近年、国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)は健康にも環境にも有益な、果物、野菜、豆類、全粒穀物、ナッツ類を豊富に含み、赤身肉が少なく、乳製品、卵、鶏肉、魚が適度なより植物性傾向の食事を推奨する傾向が強くなっている。
世界的に現在の食事から植物由来の食事にシフトすることで、非伝染性疾患による早期死亡のリスクを18~21%下げ、温室効果ガスの排出を54~87%削減できるというのがその理由に挙げられている。
食事要因の中でも、ナトリウムの高摂取、全粒穀物、果物、ナッツ類、種子類、野菜の摂取量低下は、多くの国で心疾患、がん、2型糖尿病に関連する死亡や障害調整生命年(=DALY)の食事リスク要因ランキング5に入る。
一般に、植物由来の食事はより健康的であると考えられているが、果たして本当に健康的なのだろうか?
不足する栄養素や、中長期的な影響にかんする確たるデータは?
過去のレビューでは、ベジタリアンやヴィーガンはビタミンB12、ビタミンD、鉄、亜鉛、カルシウムの欠乏のリスクがあることが示されている。
これらの微量栄養素は主に動物性食品に含まれるか、もしくは植物性食品ではバイオアベイラビリティが低い。
さらに、魚介類に含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)の摂取が、ベジタリアンやビーガンでは不十分である。
しかし、植物性食品を摂取する集団における栄養素の摂取量と栄養状態に関する評価は不足している。
リンクのデータは、植物性食品を摂取している成人のエネルギー、マクロおよび微量栄養素の摂取量と状態を評価し、肉食の人と比較するために、系統的な文献調査を実施したもの。
2000年から2020年1月までに発表された観察研究と介入研究の系統的レビューを行い、植物ベースの食事(主にベジタリアンやヴィーガン)を摂取する成人集団と肉食の集団における栄養摂取と状態を評価。
ヨーロッパ、南・東アジア、北米を中心とした141件の研究が含まれる。
タンパク質摂取量は、肉食の人に比べて植物性の食事をしている人の方が少なかったが、推奨摂取量の範囲内であった。
食物繊維、多価不飽和脂肪酸(PUFA)、葉酸、ビタミンC、ビタミンE、マグネシウムの摂取量が多い一方で、エイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)の摂取量は、ベジタリアンおよびヴィーガンの方が肉食の人と比較して少なかった。
ビタミンB12、ビタミンD、鉄、亜鉛、ヨウ素、カルシウム、骨代謝マーカーの摂取量と状態は、肉食者と比較して植物由来の食事パターンで全般的に低かった。
肉食者は、食物繊維、PUFA、α-リノレン酸(ALA)、葉酸、ビタミンD、E、カルシウム、マグネシウムの摂取量が不十分となるリスクがあった。
Nutrient Intake and Status in Adults Consuming Plant-Based Diets Compared to Meat-Eaters: A Systematic Review
・エネルギー摂取量は食事パターンによらず同程度であることがわかった。
肉食者と比較して、タンパク質、EPA、DHAの平均摂取量はベジタリアン、特にヴィーガンで低く、食物繊維、PUFA、総n-3脂肪酸、ALAの摂取量は植物ベースの食事パターンで高くなった。
肉食では、食物繊維、PUFA、ALAの平均摂取量は推奨値を下回っていた。
・微量栄養素については、ベジタリアンやヴィーガンは肉食と比較してビタミンB12、ビタミンD、ヨウ素の摂取量と状態が低かった。
鉄と亜鉛の平均摂取量は、植物ベースの食事ではこれらの微量栄養素の生物学的利用能が低いため、ベジタリアンやヴィーガンでは不十分であった。
