乳癌(BC)はエストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PR)、ヒト上皮増殖因子受容体2(HER2)の発現に基づく4つの分子サブタイプに分類される。中でもHER2陽性およびトリプルネガティブ(ER陰性、PR陰性、HER2陰性)BCは患者の生存率が最も低い。
HER2陽性BCは攻撃的形態を示すが、トラスツズマブなどHER2標的治療薬で治療できる。しかし、HER2標的療法には内在性あるいは後天性の薬剤耐性など限界がある。
植物由来天然化合物は、従来の抗がん剤よりも有効で毒性の低い新抗がん化合物の供給源となる可能性がある。中でもキノコ類は伝統的に抗腫瘍剤として用いられているが、一方でその薬理学的メカニズムはまだ完全には解明されていない。
近年、多くの研究がいくつかのキノコとその活性化合物の有望な抗癌活性を明らかにしているが、抗癌治療薬として承認された真菌製品はまだない。
チャーガマッシュルームはヒメノカエデ科に属する食用キノコで、北アメリカ、中央・北ヨーロッパ、日本に生息している。チャーガマッシュルームはシラカバやブナの樹皮に生息し、12世紀以降、ガン、心血管疾患、糖尿病、胃腸疾患など様々な疾患治療薬として用いられている。
チャーガ抽出物にはトリテルペノイド、多糖類、ポリフェノールなど多くの生理活性成分が含まれ、抗腫瘍、抗炎症、抗酸化、血糖値降下、免疫調節作用が報告されている。
また、チャーガは肉腫、肺腺がん、大腸がん、メラノーマ、肝細胞がんなどの様々ながんに対しても細胞毒性作用を示す。
一方で、チャーガマッシュルームの乳がんに対する効果を検証した研究は多くない。
リンクの研究は、HER2陽性およびトリプルネガティブ乳がんに対するチャーガマッシュルーム抽出物の抗腫瘍作用とその分子メカニズムについて検討したもの。
チャーガを摂取するための方法は、粉砕したチャーガを水で煎じてチャーガ水抽出物を得る、いわゆるお茶である。
チャーガ水抽出物をヒトの消化をシミュレートするために処理し、液体クロマトグラフィー/質量分析(HR-QTOF)分析による化学的特性解析の後、チャーガ生体成分の細胞生存率および細胞周期進行に対する影響を、MTTアッセイ、FACS分析、ウェスタンブロットにより評価。ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)活性は酵素アッセイで測定した。
【結果】
4種類の高生理活性トリテルペノイド(イノトジオール、トラメテノール酸、3-ヒドロキシ-ラノスタ-8,24-ジエン-21-アル、ベツリン)が主成分として同定された。
これらの成分は乳がん細胞の生存率を低下させ、サイクリンD1、CDK4、サイクリンE、リン酸化レチノブラストーマタンパク質のダウンレギュレーションを誘導することでG0/G1における細胞周期をブロックし、DHFRがその重要な標的として同定された。
さらに、チャーガの生理活性成分はSK-BR-3細胞においてシスプラチンおよびトラスツズマブと相乗作用を示し、HER2およびHER1の活性化を阻害して免疫調節作用を示した。
チャーガ抽出物は乳がんに関連する主要分子を標的とし、侵攻性乳がんサブタイプに対して有効であることから、従来の薬剤と併用することで薬剤の有効性を高めたり、投与量を減らすことができる治療薬となり得ることが示された。
Chaga Mushroom Triterpenoids Inhibit Dihydrofolate Reductase and Act Synergistically with Conventional Therapies in Breast Cancer
・チャーガ水抽出物の主成分としてトリテルペノイドが同定され、トリプルネガティブ(MDA-MB-231)とHER2陽性(SK-BR-3)の両BC細胞株においてがん細胞生存率を低下させ、がん化シグナル伝達経路を妨害し、細胞周期G0/G1期停止を誘導することができた。これらの作用は免疫調節作用とプリンとチミジル酸のデノボ合成に重要な役割を持ち、乳がん細胞生存率と増殖を制御するジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)の酵素活性阻害と関連していた。
・チャーガエキスの推定生理活性成分の1つであるベツリン由来トリテルペンベツリン酸はマイクロモル濃度で乳がん細胞生存率を低下させ、DHFR活性を阻害することを確認した。
チャーガ抽出物は乳がん細胞のG0/G1細胞周期停止を誘導
