母乳は免疫グロブリン、サイトカイン、ラクトフェリンなどの生理活性成分が含まれており、免疫系が発達途上にある新生児に受動免疫を提供して重要な免疫防御の役割を果たす。
COVID-19のようなパンデミック時は、乳児は新規病原体への曝露リスクが高まることから母乳を介して移行する母親の免疫は特に重要。
母乳中の主な免疫成分には免疫グロブリン(IgA、IgG、IgM)と、病原体に対する第一線の防御として機能する免疫タンパク質がある。母乳中に最も豊富に存在する抗体である分泌型IgAは病原体に結合し、粘膜表面への接着を防ぐことで粘膜免疫を提供する。IgGは少量ながら全身性免疫と病原体の中和において重要な役割を果たす。IgMは急性感染時の迅速な応答体として機能し、初期段階の防御を提供する。
抗体に加え、母乳にはラクトフェリン、リゾチーム、サイトカインなどの抗菌および抗ウイルス特性を持つタンパク質が含まれ、これらのタンパク質は炎症を調節し、病原体の複製を阻害し、免疫応答を高めることで乳児のための強固な防御システムを構築する。
COVID-19パンデミックは、母乳を介して母親の免疫がどのように移行するかを理解することの重要性を浮き彫りにした。最近の研究では母乳中にSARS-CoV-2特異的抗体の存在が示されており、母親の感染が、母乳育児中の新生児に保護的役割を提供する適応免疫応答を誘導することが示唆されている。
一方で、抗体レベルの動的性質を調べた研究は少数で、既存の研究はサンプルサイズが小さい、サンプリング頻度が低い、または分泌型IgA(SIgA)のみに焦点を当てているなどの制約がある。現在まで、母乳中のプロテオーム変化、または異なるSARS-CoV-2変異株への応答におけるそれらの差異を包括的に研究した研究はない。
既存の研究のほとんどはワクチン接種を受けた母親に焦点を当てており、自然感染した母親とその免疫応答に関するデータは限られている。加えて、自然感染中および感染後の母乳中の抗体価とプロテオーム変化の縦断的な動態は十分に解明されていない。また、変異株特異的な抗体プロファイルと母乳中プロテオームシフトについてはほとんど知られていない。
したがって、母乳中SARS-CoV-2抗体のエビデンスが増加しているにもかかわらず、母乳免疫に関する理解にはギャップが残っている。
リンクの研究は、野生型またはオミクロン型SARS-CoV-2に自然感染した母親の母乳中の抗体とプロテオームの動的な変化を分析したもの。
オミクロン変異株に感染した授乳中の母親22名を、既報の野生型感染母親のデータセットと並行して解析。オミクロンコホートから感染後8時点(1、4、7、14、21、28、35、42日目)で母乳サンプルを採取し、SARS-CoV-2特異的IgA、IgG、IgMのELISA定量を行い、両コホートに対してプロテオーム解析を実施。
【結果】
主要栄養素組成は感染後の期間を通して安定していた。
SARS-CoV-2特異的IgAおよびIgGは二相性の動態を示し、14日目までに急速に上昇し、42日目でプラトーに達した。対照的にIgMレベルは変化しなかった。
プロテオームプロファイリングによって変異株特異的および保存されたタンパク質を含む、IgA/IgGの動態に関連する135個のタンパク質が同定された。
【結論】
母乳はSARS-CoV-2感染中に堅牢な免疫応答を誘導しつつ、栄養学的完全性を維持する。この知見は、COVID-19パンデミック下において母乳育児が安全で保護的であることを強調している。
・全体として、(1)感染後も主要栄養素組成は安定しており、母親の罹患にもかかわらず乳児への栄養供給の継続性を保証した。(2)SARS-CoV-2特異的IgAおよびIgGは持続的抗ウイルス細胞性免疫から遅れて現れる液性免疫を示す二相性の動態を示し、24個のタンパク質が変異株間で保存された応答を示し、13個のタンパク質が変異株特異的な応答を示すことがわかった。(3)プロテオーム解析によってIgA/IgGの動態に関連する135個のタンパク質が同定され、免疫グロブリンおよびその断片、ウイルス出芽、コレステロール輸送、味覚受容体、抗原提示経路、自然免疫経路の関与が示唆された。