一方、肉食者と比較して、葉酸、ビタミンE、マグネシウムの摂取量はベジタリアンとヴィーガンで高く、ビタミンB1、B6、Cの摂取量はビーガンで特に高くなっていた。
・肉食者ではビタミンEとDの摂取量は不十分であった。
・ビタミンA、B2、ナイアシン、リンの平均摂取量は適切ですべての食事パターンで同程度であった。
・植物ベースの食事パターンは、主に動物性食品に存在するか生物学的利用能が高い特定の栄養素(EPA/DHA、ビタミンB12、D、ヨウ素、鉄、亜鉛、カルシウム)の不十分な摂取と状態のリスクを高める。ベジタリアンを対象とした研究の25%以上で食物繊維、ビタミンE、マグネシウムの摂取が不十分であることから、一部の集団では植物性食品の摂取が最適でない可能性があることが示された。
栄養的にバランスのとれた植物性食品に移行するためのガイダンスを提供し、行動変容を促すための公衆衛生戦略が必要である。
微量栄養素に関する所見
・ビタミンB12、D、カルシウム、鉄、亜鉛の摂取量および/または状態は、植物性食品では低いまたは不足している、または生物学的利用能が低いため植物性食生活では十分でない可能性があることが示された。
菜食主義者を対象とした研究のほとんどが、ビタミンB12の摂取が不十分であることを示し、これは菜食主義者(44%)とベジタリアン(32%)のビタミンB12欠乏症の高い平均有病率により確認された。
ビタミンB12は動物性食品にのみ存在し、発酵大豆製品(例:味噌)、しいたけ、藻類にも含まれているがこれらは不活性で摂取量が少ないとビタミンB12吸収を妨げる可能性も報告されている。
・十分なビタミンB12を供給するために、菜食主義者は強化食品やサプリメントを定期的に使用することに頼っている。ベジタリアンは、乳製品と卵からビタミンB12を摂取できるが、動物性食品の摂取が制限されている場合には、強化食品またはビタミンB12のサプリメントに頼ることになる。
・ビタミンDは特に脂肪の多い魚、卵、肉、紫外線処理したキノコ類、藻類など、ごく一部の食品にのみ自然に存在する。
しかし、平均ビタミンD摂取量(サプリメントからの摂取も考慮)はすべての食事パターンでEARをはるかに下回っていた。
ビタミンDは日光に当たると皮膚でも合成されるが、緯度の高い地域(マドリッド、北京など北緯40度以上)や肌の色が黒い人、日光への露出が少ない人では、冬場は不足する。
・ヴィーガンのカルシウム摂取量は、ベジタリアンや肉食の人と比べて少なかった。
しかしすべての食事パターンにおいて、3分の1以上の研究がEARを下回る摂取量を報告しており、一般集団においても摂取量の不足が生じている可能性がある。
乳製品は重要なカルシウム源だが、緑葉野菜、豆類、種子、ナッツ類および穀物もカルシウムを多く含む 。植物性食品に含まれるフィチン酸塩およびシュウ酸塩、ならびに食事性タンパク質の摂取不足およびビタミンDの低状態によって、カルシウムの吸収が低下する可能性がある。
・カルシウム摂取量が少ない場合カルシウムの吸収が亢進し 、PTHの産生が増加し、尿細管カルシウム再吸収および骨再吸収が刺激される。今回、菜食主義者とベジタリアンでPTHと骨回転マーカーのレベルが有意に高く、菜食主義者では腰椎のBMDが低く、肉食者と比べて骨吸収が大きいことが示唆された。
ベジタリアンや菜食主義者は雑食者に比べて腰椎、大腿骨頚部、全身のBMDが低いことを示した最近の2つの系統的レビューおよびメタ解析と一致する。
骨形成と骨吸収は、カルシウムの摂取量だけでなく、ビタミンD、マグネシウム、タンパク質など他の栄養素の影響も受ける。
・ベジタリアンやビーガンの鉄の摂取量は肉食と比較して同等か多いにもかかわらず、ベジタリアンやビーガンの特に女性は肉食よりも鉄の状態が低く、鉄欠乏症や貧血の有病率も高かった。
