手術部位感染(SSI)は世界的な医療問題の一つで、外科手術を受ける患者の5%以上がSSIを発症ししているという。
興味深いことに、多くの臨床研究でSSIは外科的ストレスによる腸内細菌多様性の変化と直接的に関連し、「健康を促進する」常在菌の消失と病原性細菌の過繁殖が見られることが分かっている。
一般に微生物ディスバイオーシスは、院内感染、敗血症、臓器不全への感受性を高めると考えられ、最近のメタアナリシスではプロバイオティクスまたはシンバイオティクスの周術期投与が、手術患者における人工呼吸器関連肺炎、菌血症、入院期間、抗生物質使用の減少など腹部手術後の感染性合併症のリスクを著しく減少することが明らかになっている。
しかし、今回ご紹介する研究のテーマである多発外傷(MT)患者のSSIに対するプロバイオティクスの保護的役割に焦点を当てた研究は少ない。
リンクの研究は、脳損傷を含むMT患者においてSSIの発生を減少させる4種類のプロバイオティクスの有効性を評価することを目的としたもの。
挿管され10日以上人工呼吸が必要と予想されるMT患者をプラセボ投与群と
Lactobacillus acidophilus LA-5
Lactiplantibacillus plantarum UBLP-40
Bifidobacterium animalis subsp.lactis BB-12
Saccharomycesboulardii Unique-28
投与群にランダムに振り分け。
すべての患者は、プラセボまたはプロバイオティクスの2袋を1日2回、15日間摂取し、30日間フォローアップ。
手術は脳外科、胸腔鏡下手術、開腹術、整形外科、その他に分類し、SSIと分離された病原体を登録。
結果は、プロバイオティクスの予防投与が、脳と少なくとももう一つの臓器系の損傷を伴う重度の多発性外傷で、緊急挿管され人工呼吸器のサポートを受けている患者のSSIの発生にプラスの効果を発揮するという過去のエビデンスを支持するものであった。
使用されている4種類のプロバイオティクスは急性多発性外傷に加え、回復のための手術ストレスと微生物ディスバイオーシスを経験している患者の外科的外傷における微生物侵入と戦うための保護策となっていると結論。
A Four-Probiotic Regime to Reduce Surgical Site Infections in Multi-Trauma Patients
・L. acidophilus LA-5 1.75 × 109 cfu、L. plantarum 0.5 × 109 cfu、B. lactis BB-121.75 × 109 cfu、S. boulardii 1.5 × 109 cfuを含む4種類のプロバイオティクスを入院後6時間以内に投与すると、重篤で人工呼吸を行っているMT患者のSSI発現率が著しく低下することが明らかにされた。
・TBIと少なくとももう1つの臓器系外傷を有する急性多発外傷患者を対象とした実験プロトコルから得られたデータでは、人工呼吸器関連肺炎(VAP)発症の遅延、ICU滞在期間および入院期間の短縮とともに、プロバイオティクス投与群では対照群と比較してVAPの発症率が有意に低いことが明らかにされた。
・いかなる種類の脳損傷であっても、Bacteroidetes、Firmicutes、Verrucomicrobiaが減少し、ClostridiaとEnterococcusが増加することが確認された。
腸内細菌が常在菌よりも病原性細菌に偏ることで、中枢神経系と消化管の両方に悪影響を及ぼす。
・腸脳軸は、中枢神経系と腸管の両方の恒常性維持に重要な双方向経路であり、内臓痛、腸管バリア機能、腸管運動、神経行動など多様な機能を調節している。TBIが発生するとストレス反応により自律神経系が悪影響を受け、消化管機能の制御に影響を及ぼすことが知られている。
・生命を脅かすほどの大出血を起こし、強心剤や大量の輸血を必要とする患者では、血球そのものと鉄分が病原体の増殖を促進することはよく知られている。
・プロバイオティクスを感染性合併症の予防のために病院で使用することが広く注目されるようになってきている。
近年、多くの研究によりプロバイオティクスやシンバイオティクスを周術期に投与し、ディスバイオシスを軽減することで、手術後の感染性合併症のリスクが大幅に減少し、その減少幅は50%近いことが示されている。
・最近のレビューでは、プロバイオティクスの経口投与が創傷治癒を促進するメカニズムとして3つの可能性が挙げられている。
1・免疫調節によるもの:腸内プロバイオティクスは、傷ついた組織へのリンパ球の動員を刺激して自然免疫反応と適応免疫反応の活性化に寄与する。さらに、脾臓または腋窩リンパ節のγδT細胞およびTh17細胞数を増加させ、T細胞による炎症性サイトカインの産生を促進し、抗炎症性皮膚作用を加速させることで皮膚の健康にプラスの影響を与える。
L. plantarumとL. fermentumは末梢循環中のPMNの貪食活性を誘導する。
2・ 必須栄養素の吸収改善:ビタミン、ミネラル、酵素といった補酵素は皮膚の組織修復に関与し、L. reuteriとL. acidophilusは、創傷治癒に重要な食事性ビタミンDとEの吸収を高めることが明らかにされた。
3・中枢神経系:プロバイオティクスは神経活性分子を産生し、および/または腸粘膜腸内分泌細胞の分泌活性を調節し、組織再生を改善する可能性を持つ神経調節物質の放出に寄与する。
プロバイオティクスによって促進されるさまざまな宿主ベネフィット、特に免疫調節効果は、種、株、用量、時間特異的である。
・L. plantarumは、腹膜マクロファージの貪食活性を高めることが示されており、他の成分はマクロファージ活性を刺激し、異なる成長因子の発現を誘導することが示されている。
一般に、乳酸菌はIL-10などの抗炎症性サイトカインに加え、IL-12やIFN-γなどの炎症性サイトカインを誘導する能力があるが、ビフィズス菌は乳酸菌よりもIL-10の誘導に優れる。
・プロバイオティクスのもう一つの利点は、抗炎症作用と免疫調節作用に加えて創傷治癒過程を積極的に刺激することによって組織修復を改善すること。
・最近の実験では、切除創にLactobacillus plantarumを局所投与すると、L. rhamnosusとBifidobacterium longumを併用した治療よりもはるかに早く治癒過程が始まり、4日目の創傷面積は41.2%から29.5%に減少することが明らかになった。
また他の研究では、Lactobacillus reuteriを投与したマウスでは、迷走神経を介した神経ペプチドホルモンOxytocinの上昇により、皮膚の創傷治癒過程が2倍促進されたと報告している。
・プロバイオティクスを投与した患者ではSSIが有意に少なかったのは、全身のマイクロバイオームの多様性が改善されたこと以外に考えにくい。
プロバイオティクス投与により、外傷の再上皮化およびコラーゲン沈着が早まる可能性もある。
また、宿主の免疫反応が高まることで外傷が感染せずに残る結果、あるいはプロバイオティクスが腸内マイクロバイオームに好影響を与え、創傷治癒が早まる。
・総入院日数は外科的外傷の感染症に直接影響されないが、プロバイオティクス群では有意に減少している。