・フローサイトメトリー分析により、チャーガエキスがSK-BR3細胞の細胞周期フェーズ分布に及ぼす影響を調べたところ、SK-BR-3細胞を0.5mg/mL のチャーガエキスで24時間処理すると、コントロールと比較してG0/G1期の細胞数が増加した。この増加は未処理の対照細胞に対して、チャーガ消化処理したSK-BR-3細胞のS期の割合が減少したことと相まってもたらされた。同様の結果は、SK-BR-3細胞を1mg/mLチャーガエキスで24時間処理しても得られた。これらの結果は、消化チャーガエキスがSK-BR-3細胞のG0/G1停止を誘導したことを示唆している。
G0/G1細胞周期停止に関与する根本的な生化学的メカニズムを解析するために、チャーガエキス消化物(MW < 3500 Da)で処理したSK-BR-3細胞におけるG0/G1制御サイクリンおよびサイクリン依存性キナーゼ(CDK)のレベルをウェスタンブロットで調べた。
・制御ユニットであるサイクリンDとE、触媒ユニットであるCDK2、CDK4、CDK6複合体は、細胞が細胞周期のG0/G1期を進行する際に重要な役割を果たしている。ウェスタンブロットの結果、0.5mg/mLのチャーガエキスで24時間および48時間処理したSK-BR-3細胞では、サイクリンD1、サイクリンE2、CDK4のレベルが時間依存的に有意に減少した。
チャーガ濃度を1mg/mLに上げると分析したタンパク質レベルのさらなる低下が観察された。注目すべきは、消化チャーガエキスは用量・時間依存的にタンパク質リン酸化を低下させることでRb機能を再活性化するのに有効であり、チャーガエキスが細胞周期の進行を阻害する能力を有していることが確認されたことである。
・0.5mg/mLのチャーガ抽出物で24時間処理すると、MDA-MB-231細胞もG0/G1停止した。チャーガ処理によりG0/G1期にあるMDA-MB-231細胞の割合は平均78.3±2.12%だったのに対し、対照条件では62.2±1.63%だった。この増加はS期およびG2期にある処理細胞の割合の減少と関連していた。特にS期にあるMDA-MB-231細胞の割合は、チャーガ抽出物で処理した細胞に対して、対照状態ではほぼ2倍だった。
・チャーガ抽出物はMDA-MB-231細胞におけるpRbのリン酸化亢進を抑制し、細胞周期の進行を阻害するだけでなく分解を促進するか、または形質転換や転移を促進する役割を担っているp53の変異型(R280K)(mt-p53)の発現をダウンレギュレートすることが示された。
・トリプルネガティブ乳がんではチロシンキナーゼであるSrcが過剰発現しており、その活性化が腫瘍細胞の増殖と転移を誘導することからSrc活性化をダウンレギュレートするチャーガエキスの能力を調べた。MDA-MB-231細胞を処理するとSrcリン酸化は時間依存的に減少した。
チャーガは乳がん細胞においてトラスツズマブおよびシスプラチンとの併用で相乗活性を示す
・HER2およびHER1のリン酸化のダウンレギュレーションによって示されるように、HER2およびHER1の両活性化を時間依存的に有意に低下させる。この結果が、チャーガエキスとHER2陽性BC患者の標的治療薬としてよく知られているHER2指向性モノクローナル抗体であるトラスツズマブとの相乗的抗がん効果を評価する根拠となった。
0.25mg/mLのチャーガエキスとトラスツズマブの併用は相乗的な抗腫瘍活性を示し、24時間培養後にはトラスツズマブ単独投与に対してSK-BR-3細胞の生存率を有意に低下させた。
・SK-BR-3細胞とMDA-MB-231細胞の両方において、チャーガは化学療法剤シスプラチンの作用を相乗的に増強した。SK-BR-3細胞とMDAMB-231細胞の細胞生存率は、チャーガ0.25mg/mLとシスプラチン0.5µMまたは1 µMの組み合わせで処理した場合にのみ有意に低下したが、シスプラチン単独では0.5µMでは全く効果がなく、1 µMでは低い阻害効果を示す程度だった。
シスプラチン誘導体RJY13(白金(IV)-脂肪酸結合体)を用いた評価でも同様の結果が得られた。この評価はBliss Independenceモデルによって評価され、組み合わせによって観察された効果は各薬物の個々の効果の合計よりも大きいという、相乗的相互作用を示す証拠が得られた。早期および進行トリプルネガティブ乳がんの治療においてプラチナ製剤を含むレジメンが推奨されていることを考慮すると、MDA-MB-231細胞で観察されたシスプラチンとチャーガエキスの相乗効果は非常に重要な知見である。
・・・シスプラチンとチャーガエキスの併用は化学療法の効果を向上させる可能性がある。
非常に興味深いデータではないでしょうか?
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