Klotho遺伝子
Klotho遺伝子は97年に発見され、Klotho遺伝子欠損マウスは寿命短縮と早期老化の徴候を示す一方で、Klotho遺伝子を過剰発現させるとマウスの寿命が延びることがわかっている。
Klotho遺伝子によってコードされる老化抑制タンパク質Klothoには3つのサブタイプがあり(α-Klotho、β-Klotho、γ-Klotho)、腎臓、脳、副甲状腺に主に発現する膜貫通タンパク質である。
α-Klothoタンパク質(以下、Klotho)は、リン代謝調節、酸化ストレスの緩和、炎症抑制、エネルギー代謝調節など、多くの重要な生物学的機能を有しており、老化の制御にも関係している。
ヒトでは、Klothoタンパク質のレベルは通常40歳を過ぎると徐々に低下し、この傾向はアルツハイマー病、慢性腎臓病(CKD)、糖尿病など加齢に伴う様々な病態によってさらに悪化する。一方で、酸化ストレスや慢性炎症レベルの上昇はKlothoタンパク質発現を抑制し、その機能に影響を及ぼす。
老化プロセスにおけるKlothoの極めて重要な役割を考慮すると、その発現を標的に調節することは老化プロセスを遅延させるための潜在的な手段として期待される。
食事や生活習慣もKlothoタンパク質発現に影響を与えることが示されている。
食事介入と加齢および平均余命との関係において、主要なエネルギー源である炭水化物の影響が近年大きな関心を集めている。
いくつかの研究は、炭水化物の大量摂取は糖尿病、心血管疾患、加齢関連疾患の発症リスクの増加と強く関連するとしている一方で、最近の研究ではケトジェニック食やカロリー制限などの低炭水化物食戦略が寿命延長や健康増進に関連する可能性を示唆している。
しかし、このトピックをめぐる議論は未だ続いている。
よって、炭水化物摂取と老化および早死にとの関連についてさらなる証拠が必要である。
Klothoは重要な老化マーカーとして認識されており、炭水化物の摂取レベルがKlothoに強く影響するのではないかという仮説はが当然導かれるが、炭水化物摂取レベルと血清Klothoとの間の包括的な相関は未解明のままである。
リンクの研究は、全米健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey:NHANES)の全国代表データを用いて、炭水化物摂取量と血清クロト蛋白濃度との関係を包括的に調査したもの。
2007年から16年にNational Health and Nutrition Examination Survey(NHANES)に参加した40~79歳の米国成人10,722人のデータを解析。
結果
複数の変数で調整後、炭水化物エネルギー比率と血清クロト濃度の間に非線形逆J字型の関係が観察された。
具体的には、血清Klotho値が最も高かったのは総炭水化物エネルギー割合が48.92%から56.20%(第3四分位値)の範囲だった。
炭水化物エネルギー比率を四分位で評価すると、血清Klotho値は第三四分位と比較して、第一四分位では5.37%、第二四分位では2.70%、第四四分位(≧56.20%)では2.76%減少した。この関係は、男性、非肥満、60歳未満の非糖尿病患者でより顕著だった。
Inverse J-Shaped Relationship of Dietary Carbohydrate Intake with Serum Klotho in NHANES 2007–2016
・交絡因子調整後も、炭水化物エネルギー割合と血清Klotho値との間に逆J字型の相関が観察され、約53.71%が変曲点で、炭水化物エネルギー割合の48.92%から56.20%で血清Klotho値が最高値だった。この関連は男性、非肥満者、60歳未満の糖尿病のない人でより顕著であった。
・逆J字型の用量反応曲線に基づくと、炭水化物のエネルギー比率が53.71%以下の被験者では、炭水化物摂取量の増加に伴って血清Klotho値が大幅に上昇することが観察された。
・食事性炭水化物はそれ自体が特定のビタミン、ミネラル、食物繊維の供給源となり、Klothoタンパク質の発現にプラスの影響を与える可能性がある。
