本日のブログは、乳がん患者における食事・腸内細菌叢・うつ病の関連性を調査した初めての研究をまとめてみたい。
うつ病を併発している乳がん患者さんにとってもう一つの治療選択肢となり得る、栄養学的アプローチの可能性に富んでいるので参考になれば幸いだ。
乳がん患者においては、メンタルヘルスや認知障害の問題が併発する可能性があり、乳がんサバイバーにおけるうつ病発生率(9.4%から66.1%)は、乳がんでない女性よりもはるかに高い。
身体症状、機能障害、治療アドヒアランスの低下 etc. を招く乳がん患者のうつ病発症要因には、社会的要因、疾患要因、心理的要因、行動的要因がある。
現在では、生活習慣におけるリスク要因(特に食事)を回避することがうつ病リスク低下につながる可能性があることが蓄積された証拠から示唆されている。
一般に、食事は精神疾患の発生と進行の重要な調節因子として認識されており、実際に、食事クオリティの向上や健康的な食事パターンは抑うつ症状が軽微になることが判明している。
バランスのとれた食事パターン(例:地中海食)や一部の食品(例:魚、新鮮な野菜や果物)は、うつ病リスク低下と関連し、一方で高脂肪の西洋食や砂糖入り飲料は危険因子と考えられている。
しかし、乳がん患者が診断後に専門家の食事アドバイスを受けることはほとんどない。
これは、我が国の医療業界で栄養学の重要性を認識している医師はごく僅かであることに起因しているかもしれない。
乳がん患者さんにおける『栄養摂取量』(食事摂取量ではない)の不足や食事構成など、栄養上の問題ががうつ病リスクを高めているという仮説が近年唱えられている。
セロトニン(5-HT)の前駆体であるトリプトファン(TRP)は食事から摂取する必要があり、セロトニン依存性の病態生理やうつ病の治療に関与しているとされる。
悪性腫瘍の特性や化学療法剤の使用によってがん患者は5-HTレベルが有意に低く、5-HTレベルはうつ病レベルと負の相関を示す。
食事構成や食事の質を変えることはトリプトファンと大型中性アミノ酸(LNAA)の比率に影響を与え、脳に入るトリプトファンの量を調節し、その後の5-HT合成を調節してうつ病を制御する可能性がある。
消化管に生息する微生物群である腸内細菌叢は腸-脳軸の重要な調節因子として腸内のトリプトファン代謝を調節するだけでなく、免疫、神経内分泌、直接的な神経機構を介して脳内の5-HT合成に影響を与える。したがって、トリプトファン代謝とセロトニン作動性システムに対する微生物の影響は、脳機能と行動を制御する上で重要である。
食事、抗生物質、プロバイオティクスなどの外的要因は腸内細菌叢の組成や代謝に影響し、中でも食事介入における特定の栄養素の構成、食事時間、長期の食習慣は腸内細菌叢に深く、慢性的な変化をもたらす。
欧米食による腸内細菌叢の異常はヒトの消化器系にダメージを与え、免疫系に病原的影響を与え、神経炎症を増加させることが確認されている。
腸内細菌叢が宿主の消化器系、免疫系、神経系と共進化することを考えると、食事の変化は腸内細菌叢とうつ病に顕著な影響を与えると推測できる。
現在、食事の質とうつ病の間に密接な相関があることを示す強い証拠が得られているが、乳がん患者における腸内細菌叢の観点から食事とうつ病の関係を探った研究は不足している。
リンクの研究は、うつ病乳がん(DBC)患者と非うつ病乳がん(NBC)患者の食事摂取量の違いと、その違いがうつ病症状に影響を与える腸内細菌叢の変化につながるかどうかを検討したもの。
DBC患者18名とNBC患者37名の糞便サンプルで次世代シーケンシングを行った。
乳がん患者205人中60人が有意な抑うつ症状を報告し、
エネルギー
タンパク質
食物繊維
ビタミンA
ビタミンB2
ナイアシン
カルシウム
リン
カリウム
鉄
亜鉛
セレン
マンガン
トリプトファン
の摂取量の低さと、食事の質の低さが関連している可能性が示唆された。
また、NBC患者は腸内細菌叢の多様性が高く、より健康的な構成を示し、プロテオバクテリアとエスケリキア・シゲラの相対存在量はともにDBC患者より低かった。
α多様性は食事の質とうつ病の間の有意なメディエーターであり、カルシウム、リン、セレンは腸内細菌叢とは無関係にうつ病を有意に制御していた。
乳がんに関連した抑うつ症状は、食事の質の低下を介した腸内細菌叢依存経路と、微量栄養素の摂取量の低下を介した細菌叢非依存経路に関連している可能性があると結論。
