各界の先生方がネット上で健康に有益な情報を毎日のように配信なさっているが、それらの情報を自身のライフスタイルに落とし込んでいる人はごく一握り。
その証拠に世界的に肥満人口は増加する一方で、精神的な問題を抱える人も後を絶たない。
肥満が健康に与える影響は過去の研究で明らかになっている。
肥満は代謝性疾患や感染症だけでなく様々な悪性腫瘍の発生と密接に関係し、その予後も悪化させる。
悪性腫瘍の中でも乳がんは女性に最も多く、化学療法は治療法の一つである。
乳がん治療の重要な化学療法剤の一つであるドセタキセルは、体重増加や血糖値、中性脂肪、インスリンの増加を引き起こす可能性がある。
化学療法を受けた乳がん患者の多くが、体重増加を示している。
治療中に体重が増加(特に体重の10%以上)した乳がん患者は、全死亡率だけでなく、再発リスクも上昇する。
また、肥満に関連する疾患(高血圧、糖尿病、心血管・脳血管疾患、胆嚢疾患など)は、乳がん患者のQOLを著しく低下さる。
ドセタキセルによる体重増加のメカニズムは明らかになっていない。
食物摂取量、基礎代謝量、身体活動、月経状態、ホルモンレベルの変化に関連している可能性がある。
また、患者の腸内細菌叢が肥満やメタボリックシンドロームと関連していることが示唆されている。
よって、プロバイオティクスサプリメントは、体重増加、メタボリックシンドローム、慢性炎症状態に対する治療効果が期待されている。
過去の研究では、抗肥満効果のあるプロバイオティクスとして、Lactobacillus spp.、Bifidobacterium spp.、Enterococcus spp.に関して最も研究されている。
過去の研究では、Streptococcus thermophilus、Lactobacillus acidophilus LA-5、Bifidobacterium bifidum Bb-12からなるプロバイオティクススターターで発酵させた豆乳を摂取すると、コレステロールや中性脂肪の割合が減少することがわかっている。
このことから、ご紹介するデータの著者らはドセタキセルを用いた化学療法中にこのプロバイオティクス多菌製剤を補給することで、乳がん患者のドセタキセル関連の体重増加を抑制できる可能性があると仮説を立て検証した。
方法
2018/10/8~2019/10/17に、ドセタキセルベースの化学療法を4サイクル受けた乳がん(ステージI~III)患者100名を対象に、プロバイオティクス(ビフィドバクテリウム・ロンガム、ラクトバチルス・アシドフィルス、エンテロコッカス・フェカリス)またはプラセボの治療を、1回3カプセル、1日2回、84日間受けるように無作為に振り分けた。
患者の体重および体脂肪率の変化を、医師が脂肪計を用いて測定。
加えて、空腹時インスリン、血漿グルコース、脂質を病院情報システム(HIS)から直接入手した。
代謝産物は、液体クロマトグラフィーとタンデム質量分析装置(LC-MS/MS)を用いて測定。
糞便マイクロバイオームは、細菌の16SリボソームRNA(rRNA)遺伝子配列を用いて分析。
すべての指標は、ドセタキセルベースの化学療法の最初のサイクルの1日前と、ドセタキセルベースの化学療法の最終サイクルの21日後に測定した。
結果
プラセボ群と比較して、プロバイオティクス群は体重、体脂肪率、低密度リポ蛋白(LDL)の変化が有意に小さかった。
検出された340種類の血漿中代謝物のうち、5種類が両群間で有意な差を示した。
ビリベルジン二塩酸塩の変化は、体重増加と逆相関していた。
phylumの1株とgenusの3株が両群間で有意に異なることが検出された。
また、BacteroidesとAnaerostipesの変化はLDLの変化と逆相関していた。
乳がん治療のドセタキセルを用いた化学療法中にプロバイオティクスを補給することで、体重、体脂肪率、血漿LDLの増加を抑え、代謝の変化や腸内細菌叢の変化を最小限に抑えることができると結論。
Probiotics for the Treatment of Docetaxel-Related Weight Gain of Breast Cancer Patients—A Single-Center, Randomized, Double-Blind, and Placebo-Controlled Trial
・ドセタキセルは乳がんの治療に広く用いられている。
ドセタキセル化学療法では、体重、BMI、体脂肪および関連因子の変化が観察されている。
化学療法中の体重増加は、pCRの独立した不利な予測因子として知られている。
体重やBMIの増加は、がん患者の再発率や死亡率と正の相関があるとされている。
