ドコサヘキサエン酸(DHA)は、n-3系長鎖多価不飽和脂肪酸(PUFA)の一種で、妊娠中および乳児期には、胎児の脳や網膜など神経組織で急速に濃縮され、幼少期の脳の発達を促したり、認知機能、視覚の発達、免疫機能を促進するなど重要な役割を果たしている。
乳児のDHA源は母乳。
母乳中のDHA含有量は、地理的な場所や食習慣に影響されることが研究により明らかにされている。
沿岸部や淡水湖地域に住む女性の母乳中DHA含有量は高い。
これはDHAを多く含む海産物/水産物摂取量が多いことと関係している。
一方で、内陸部の女性のDHA摂取量は比較的少なく、母乳中のDHA濃度に影響を及ぼしているという。したがって、内陸部に住む、か、または海産物や水産物を摂取しない母親の母乳中DHAは乳児の必要量を満たすには不十分な可能性がある。
過去に、授乳中の母親にDHAを補給する介入研究が米国とドイツで報告されているがその数は少ない。
中国では、DHA補給に関する研究はほとんど行われていない。
授乳中の女性におけるドコサヘキサエン酸(DHA)補給の介入に関する集団研究は世界的にまだ初期段階といえるだろう。
リンクの研究は、授乳中女性の母乳中DHA濃度に対するDHA補給の効果、および介入効果について調査したもの。
南京市の健康な授乳婦160名(産後30~50日)を募集し、無作為に対照群(1日1カプセルの外観が同様のプラセボ)と補給群(1日1カプセルのDHAが200mgの藻類油)に分け、8週間摂取。
介入の前後に、すべての被験者に基本情報、母親の身体測定、母乳サンプル採取、食物摂取頻度調査票を用いた食事調査を実施。
登録時の母乳中のDHA濃度と比較すると、対照群では試験終了時に絶対濃度の有意な減少が見られた。
介入後、サプリメント群のDHA絶対濃度および相対濃度は対照群より高く統計学的に有意であった。
サプリメント群の母親の食事は4つの食事パターンに分けられた。
パターン1は主に果物や畜肉が含まれていた。
パターン2は牛乳とその製品、卵、魚、エビ・貝類、大豆とその製品が主体。
パターン3は大豆以外の穀類・豆類、芋類、ナッツ類が主体。
パターン4は鶏肉が多く食用油は少なかった。
パターン3のDHAの絶対濃度の変化は、他のパターンに比べて小さかった。
授乳中の母親へのDHA補給は、母乳のDHA濃度を増加させると結論。
・藻類DHAオイル(200mg/日)を8週間継続摂取した後、対照群に比べ母乳中のDHA含量が増加することが示された。
4つの食事パターンのうち、穀類と大豆以外の豆類、イモ類、ナッツ類が多いパターンは、DHAへの介入効果が低かった。
・2013年、中国栄養学会は授乳婦の適切なDHA摂取量を200mg/日と推奨。
米国農務省は、多くの授乳婦の魚介類摂取量が推奨量を満たしておらず、DHAの摂取量が約30〜70mg/日と不十分であることを報告している。
授乳期の母乳には多量のn-3系PUFAが必要である。
・DHAと同様の理由により、両群の母乳中のアラキドン酸(ARA)濃度が有意に減少していることが確認された。ARAは神経系の重要な成分で、乳児の知能、神経発達、視力と密接な関係がある。しかし、DHAとARAは合成経路において同じデサチュラーゼと炭素鎖長延長酵素を持つことからある種の競合関係にある。DHAの補給に注意を払いつつ、ARAの重要性も無視してはならない。
・統計解析の結果、大豆以外の穀類・豆類、芋類、ナッツ類が多いパターン3では、DHA介入による母乳中のDHA濃度への影響はあまり明らかでなかった。
パターン1、パターン2、パターン4は動物性食品が主体で、母体の食事からのn-3PUFA摂取量は豊富で、3パターンのDHA量の変化は比較的近いと言える。
パターン2の特徴は魚、エビ、カニ、貝類だが、内陸部では淡水魚やエビが主食で、n-3PUFAが豊富ではないことから、パターン2ではDHA濃度の高い変化は見られなかった。
・パターン3の授乳婦の食事は、大豆以外の穀類・豆類、イモ類、ナッツ類などの植物性食品が主体だった。授乳婦が摂取したナッツ類は、クルミ、カシューナッツ、クリが主だったが、これらのナッツに含まれるPUFAは主にLAでALAとDHAの含有量は非常に少なく、1日の摂取量も比較的少なかった。