植物ベースの食事における鉄の生物学的利用率は、ヘム鉄を含む肉や魚の食事と比較して大幅に低い。
植物性食品からの鉄の吸収は、ビタミンCの豊富な果物や野菜の摂取によって改善することができる。
・植物性食品からの亜鉛の吸収はフィチン酸塩と食物繊維の量が多いため低下する可能性がある。
亜鉛の平均摂取量は食事パターンを問わず同程度であったが、ヴィーガンとベジタリアンは生物学的利用能調整済みEARを満たしておらず、これは特にヴィーガンの亜鉛状態の低さと欠乏症の高い有病率によって確認された。肉食者と比べてベジタリアンやヴィーガンの、特に女性の亜鉛摂取量と状態が低いことを示した以前のレビューやメタ分析の結果と一致している。
・ヨウ素について報告した数少ない研究において、肉食と比較して植物性食で摂取量と状態が低いことが示された。動物性食品のヨウ素含有量は通常植物性食品よりも高く、魚と乳製品が最も豊富なヨウ素源である 。海藻類は非常に濃縮されたヨウ素源であるが、そのヨウ素含有量には多くのばらつきがあり、摂取することで過剰摂取につながる可能性がある。
・肉を含む食事パターンと比較して植物ベースの食事パターンは、葉酸、ビタミンEおよびマグネシウムを含むいくつかの微量栄養素の摂取量が高いことも確認した。
葉酸とマグネシウムの平均摂取量は、菜食主義者とベジタリアンで十分であったが、肉食主義者では38-57%で必要量を満たしていなかった。
・ビタミンB1、B6、Cの摂取量は菜食主義者の方が多かったが、すべての食事パターンにおいて摂取量はEARを上回っていた。ビタミンB1とB6の良好な供給源は、全粒穀物、豆類、ナッツ類、種子類、さらに肉や魚で 、ビタミンCは果物や野菜が主な供給源となっています。
ビタミンA、B2、ナイアシン、リンは平均摂取量はEARを上回り、食事パターンによって差がなかった。
公衆衛生への影響と提言
植物性食品をより多くした食事へのシフトは、食物繊維、PUFA、葉酸、ビタミンB1、B6、C、E、マグネシウムの摂取を改善する一方、EPA、DHA、ビタミンB12、D、カルシウム、鉄、亜鉛、ヨウ素(このうちビタミンDとカルシウムは肉食者でも懸念される)の摂取が不足する恐れがあるため、植物由来の食事を摂取するには慎重な計画が必要である。
植物性食品に存在しないビタミンB12や、もともと限られた食品にしか含まれていないビタミンDとヨウ素については追加の公衆衛生戦略が必要である。
鉄、亜鉛、場合によってはカルシウム、プロビタミンAカロテノイドについては、欠乏を避けるために、これらの栄養素の生物学的利用能と生物変換を向上させるためのアドバイス(例えば、鉄の吸収を高めるためにビタミンCの豊富な食品を食事と一緒に摂取するなど)を指針に含める必要がある。
厳格な菜食主義において非常に重要な栄養素が不足することを指摘したデータ。
ヴィーガン給食が話題になっているが、このデータに照らすと中長期的に筋骨格系の機能低下、神経障害、貧血、甲状腺機能の低下など各種ホルモン動態の異常とそれに伴う様々な障害のリスク要因となってしまうのではないだろうか。
確かに厳格な菜食主義によって体調が良くなったりといった利益を被るお子さんも中に入るのだろうが、それが全員に当てはまると考えるのは早計ではなかろうか。
トレーニングでもそうだが、遺伝子もヒストリーも全く違う人間集団に一つの方法論を当てはめる行為自体いかがなものかと、おもわず閉口してしまう。
学校給食に求めすぎるのも無理があるが、それでも個人のヒストリーや体質、その時の状態に合わせて摂取栄養素を最適化してパーソナライズする(しようとする)視点や努力は大事だと思うのだが、皆さんはいかがお考えだろうか。
次回ブログは、筋骨格系の文脈で動物性タンパク質について書きます。