青年期以降の男性が罹患する各疾患とテストステロンの関係について調べてたところ、興味深いデータを見つけたので簡単にまとめてみたい。
頸動脈小体(CB’s)グロムス細胞(タイプI)は、身体の主要な酸素センサーとして知られている。
最近では、アンジオテンシンII、レプチン、サイトカイン、インスリン、乳酸などの様々な刺激に対して「感知し、反応する」能力が評価されている。
総頸動脈の分岐部にあるためマルチモーダルな化学センサーとして作用し、呼吸制御以外の恒常性維持に複数の役割を担っており、さらに、CB機能不全は多因子性の呼吸障害である睡眠呼吸障害(SDB)の病態生理に影響する。
睡眠中の動脈血酸素分圧の変動に対する頸動脈小体の反応性の増強は過度の換気調整につながり、無呼吸を促進する。
また、頸動脈小体の機能異常は、SDBの重要な併存疾患である高血圧症にも寄与する。
睡眠呼吸障害は、閉経前の女性よりも男性で有病率が高いことが一貫して報告されている。
この疾患の発現における性ホルモンの影響に対する関心は高い。
動物モデルのデータは、CBで作用するテストステロンが(少なくとも部分的に)低酸素に対する換気応答を促進することを示唆している。
去勢した猫では、テストステロン処理により低酸素換気応答(HVR)が増強され、低酸素血症時の頸動脈洞神経(CSN)出力が増大する。
成体雄ラットでは、性腺摘出によるテストステロンの外科的減少が低酸素に対する換気反応を鈍らせる。
ヒトのデータは、性腺機能低下男性へのテストステロン補充はHVRを増加または減少させることが報告されている。矛盾する結果にもかかわらず、性腺機能低下男性におけるテストステロン補充は安静時呼吸中の換気を増加させ、睡眠関連無呼吸/低呼吸を悪化させた。
そのため、現在SDBを示す男性にはテストステロン補充療法は禁忌。
しかし、多くの研究によりSDB患者のテストステロン値は健常者の値よりも低いことが分かっている。
これらの不可解な観察結果は、呼吸制御に対するテストステロンの作用に関する我々の知識が限られており、テストステロンがSDBの病態生理に役割を果たすかどうかを決定することを困難にしている。
リンクのデータは、「テストステロンの急性注入が低酸素に対するCB応答性を増強することによってHVRを高める」という仮説を検証したもの。
年齢依存的な効果を検証するために、若い雄ラットと老化した雄ラットで実験を行っている。
自然睡眠動物における無呼吸の発生を測定することにより、生理学的に適切な条件下でのテストステロン補給の影響も評価している。
アンドロゲン受容体のmRNAは、成体(69日齢)および加齢(193-206日齢)雄ラットの頸動脈小体と孤束核に存在することが確認された。
プロピオン酸テストステロン(2 mg/kg、i.p.)を注射したウレタン麻酔ラットでは、低酸素時に測定したピーク呼吸頻度が対象群に対して11%増加した。
テストステロン処理後の反応強度は、動物の年齢と正の相関があった。
試験の90-120分前に、若年および老化ラットのex vivo頸動脈体標本をテストステロン(5nM、遊離テストステロン)にさらすと、低酸素中の頸動脈洞神経発火率は両年齢群で対称群と比較して増強されたことが示された。
全身プレチスモグラフィーを用いた換気量測定により、2時間前のテストステロン補給(2mg/kg;i.p.)により睡眠中の無呼吸回数が減少することが明らかになった。
健康なラットでは、テストステロンの急性補充は睡眠中の呼吸を安定させると結論。
Testosterone Supplementation Induces Age-Dependent Augmentation of the Hypoxic Ventilatory Response in Male Rats With Contributions From the Carotid Bodies
・男性では、加齢に伴うテストステロンの低下が身体的および認知的パフォーマンスの低下に寄与している。テストステロンの補充は一般に老化による帰結を緩和するが、SDB患者における作用は確固たる結論ガッ確立されていない。
・この研究は、テストステロンの補充が特に高齢のラットにおいて、HVRを増強することを示した。