この研究では、プラセボ群の患者の体重、BMI、体脂肪率が有意に増加しておりこれまでの観察結果と一致している。
・この研究では、プロバイオティクスサプリメントは治療期間中、副作用なしに、体重、BMI、体脂肪率、血漿LDL、TC、GLUの変化を有意に減少させた。
2群間で有意に変化した代謝物は5つあり、Biliverdin dihydrochlorideの変化は体重の変化と逆相関していた。
・腸内細菌叢では、ドセタキセルを用いた化学療法後に、門レベルではTenericutes、属レベルではBacteroides、[Eubacterium]_coprostanoligenes_group、Anaerostipesが両群間で有意な差を示した。
BacteroidesとAnaerostipesの変化は、LDLの変化と逆相関していた。
プロバイオティクス投与群の体重、BMI、体脂肪率は、プラセボ投与群に比べて低い傾向にあったが、両群間に有意な差はなかった。以上の結果から、プロバイオティクスは、乳がん患者のドセタキセル化学療法中の体重、体脂肪率、血漿LDL、腸内細菌叢を安定させ、代謝の変化を抑制するために使用できる可能性が示唆された。
・ドセタキセルによる体重、BMI、体脂肪率、LDLの変化のメカニズムはまだ不明だが、食物摂取量、基礎代謝量、身体活動、月経状態、ホルモンレベルなどと相関があると考えられている。
今回の研究では、ドセタキセルを用いた化学療法後のLDLレベルがプロバイオティクス群で有意に低下し、治療期間中の血漿LDL、TC、GLUの変化はプラセボ群に比べて有意に小さかった。
・血漿中の5種類の代謝物が両群で異なる変化を示した。
過去の研究では、血漿メチルスコハク酸は有害なメチル化トリカルボン酸サイクル代謝物の開始基質として作用することにより、正常なトリカルボン酸サイクルを阻害することが示された。
クエン酸はトリカルボン酸サイクルの重要な中間体であり、脂肪酸やアミノ酸の代謝に重要な役割を果たしている。また、ミトコンドリアの機能を反映させたり抗炎症作用や抗酸化作用がある。
癌患者の血漿中では有意に減少することがわかった。
・過去の研究では、プロバイオティクスサプリメントがp38MAPKおよびp44/42シグナル伝達経路を活性化することで、PPARγを抑制し、肥満の発症とそれに伴う代謝障害を緩和することが示されている。Bifidobacterium longumのサプリメントは活性グレリンのレベルを増加させ、グルコースのホメオスタシスと肥満に関与するグレリン作動性シグナルの欠損を改善する可能性がある。
Clostridium cochleariumとLactobacillus acidophilusの投与は、肥満によって誘発された脂肪組織の炎症状態と抗炎症状態の不均衡を修復し、インスリン感受性とグルコースホメオスタシスの改善につながる可能性がある。
Enterococcus faecalisは、短鎖脂肪酸の一つであるプロピオン酸(PA)を産生し、3T3-L1前脂肪細胞のアポトーシスをシミュレートすることで、高脂肪食による体重増加を抑えることができる。
・これらの観察結果は、ドセタキセルを用いた化学療法中にプロバイオティクスを補給することで、体重、BMI、体脂肪率、血漿LDL、TC、GLUの変化を効果的に抑えることができるという仮説と一致している。
・ドセタキセルを用いた化学療法の前後で腸内細菌叢を検出した結果、ドセタキセル投与による腸内細菌叢の変化は、α、βのいずれの多様性においても大きな変化は見られなかった。
しかし門レベルでは、ドセタキセルを用いた化学療法後、プロバイオティクス群のTenericutesの相対的な存在感がプラセボ群よりも有意に高かった。属レベルでは、Bacteroides [Eubacterium]_coprostanoligenes_group、Anaerostipesの相対量も、ドセタキセルベースの化学療法後に両群間で有意な差を示した。
・先行研究では、Tenericutesの存在量は食事誘発性肥満マウスまたは肥満のゲッティンゲンミニブタで高いことが示されていたが、今回の研究では一致しなかった。
これは種の違いによるものと思われる。
先行研究と同様に、ゲッティンゲンミニブタでは特定の食事条件で肥満を誘発すると、Bacteroidesが繁茂した。
・[Eubacterium]_coprostanoligenes_groupはコレステロールを減少させる細菌と考えられている。
一方でAnaerostipesは、食事誘発性肥満マウスの肥満関連マーカーと逆相関することが示された。