乳がん(BCa)は地球上の女性のがん罹患数の約25%を占める主要ながんであり、危険因子は多因子(年齢、人種、遺伝、生活習慣、食事、微細環境など)で根本的な原因はまだ完全には解明されていない。
過去の研究では高脂肪食、赤肉や加工肉の摂取、運動不足、飲酒、喫煙がBCaの潜在的危険因子として特定されているが、これらの因子がBCaの発症に寄与するメカニズムはまだ解明されていない。
遺伝的リスクは症例のごく一部(〜10%)しか占めておらず、したがって遺伝以外の潜在的な危険因子を特定することはBCaを理解を進める上で極めて重要といえるだろう。
最近のエビデンスでは、腸内細菌叢がBCa形成と進行に関与している可能性が示唆されている。腸内細菌叢は、細菌、ウイルス、真菌を含む多様な微生物群として腸内に存在し、様々な生理学的プロセスに関与している。腸内細細菌叢の不均衡はBCaリスク上昇と関連しており、腸内細菌が産生する特定の化合物はBCa発症を促進または抑制し、異常細胞に対する免疫反応にも影響を及ぼす可能性がある。
腸内細菌叢は様々な因子(食事、生活習慣、遺伝など)の影響を受けるため、BCa患者の腸内細菌叢を研究する際にはこれらの因子を考慮することが重要と考えられる。
リンクの研究は、腸内細菌叢、食習慣、BCaリスクの関連を解析するために、新たにBCaと診断された患者と、年齢をマッチさせた非乳がん対照者を対象に米国国立がん研究所(National Cancer Institute)の食事歴質問票(DHQ)を用いて食習慣を含む包括的な患者データを収集し評価したもの。16S rRNAアンプリコンシークエンシングを用いて腸内細菌叢の組成を解析し、αおよびβ多様性も評価。
結果
腸内細菌叢の構成はBCa群と対照群で異なっており、BCa患者では微生物の多様性が減少していた。
BCa患者の糞便サンプルでは、アシダミノコッカス属、チゼレラ属、ハンガテラ属の存在量が濃縮されていた。これらの属はそれぞれ異なる食事パターンとの間に有意な相関があることが明らかになった。
また、BCa患者では有意に肥満度が高く、身体活動量が低かったことから、BCaリスクにおける体重管理の役割が強調された。
BCa群から特定された微生物属と食事摂取量との相関が確認されたことで、BCaリスク評価のためのバイオマーカー源としての腸内細菌叢の可能性が強調された。
Association between Gut Microbiota and Breast Cancer: Diet as a Potential Modulating Factor
・BCa患者と非BCa対照群における腸内細菌叢を包括的に解析し、BCaリスク上昇に関連するアシダミノコッカス属、ハンガテラ属、タイゼレラ属の3属を同定した。これらの属は食事摂取パターンとも関連していた。
・アシダミノコッカス陽性者はHEI-2015の全果物摂取スコアが低く、ハンガテラ陽性者はHEI-2015の乳製品摂取スコアが低く、全野菜摂取スコアが高かった。
タイゼレラの存在はHEI-2015の食事摂取スコアとは関連しなかった。
・この研究で得られた知見は、BCaリスクと感情的ストレス、食事、身体活動などの生活習慣要因との関連を浮き彫りした。注目すべきは、BCa患者では腸内細菌叢の多様性が低いことである。腸内細菌の多様性と均等性の低下は、食習慣、抗生物質の使用、ライフスタイルの選択、基礎的な健康状態など複数の要因から生じる可能性がある腸内細菌異常を示す。
・閉経後乳癌患者において腸内細菌叢のα多様性が低く、エストロゲンレベルとは無関係に微生物叢の構成に違いがあった。腸内細菌叢異常は微生物由来の代謝産物の産生、免疫調節、DNAへの影響に関与するエストロゲン依存性および非エストロゲン依存性の両方の機序を通じて乳癌リスクと関連している可能性がある。