テストステロンが頸動脈のO2反応を増強する一方でこの効果はわずかであり、テストした両方の年齢グループで同じ大きさで発生した。
頸動脈の求心性神経を受け取る脳幹領域でAR mRNAが確認されたことから、中枢のアンドロゲン信号伝達が、特に老化した雄においてHVRの増大にとってより重要であることが示唆された。
全体としてこのデータは、テストステロン補充が有益な結果をもたらす可能性を示唆している。
アンドロジェンシグナル伝達の時間領域
アンドロゲンは主に核内受容体を介してゲノムに影響を与えることが知られている。
結合したアンドロゲン受容体が細胞質から核に移動するのに約20分かかり、その後のゲノム効果は1時間以内に報告されている。これはテストステロンが膜結合受容体を活性化し、最終的に膜結合イオンチャネルを調節するセカンドメッセンジャーシグナルを引き起こす「迅速反応」とは対照的にゆっくりとした反応である。
テストステロンを介した血管拡張は適用後数分で明らかになり、20分までに最大となることからタンパク質合成の活性化はこの作用のための前提条件ではないことが示されている 。
この研究では、テストステロンの急性効果がまだ完全に維持されている間にゲノム反応を観察することができた。
テストステロン補充による低酸素換気応答の年齢依存的増強
・健康な動物における低酸素の開始時に起こる呼吸頻度の急激な上昇は、CBによって開始される。
麻酔下のラットにおいてテストステロン処理後に反応のピークが大きくなったという結果は仮説を予備的に支持するものであり、さらなる実験を正当化するものであった。
・テストステロン投与ラットで観察されたデータの変動は対称群の約3倍であった。
ラットの年齢幅は当初小さいと判断されたが、その後の分析でHVRの急性期における年齢依存性の影響を明らかにするには十分であり、テストステロンレベル(および17β-エストラジオールへの変換)の加齢による減少が始まっていることが示された。
その結果、すべての解析において年齢の影響を評価し、より広い年齢範囲をカバーする別グループをその後の実験に使用した。
・テストステロンとCBをインキュベートすると、高齢ラットのO2反応が若年成体で観察されるレベルまで「回復」するというこの研究のデータは、年齢による感受性の低下にテストステロンが重要な役割を担っていることを示唆している。
しかし、テストステロンのこの刺激作用は年齢とともに増加することはなかった。
健康なラットで観察された年齢依存的なHVRの増強と対照的であり、中枢神経系内でのテストステロンの作用がこのプロセスに寄与している可能性が高いことを示している。
テストステロンサプリメントが睡眠中の呼吸を安定化させる
・テストステロンが高齢ラットのHVRと低酸素に対するCBの反応を増強するという結果は、テストステロン補充が自然睡眠ラットの呼吸不安定を増強することを予測させた。
しかし仮説に反し、無呼吸指数に対する今回のプロトコルの効果は控えめであったが、テストステロン補充プロトコルが睡眠中に呼吸を安定させることが示された。
テストステロンが全身に注入されたので効果のメカニズムは不明だが、中枢と末梢における効果の組み合わせである可能性がある。
・慢性的ストレスは性腺刺激軸を阻害する。臨床データによるとSDB患者のテストステロン値は年齢をマッチさせたコントロール群よりも低いことが示されている。
さらに、重度の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)患者で測定されるテストステロン/コルチゾール(T/C)比は中等度のOSA患者よりも低い。
過去のデータを総合すると、ストレスがテストステロンの産生を変化させ、呼吸制御に対する作用を変化させることが示された。
テストステロンと呼吸制御の関係はまだ完全には解明されていない。
テストステロン補充が低酸素に対する頸動脈の反応を増強することを示す今回のデータは当初の仮説を支持するが、少なくとも健康な動物では、テストステロン補充が無呼吸の発生を増強することを示すものではない。
睡眠呼吸障害などの呼吸器疾患には強い性差があることから、性ホルモンを介した細胞シグナリングの影響についてさらなる研究が必要である。