これらの結果は授乳期の免疫システムが栄養学的品質を維持しながら、ウイルスによる挑戦に動的に適応する能力を強調している。
・母親のウイルス感染が母乳の主要栄養素組成に与える影響は依然として関心が高い。ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)に感染した女性を対象とした研究では、タンパク質増加や炭水化物減少など、母乳組成の変化が報告されている。B型肝炎ウイルス(HBV)感染は、グルコースとアルブミンレベルの上昇と関連している。
・オミクロン感染後42日間、母乳の主要栄養素(脂肪、タンパク質、ラクトース、エネルギー含量)に有意な変化は見られなかった。
・多くの研究が、感染後の母乳におけるSARS-CoV-2特異的抗体の存在を報告しているが、感染後の初期段階を捉えたり、抗体応答を縦断的に追跡したりした研究は少ない。この研究のオミクロン感染コホートにおける42日間の縦断的サンプリングは、SARS-CoV-2特異的IgAおよびIgGの二相性動態を明らかにしている。つまり、感染後14日以内の急速な誘導から42日まで安定したプラトー期が見られた。このパターンはワクチン誘導性抗体応答とは対照的である。
授乳中女性におけるmRNAワクチン応答を評価した多くの研究ではIgA応答がそれほど優勢ではなく、遅延するものの強固な母乳IgG応答が報告されており、通常、初回接種後14〜21日で出現し、2回目接種後約7日でピークに達し、4〜6週間上昇した状態が続くことが判明。これらの知見は感染とワクチン接種による免疫応答の違いを強調している。
・プロテオーム解析では、IgA/IgGの動態に関連する135個のタンパク質が同定された。正の相関を示したタンパク質は軽鎖や可変領域を含む免疫グロブリンおよびその断片に富んでおり、活発な抗体分泌またはターンオーバーを示唆している。これらの断片はSARS-CoV-2特異的抗体と共発現しており、免疫活性化のバイオマーカーとして機能する可能性がある。
さらに、タンパク質はウイルス出芽およびコレステロール輸送においてクラスター化しており、ウイルスエンベロープとの相互作用によって感染性ビリオンの放出を妨げる可能性がある。
・苦味の感覚は乳腺における免疫応答と関連している可能性がある。味覚異常がCOVID-19の一般症状だが、苦味受容体は鼻副鼻腔上皮や乳腺などの粘膜組織に発現し、味覚と自然免疫に役割を果たしている。これらの受容体の活性化は母乳育児を介した乳児の保護に寄与する免疫応答を引き起こす可能性があり、その活性はSARS-CoV-2感染の臨床経過と症状持続期間に影響を与える可能性がある。
・COVID-19では、血漿リポ多糖結合タンパク質はインフラマソーム活性化および腸管透過性と相関しており、全身性炎症に関与する。別の急性期タンパク質であるAGPは重症COVID-19でアップレギュレートされ、IL-6およびC反応性タンパク質レベルと相関しており、サイトカインストームへの関与を強調している。
・全体として、これらタンパク質は変異株間のウイルス認識とクリアランスに不可欠な不変の初期自然免疫応答を反映している。注目すべきは、これらのタンパク質は初乳では変化していたが成熟乳では正常化しており、感染急性期における一過性の適応を示している。この時間的パターンは新生児免疫における初乳の重要な役割と一致して、初期授乳における免疫保護の優先順位付けを反映している可能性がある。
・・・新生児の免疫応答に対する母乳育児の重要性を示すデータですが、それより何より、人体の神秘・ミラクルを感じずにはいられない内容。長い間(短い間?)ウイルスと共進化してきたヒトならではの免疫機構なのでしょうが、なぜヒトは進化の過程で上記のような複雑な免疫機構を獲得することができたのか?きっかけは?そのそも進化なのか進化の結果じゃないのか?
疑問は深まるばかりです。