Impact of Gut Microbiota on the Association between Diet and Depressive Symptoms in Breast Cancer
・乳がん患者における抑うつ症状は、特定の栄養素や果物の摂取不足と部分的に関連している可能性がある。
・非うつ病の乳がん患者はより大きな腸内細菌叢の多様性とより健康的な組成を示した。
・カルシウム、リン、セレンは、腸内細菌叢とは無関係に抑うつ症状に影響を与えた。
・乳がん患者の29.3%が抑うつ症状を有しており、若い患者ほど自分のイメージに気を配り、病気が結婚や家族の安定、出産、将来のキャリアに影響することを心配するという考え方に起因している可能性がある。
・乳がんの有職者は特に抑うつ症状を呈しやすいことが判明。就業中の乳がん患者では、乳がん治療の副作用が生存者の就業能力に悪影響を及ぼす可能性があり、同僚から差別されるだけでなく、仕事を失うことを恐れ、それがうつ病の発生率を高めている可能性がある。
・欧米型の食事や超加工食品はうつ病のリスクが高く、地中海食パターンはうつ病のリスクと逆相関していた。
・無作為化比較試験で、3ヶ月の食事介入は中等度から重度のうつ病に対してかなり有意な効果を示し、食事介入群では著しく大きな改善が見られ、この群の患者の32%が寛解を達成した 。
食事におけるわずかな改善でもうつ病にかなりの利益をもたらす可能性がある。
・うつ病の乳がん患者と比較して、非うつ病患者はエネルギー、タンパク質、食物繊維、ビタミンA、ビタミンB2、ナイアシン、カルシウム、リン、カリウム、鉄、亜鉛、セレン、マンガン、トリプトファンなどの栄養摂取量が多く、これらの栄養摂取量はすべてうつ病スコアと負の相関があることを見いだした。
・別の研究では、ω-3系脂肪酸、抗酸化物質(ビタミンC、亜鉛)、ビタミンB12、葉酸、マグネシウムなど、これらの栄養素の一部もうつ病と関連していることが示されている。
・動物性食品の摂取量を増やして良質なタンパク質を十分に摂取するとともに、野菜や果物の摂取量を増やしてビタミンやミネラルを十分に摂取することが望ましい。
・トリプトファンは従来の抗うつ薬の天然代替薬の側面を持ち、トリプトファンを多く含む食事はうつ病の予防因子となる可能性がある。
・BCAAを摂取すると、脳へのトリプトファンの取り込みと5-HT合成が低下することが確認された。
BCAAs濃度と大うつ病性障害(MDD)の重症度には正の相関があり、MDD患者が抗うつ薬治療を受けると血漿BCAAsが減少することが明らかになった。
・うつ病乳がん患者は、非うつ病患者に比べてトリプトファンの摂取量が少なく、血漿中のトリプトファン濃度が低下していたが、LNAAsやTrp/LNAAsの比率に有意な差はなかった。
・うつ病では細菌叢-腸-脳トライアドが重要な役割を担っていることが示されている。
腸内細菌叢と脳の双方向コミュニケーションは神経伝達や行動に影響を与える可能性があるため、腸内細菌叢の調節はうつ病の介入に新たな治療法を提供する可能性がある。
・非うつ病患者はうつ病患者と比較して腸内細菌叢の多様性が高く、腸内細菌叢組成が豊富であることを見出した。うつ病患者では、健常対照者と比較してプロテオバクテリアが増加し、ファーミキューテスが減少しており、プロテオバクテリアの過剰発現とファーミキューテスの減少がうつ病と関連している可能性が示唆された。
・エスケリキア・シゲラの過剰発現は腸の炎症や腸の透過性を高め、DASS-42-Depressionスコアと正の相関があった。うつ病患者では、非うつ病患者に比べてエスケリキア・シゲラが過剰に存在し、ブラウティアが減少していることが観察された。
・NBC患者におけるnorank_f__Ruminococcaceaeとnorank_f__Oscillospiraceaeの相対量はDBC患者よりも有意に高かった。これまで,norank_f_Ruminococcaceaeとnorank_f__Oscillospiraceaeの属についてはほとんど分かっていなかった。
・果物や野菜からの特定の成分(ポリフェノールなど)は、プレバイオティクスとして作用することで腸内細菌叢に影響を与える可能性がある。
・媒介解析の結果、CHEIスコアの合計で評価される食事の質は腸内細菌叢の多様性に影響を与えることで抑うつ症状を制御していることが明らかになった。
・カルシウム、リン、セレンは腸内細菌叢とは無関係にうつ病に影響を与える
通常の抗癌治療に栄養学的アプローチが加わることで、乳がんでお悩みの方への全体的なアプローチが前進することを願います。