・BCa患者は過去1年間において、より高レベルの感情的ストレスを報告していることが明らかになった。感情的ストレスとBCaの関係についてはさらなる調査が必要だが、過去の研究では、微生物多様性、うつ病、慢性炎症との関連が示唆されている。微生物多様性の低下や腸内環境の悪化は、短鎖脂肪酸や神経伝達物質前駆体の産生を介して気分や行動に影響を及ぼす可能性がある腸や全身の炎症を引き起こす。
・UK Biobankのコホート研究では、身体活動がBCaリスクに関与していることが示されており、身体活動レベルの低下はBCaリスクの上昇と関連している。
この研究ではレクリエーション的身体活動による総エネルギー消費量に、BCa群と非BCa群の間で有意差があることを観察した。定期的な身体活動、特に有酸素運動はより多様でバランスのとれた腸内細菌叢の構成と関連している。
・身体活動はインスリン感受性とグルコース代謝を改善し、有益な腸内細菌にとって好ましい環境を作り出す。定期的に身体活動をしている人は多様でバランスの取れた食生活をしていることが多く、腸内細菌の多様性と組成に良い影響を与える。逆に、身体活動レベルの低下は肥満リスクの上昇と関連してそれ自体が腸内細菌叢を変化させ、微生物多様性を低下させる可能性がある。
・BCa群と非BCa群との間でBMIに有意差があることを確認した。臨床かはBCaリスクにおける生活習慣と体重管理の重要性を強調すべきである。
・BCa群と非BCa群との糞便微生物叢組成の違いを調べたところ、BCa患者の腸内細菌叢においてアシダミノコッカス属、タイゼレラ属、フンガテラ属の密度が統計的に有意だった。これらの菌属は食習慣と関連していた。
・アシダミノコッカス属はアミノ酸発酵能力で知られ、腸内でタンパク質とアミノ酸の分解に寄与し、栄養吸収と腸の健康に影響を与える。一般に常在性で無害と考えられているアシダミノコッカス属は複数の種を持つ多様な属であり、疾患発症への寄与についてはほとんど知られていない。例えば、膵嚢胞液中の優勢株はアシダミノコッカスであるという新データも出てきている。また、アシダミノコッカス属とラクノスピラ科から発見された新規Cpf1(Cas12a)CRISPR酵素は、ヒト細胞においてゲノム編集活性を有することが示されている。
・ハンガテラはトリメチルアミンN-オキシド(TMAO)レベルの上昇とコリン代謝に関連しており、大腸がん発生における細胞増殖と血管新生の促進に関与している。ハンガテラと穀物消費量との間には逆相関があり、またハンガテラの存在量に野菜と乳製品が影響している可能性が示唆されている。
ハンガテラ属は大腸粘膜の保護層を形成するグリコサミノグリカン(GAG)を分解できる酵素を最も多く持っている。GAGは腸内環境の重要な構成要素であり、この層が破壊されると大腸や粘膜構造のホメオスタシスや微生物叢の全体的なバランスが崩れ、ディスバイオシスにつながる可能性がある。ハンガテラ・ハテワヤリは大腸上皮細胞においてDNAメチルトランスフェラーゼ活性を誘導することが判明しており、腫瘍抑制遺伝子(CHFR、GATA5、PAX6など)を含むグローバルなDNAメチル化の著しい増加と関連して大腸腫瘍形成に寄与している。
・タイゼレラ属はあまり研究されていないが、散発的に炎症過程や心血管疾患リスクと関連している。タイゼレラ属は短鎖脂肪酸の多い食事と関連している。短鎖脂肪酸は様々な抗癌治療(例えば、化学療法、免疫療法、放射線療法)の有効性を調節することを示す証拠が増えつつある。
上記の知見は食事と腸内細菌叢構成の間に関連性があることを示唆しており、BCaリスクと管理に影響を及ぼす可能性がある。