のVD欠乏が子孫の肥満に及ぼす影響とそのメカニズム
母親のVD欠乏が胎児の脂肪形成過程に及ぼす影響
ラットモデルでは、妊娠前および妊娠中の母親のVD欠乏は雄子孫の脂肪前駆細胞および脂肪細胞の増殖と分化を促進し、VD欠乏ラットの子孫の体重および脂肪量の増加を含む肥満表現型をもたらすことが報告されている。これは、特定の遺伝子のエピジェネティックな変化(プロモーターやCpG小島のメチル化レベルの変化)に関連している可能性がある。
別のマウスモデルでは、妊娠中のVD欠乏が体重に有意差は見られなかったものの、雄子孫マウスの生殖腺周囲白色脂肪組織における脂肪形成制御遺伝子であるPPAR-γおよびVDRの発現を促進することが観察された。また妊娠中の母親のVD欠乏は、離乳時の雄子孫の体重を対照群に比べ低下させたが、離乳後数週間で急激な体重増加を示し、19週齢で肝臓のPPAR-γの発現が増加した。これらの結果は妊娠中VD欠乏が子孫の脂肪組織の発達に及ぼす影響は長期にわたる可能性があり、最終的に子孫を肥満になりやすい体質にする可能性があることを示唆している。
・母親のVD欠乏が子孫のインスリン抵抗性に及ぼす影響
肥満はインスリン抵抗性および糖尿病の誘因となる。
VDは、遺伝子発現の調節やPPAR-γ経路の活性化によってインスリン合成を調節し、インスリンの感受性を調整する。
ラットモデルでは、母親のVD欠乏により子孫の体重が増加し、孫でも脂肪パッド量の増加が観察され、インスリン分泌量の増加、膵島の大型化が観察されている。
VD欠損マウスの子孫では著しい脂肪肝や肝臓での脂肪酸合成酵素の高発現が見られるなど脂質代謝異常も伴っている。
インスリンを分泌する膵臓β細胞機能に関する研究では、母体VD欠乏はVD正常群と比較してβ細胞機能の恒常性モデル評価(HOMA-β)が低くなり、インスリン分泌機能が低下していることが示唆された。
・母親のVD欠乏が子孫の炎症反応に及ぼす影響
肥満患者は常に軽度慢性炎症状態にあり、肥満とインスリン抵抗性の発症を悪化させる。
脂質が蓄積されると脂肪細胞の体積と数が増加し、脂肪細胞が大きすぎて破裂やアポトーシスを起こせなくなると多くのマクロファージが動員され、CRP、TNF-α、IL-6、IL-1βなど様々な炎症性因子やケモカインを産生し、炎症反応をさらに高め、最終的に肥満に関連した慢性炎症となる。
妊娠中ラットのVD欠乏は炎症性サイトカインを増加と抗炎症性サイトカインの減少を招き、免疫細胞集団を調節し、雄子孫の肥満を悪化させる。
・母親のVD欠乏が子孫の腸内細菌叢に及ぼす影響
妊娠中に腸内細菌叢に何らかの変化が生じると乳児はその後の人生で肥満、糖尿病、喘息、その他の慢性疾患にかかりやすくなることが分かっている。
乳児期早期の腸内細菌叢の発達に影響を与える要因には、妊娠中の抗生物質の使用、分娩形態(帝王切開か経膣分娩か)、授乳方法(母乳かミルクか)など様々な要因がある。
母体VD濃度を高めると、腸内細菌叢の改善に役立つことが研究で示されている。
母親のVD補給は、成人男性の子孫においてバクテロイデスレベルを増加させ、炎症反応を減少させることが報告されている。
VDは子孫の腸内細菌叢に直接影響を与えるだけでなく、腸内細菌叢の代謝産物にも影響を与える。
・母親の VD 状態が子孫の酸化ストレスに及ぼす影響
肥満は活性酸素の増加と抗酸化物質の減少により酸化ストレスを増加させる。
過剰な活性酸素はインスリン抵抗性、脂質代謝異常、アディポカイン分泌異常の原因となる可能性がある。
VDは酸化ストレスの軽減や酸化ストレスによる組織障害からの保護に重要な因子である。
例えば高血圧の糖尿病患者において、VD補給は血管機能を改善することが臨床的に証明されている。
母体のVD不足は胎盤の発達を阻害し、胎盤の機能不全を引き起こして胎児の子宮内発育不全の原因となる。
臨床的証拠や齧歯類モデルで示されるように、母体のVD欠乏は胎盤におけるNrf2やCBR1の発現を阻害するため酸化ストレスが増加し、後世の子孫の代謝異常のリスクを高める可能性がある。
今回、VD値が低いと子孫の異常成長(成長制限または妊娠年齢に対する大柄化)および脂質・糖代謝障害を引き起こす可能性があることが新たな臨床エビデンスとして示された。
母親のVD不足と、脂肪形成の障害、アディポサイトカイン(レプチン、レジスチン、アディポネクチンなど)の分泌、全身炎症の活性化、脂肪組織での酸化反応の増加、インスリン抵抗性および腸内細菌叢異常などの生涯子孫への影響との関連について示した。
少子化の日本で、ましてや社会情勢が不安定な世相に誕生してくる新生児たちがせめて健康でありますようにとの願いを込めて。