低炭水化物摂取食は、果物、非澱粉質野菜、全粒穀物などの良質な炭水化物の摂取量を必然的に減少させ、同時に腸内細菌叢の量と種類を変化させ、FGF21産生に影響を与える。これらの洞察から、極端に低い炭水化物摂取は老化プロセスに対抗するための血清Klothoレベルを上昇させることにはつながらない。
・炭水化物のエネルギー比率が53.71%以上の被験者では、炭水化物摂取量の増加に伴って血清クロト濃度がわずかに低下することが示されたが、この関連は統計学的有意性を欠くものだった。炭水化物の過剰摂取は、高度糖化最終産物の蓄積、インスリン抵抗性、脂質代謝の乱れをもたらすアディポネクチン遺伝子の発現抑制、酸化ストレスおよび炎症過程の刺激など、さまざまな生理的悪影響を誘発し、これらの因子はKlothoの発現をダウンレギュレートすることが証明されている。
・サブグループ分析の結果、中高年者では炭水化物エネルギー比率と血清Klotho値との間に有意な相関が認められたが、高齢者ではこの相関は認められなかった。この知見は、長寿因子としてのKlothoは40歳を過ぎると加齢とともに自然に減少するという事実に起因している可能性がある。60歳以上の高齢者では、全身炎症、酸化ストレス、耐糖能低下がより高レベルで起こり、高血圧、糖尿病、心血管疾患の発症の一因となる可能性があり、これらの生理学的および疾患関連の条件はKlotho発現に直接的または間接的に影響を及ぼす可能性がある。
・食事性炭水化物摂取量と血清Klothoレベルとの関連には男女間で差があり、男性ではより顕著な相関が認められた。性特異的な所見の説明として、男性のテストステロン値がKlotho遺伝子の発現をアップレギュレートしている可能性が考えられる。
・BMIによって関連性が異なる可能性があることが明らかになった。炭水化物摂取量と血清Klotho濃度との相関は、肥満者よりも非肥満者でより有意にみられた。これは他の文献とも一致する。肥満者は内臓脂肪組織が過剰であるために慢性炎症が起こり、その結果血清Klotho値が低下する、あるいは安静時のエネルギー消費を維持するために炭水化物摂取量を多くする必要が生じ、炭水化物摂取量とKlotho値との真の相関が覆い隠されている、などが考えられる。
・炭水化物摂取量と血清Klotho値との関係は糖尿病があると弱まる。血清クロト濃度が糖尿病患者では有意に低下するが、糖尿病のない患者では低下しないことを示した先行研究と一致している。
・炭水化物に加えて、バランスのとれた栄養も見逃せない。炭水化物は単独で老化防止に影響するのではなくタンパク質と脂質と相互作用する。炭水化物とタンパク質の比率が9:1を特徴とする「沖縄比率」食パターンが、長寿に寄与するとして注目されている。このモデルは、平均寿命が長く、老化関連疾患のリスクが低い沖縄県民の研究から得られたもの。
・高タンパク食が老化ラットのα-Klothoレベルを上昇させたと報告した他の研究と同様に、タンパク質摂取と血清Klothoレベル上昇との間に正の相関を観察した。
しかしある横断研究では、座りっぱなしのライフスタイルの中年女性では、タンパク質摂取量と血清Klotho値との間に逆相関があることがわかっている。
・脂肪摂取量と血清Klotho値との間に有意な非線形関係が観察された。この研究では、血清Klotho値は脂肪摂取量の増加に伴って大幅に増加することが示されたが、他の研究結では、低脂肪食とs-Klothoレベルとの間に関連性はなく、逆に脂肪の過剰摂取は血清Klotho濃度を顕著に低下させることが示され、それは他の動物実験とも一致している。
炭水化物、蛋白質、脂肪の最適なバランスと、それらが血清Klotho濃度に及ぼす影響を解明するためにさらなる研究が必要である。
・この研究では一貫して、炭水化物の過剰摂取と摂取量低下の両方がKlothoレベルを低下させ、炭水化物のエネルギー比率が48.92%から56.20%のときにKlothoレベルが最も高くなることが示された。適度な炭水化物の摂取は、極端に多かったり少なかったりする摂取量に比べ、老化を遅らせるのに有利であるかもしれない。