近年、様々な競技で女性アスリートの存在感が増す一方で、女性アスリートの傷害受傷率も高まっている。
例えば、前十字靭帯(ACL)損傷では、女性は男性の約5倍の受傷率が高い。
スポーツ障害の病因は多因子性で、それぞれの要因が単独で傷害を引き起こすのではなく複合的に作用することで障害を引き起こすことが多い。
スポーツ傷害の危険因子には、環境的要因、解剖学的要因、生体力学的要因、ホルモン的要因が含まれ、環境要因には靴のデザインや競技種目も含まれる。
解剖学的要因の例では、女性の方がQアングルが顕著なため膝の靭帯に大きな過負荷がかかることが挙げられる。
バイオメカニクス的には、大腿四頭筋がハムストリングスよりも筋力活性が高いという証拠がある。その結果大腿骨に対する脛骨の前方すべりが生じ、傷害を引き起こす可能性がある(注:これとは全く矛盾する研究結果を見たことがあるので、一貫してないはず)。
しかしホルモン要因については、女性ホルモンのスポーツ傷害への影響はまだ不明。
過去の研究では、受傷リスクが高くなるのは弛緩性の増加やホルモンの影響によるものではないかとの仮説が立てられ、月経周期が傷害を受けやすい体質と関係している可能性があると推定されているが、その因果関係はまだ確立されていない。
リンクの研究は、月経周期とスポーツ傷害の関係を分析したもの。
PubMed、Medline、Scopus、Web of Science、Sport Discusで利用可能な文献の系統的検索を2022年1月に実施。
エストラジオールのピークは、弛緩性の増加、神経筋制御不良と関連していたことから、排卵期は傷害リスクの増大と関連している可能性が示唆された。
月経周期中のホルモンの変動は、弛緩性、筋力、体温、神経筋コントロールの数値を変化させる。
この事実により、女性は常にホルモン変動に適応するために傷害リスクが高くなることを示している。
Menstrual Cycle and Sport Injuries: A Systematic Review
・分析の結果、傷害が発生する期間という点で明確な傾向が現れていた。
最も傷害を受けやすい相は排卵期で、卵胞期でリスクが高いと報告した研究は1件のみ、黄体期でリスクが高いと報告した研究は2件だった。
結果には不一致が観察されたが、論文のうち5つは排卵期の受傷率が大きいことを見出している。
月経周期中のACL損傷の危険因子として関節弛緩度の変動を検討した研究でも同様の知見が得られている。
最近の研究で、エストラジオール濃度と全身的な関節弛緩度が排卵期に高くなることが示されている。
・靭帯の弛緩に影響を与えるホルモンはエストラジオールに加え、リラキシンも靭帯の硬さを変化させることが分かっている。
妊娠していない女性では、リラキシンは月経周期の卵胞期および黄体期に検出される。
ある研究では、膝蓋腱の硬さの低下と血中リラキシン濃度の上昇が関連することが示された。
また、前十字靭帯断裂のあるアスリートは断裂のない選手よりも血清リラキシン濃度が高いことを観察した研究もある。
・筋力、固有感覚、神経筋制御の変動も観察された。
ある研究で、排卵期における筋力の上昇が観察され、エストラジオールは筋力と密接な関係があることが示唆されている。エストロゲンはミオシンとアクチンを結合させ、筋収縮を改善することで骨格筋の本質的な質を向上させているようだった。
一方、卵胞期と排卵期は神経筋制御が劣ることがわかった。この知見は、エストラジオールのピークによって大腿四頭筋の筋力が増大し、筋弛緩時間が短縮することで筋疲労が増大することで説明できる可能性がある。
・エストロゲンまたはプロゲステロンが中枢神経系に影響を与える結果、神経筋リクルートメントにマイナスの影響を与える可能性があることを確認した研究もある。
・黄体期における肩の固有感覚の減少を発見した研究もあるが、このテーマに関する研究が不足しているため類似研究と比較することはできなかった。
結論
月経周期中のホルモン変動は、特に排卵期の傷害リスク(特に膝関節と肩関節)の上昇に関係しているようだ。
弛緩性、神経筋制御、筋力は月経周期中に振動し、これらの振動は排卵期にピークを迎え、エストロゲンのピークと重なる。女性の体は常にホルモン変動に適応する必要があり、その結果受傷リスクが高くなる。
このテーマに関する科学的な証拠の欠如は顕著で、上記の仮説を検証するためにさらなる研究が必要