コロナ前まで、ウルトラマラソンなど42.195kmを超える距離や過酷な条件下で長距離を走るスポーツイベントが人気を博していたが、今後また盛り上がることはあるのだろうか?
過酷な環境下での超長距離レースは人間の生理機能を無視したものであり、筋損傷、呼吸器系の疲労、心臓や腎臓障害などを引き起こす。
そのためのような競技の参加者は、ウルトラエンデュランス活動が人体に及ぼす影響を評価するための優れたモデルとなっている。
近年、ウルトラエンデュランス・スポーツに参加する女性の割合が大幅に増加している。
スポーツパフォーマンスにおける性差は、思春期の男性の循環テストステロン濃度の高さと関連していることが実証されており、実際に競技の結果を見ると思春期以前には性差はみられない。
テストステロン、ジヒドロテストステロン、デヒドロエピアンドロステロンなどの男性ホルモンは運動能力向上の原因となるさまざまな生理的メカニズムを調節し、スポーツ競技において身体的優位性をもたらす。
テストステロンが筋線維の表面にあるアンドロゲン受容体に結合すると,細胞内からカルシウムの放出が増加し、筋線維や運動ニューロンのサイズを増加させるさまざまなメカニズムが活性化される。このようにして、骨格筋の活動が促進され、アスリートのパフォーマンスや回復力が向上する。
女性のアンドロゲン血漿濃度がスポーツパフォーマンスに及ぼす影響についてはまだ明らかになっていない。
内因性ホルモンのプロファイルや、ホルモン避妊をした場合のプロファイルの違いなど、女性ホルモンの変動という変数が重なっていることも原因の一つとなっている。さらに、女性アスリートでは無排卵や黄体期不全の発生率が高いため、この点に関する研究は複雑化している。
女性アスリートの無月経は、エリート女性アスリートによく見られ、テストステロンレベルの低下と関連している。
また、女性エリートアスリートに見られる月経障害のほとんどの症例は、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)によるものであると報告した研究もある。
PCOSは、卵巣でのテストステロンの産生量が増加することを特徴としており、筋肉量の増加と関連している。
エストロゲンは、筋力、代謝を調節するのホルモン因子であると考えられている。最近では、テストステロン/エストロゲン比(T/E比)は、男性アスリートにおけるオーバートレーニング症候群の予測因子と考えられている。
したがって、基礎エストロゲンレベルとテストステロン/エストロゲン比(T/E)は、女性ランナーのウルトラマラソンのパフォーマンスとレース後の回復をより深く理解するために重要な要素である。
下のリンクの研究は、女性ウルトラマラソンランナーのレース後の骨格筋力低下と筋損傷に対する基礎テストステロン値とT/E比の影響を明らかにすることを目的としたもの。さらに、アスリートが使用するホルモン避妊(HC)がこれらの変数に影響を与えるかどうかを検討した。
18名の女性を対象に血液学的パラメータ、肥満度指数、身体組成など調査。
分析では、レース前のCKとLDHの値はレース直後および24/48時間後と比較して、有意な差があることが示された。テストステロン、エストラジオール、およびテストステロン/エストロゲン比は筋疲労と有意な相関があり、筋損傷の間接的なマーカーであることがわかった。
内因性テストステロン濃度の変動は、競技後の疲労感や筋損傷の大きさと相関し、テストステロンは筋肉の損傷や重度の疲労に対して保護的な役割を果たしていることが明らかになった。
HCは、アスリートの競技能力において月経周期を調整する以上のメリットはない、としている。
Influence of Female Sex Hormones on Ultra-Running Performance and Post-Race Recovery: Role of Testosterone
・試験結果は、テストステロン値が女性アスリートのウルトラエンデュランスイベント後の筋力低下と筋損傷の予測因子であることを強調している。
さらにT/E比は、エストロゲンが運動による筋肉の損傷を軽減し、アスリートの回復を向上させる上で間接的な役割を果たしている可能性を示唆している。
・競技レベルで長時間の激しい運動を行う女性には、月経周期の乱れがよく見られる。無月経、エストロゲン欠乏、低エネルギー状態は、骨量の急速な減少と筋骨格系の傷害のリスク上昇に関連している。さらに低エネルギー環境下では、黄体形成ホルモン(LH)の拍動性が失われ、テストステロンのレベルが低くなる。しかし、月経周期に乱れが見られる女性アスリートのすべてが、このような異化傾向のある状況にあるわけではない。
・Hagmarは多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)に関連する本態性アンドロゲン過剰症が、アスリートの月経障害の一つの原因であることを示した。
PCOSと診断された女性のテストステロンのレベルは生理学的な上限値の範囲内にあり、他の女性アスリートと比較してより多くの筋肉量とより良い骨密度を有しているため同化状態が増加している。
・この研究では、参加者の基礎テストステロン濃度は正常なテストステロン濃度のうち低い値に収まっていたこれは、低代謝状態仮説によって説明できる。
・テストステロン値が高い参加者ほど、ウルトラエンデュランスイベント後の筋力低下や筋膜の破壊が少なかった。これはホルモンレベル、CK(ゴール時および24/48時間後)やLDH(24/48時間後)などの筋損傷の間接的なマーカー、およびウルトラトレイルレースの前後のHGテストの推移との間に見られた強い負の相関によって裏付けられた。
これらの結果はHCによる外因性ホルモンの補充を受けていないグループのテストステロン値に特に関連していた。
・多因子モデルでの回帰分析を行ったところ、テストステロンはウルトラマラソンでの激しい運動後の筋損傷と疲労に対する主な保護因子であることがわかった。 一方で、基礎的なエストロゲンレベルの影響は観察されなかった。
・T/E比は、レース直後および48時間後の筋力低下および筋膜破壊の増加と正の相関を示した。これは、ウルトラマラソンの女性ランナーにおけるエストロゲンの間接的な保護的役割を示唆しており、性ホルモンの相互作用の関連性を示している。トレーニングに対する感受性を高め、運動による筋肉の損傷を軽減し、回復力を向上させるエストロゲンの作用による。
・T/E比は男性アスリートの疲労に関連するオーバートレーニングの予測因子であると考えている研究者もいる。
・HCの使用には、ウルトラエンデュランスイベント後の筋力と筋肉の損傷において、避妊薬を使用した女性とそうでない女性の間に違いは見られず、HCで月経周期を調整しても付加的な利益は得られないことが示された。
使用グループではHPAのダウンレギュレーションのためにエストロゲンレベルが有意に低下した。
今回の対象群では、ベースラインの血液学的変数および血清鉄濃度に違いは見られず、避妊薬の使用による月経周期の変化によって、抵抗力や運動パフォーマンスに影響がないことが報告されている。
・現在、月経周期を通じた女性ステロイドホルモンの変動は筋力に影響しないとする文献もあるが、今回の研究ではこれらの変数と内因性の血清学的基礎テストステロンの血清レベルとの間に関係があることがわかった。
ウルトラトレイルレースのような特定のウルトラエンデュランスイベントに参加する女性アスリートにおいては、競技能力を最大限に高めるためにHCを用いて月経周期を調整することは、付加的な利益をもたらさないため必要ないと考えられる。
しかし月経周期の段階によって、内因性テストステロン濃度に変動があり、トレーニング後の疲労感や筋損傷が大きくなる条件となることから、トレーニングガイドラインを作成する際の参考になる。さらに、月経周期の段階に応じてウルトラエンデュランスイベント後の回復パターンを改善するための新たなアプローチの基礎となる可能性がある。