産後の貧血を定義するヘモグロビン(Hb)値については、いまだコンセンサスが得られていない。世界保健機関はHb値が10g/dL未満を基準として、産後貧血の有病率を先進国では10%から30%、低・中所得国では50%以上と推定している。
産後の貧血は、出生前の貧血が解消されていないことや、出産に伴う過剰な出血の結果として起こる。産後に貧血の状態が続くと母体の心身の健康状態が悪化し、育児が困難になる可能性もある。
ほとんどの場合、経口鉄剤の投与が治療における第一選択となる。
鉄の摂取によってよ短時間でHb値が高くなることが研究で示されているが、副作用の可能性もある。
産後の鉄剤の合理的な使用には、鉄剤の選択、投与量、投与期間、臨床目的など適切な管理が必要である。
リンクの研究は、産褥期における鉄剤の処方と実際の消費量を調査し、貧血の有無にかかわらず産褥期に入る母親の鉄分摂取と鉄欠乏、貧血、母乳育児の維持、疲労、自己認識の健康状態との関連を分析することを目的としたもの。
18歳から50歳までの女性1010名を対象に、前向き観察研究を実施。
産後1日目のヘモグロビン値、退院時の処方スケジュール、鉄剤消費量および、産後6週間後のヘモグロビン、血清フェリチン、母親の疲労、母乳育児のタイプ、健康感に関するデータを収集した。
結果
貧血のある母親の98.1%、貧血のない母親の75.8%に経口鉄剤が処方された。
同じHb値の場合、処方された総鉄量の最大値は最小値の8倍から10倍であった。
鉄分の摂取量は処方量よりも有意に少なかった。
6週間後、鉄分を摂取した貧血の母親は、鉄欠乏症、貧血、母乳育児放棄の確率が、それぞれ3.6倍、3倍、2.4倍低くなっていた。
研究では、処方の仕方や産後の鉄分摂取に大きなばらつきがあり、それに関連する情報が得られた。
貧血のある女性とない女性では、鉄分摂取の効果が異なる。
貧血のある母親では、鉄分の摂取は貧血、鉄欠乏症、および産後6週間の母乳育児の放棄のリスクを減少させるが、疲労や母親の健康状態の認識に対しては有益な効果を示さなかった。
貧血のない母親では、鉄剤消費は母乳育児を放棄するリスクを増加させ、母親の自己認識の健康評価の低下と関連している。
Variability in Oral Iron Prescription and the Effect on Spanish Mothers’ Health: A Prospective Longitudinal Study
・本研究では、鉄分を摂取した女性の割合や摂取量は鉄分処方ガイドラインで定められている値よりもはるかに低いものだった。
・鉄分の摂取は貧血の状態で産褥期を迎えた母親が鉄欠乏症、貧血、母乳育児を放棄する可能性を低くすることがわかった。また、母親が貧血でない場合、鉄分の摂取は鉄欠乏症や貧血の可能性を低くするが、母乳育児を放棄する可能性が高くなり、健康に対する認識が悪くなることがわかった。
・処方には顕著なばらつきが見られた。出産後にすべての女性のHbを測定しても、鉄分の処方基準のばらつきは避けられないようだ。
専門家がガイドラインを遵守しないために、貧血および/または鉄欠乏症の女性への経口鉄分の処方に高いばらつきがある。
統一された基準がないことに加えて、鉄分の過剰経口摂取による有害な影響(腸内炎症、腸内細菌の異常、腸内病原菌の増殖の可能性など)が矮小化されている可能性もある。
・鉄分摂取による便秘は、特に会陰部に病変や裂傷、痔を持つ母親の生活の質を低下させ、鉄剤の服用を中止する理由となる。
・研究では、産後の鉄分補給が鉄欠乏症や貧血のリスクを低減することが裏付けられた。Hb≧10の女性では、赤血球の質量による鉄結合予備能の増加、産後の鉄分貯蓄と無月経が授乳によるわずかな鉄分損失を補い、6週間後の貧血予防には十分な効果があると考えられる。さらに、鉄分の不足が大きいほど、ヘプシジンの濃度を媒介とした腸レベルでの取り込みが大きくなる。
鉄分を摂取することで最も実質的な利益を得られる母親は、最も鉄分を必要としている母親であると考えられる。
・研究では、初期のHb値にかかわらず、鉄分の補給は疲労を軽減しなかった。また、健康に対する認識も改善されなかった。さらに、産後の初期に貧血のない母親が鉄分を摂取している場合、摂取していない人に比べて健康に対する認識が悪くなることが観察された。これはHb値が11~11.9の女性に見られた。
・この研究では、鉄分を摂取しなかった貧血の母親のグループと、摂取した貧血のないグループでは母乳育児の放棄率が高かった。摂取した貧血のないグループでは健康に対する認識も悪くなっており、それが関係している可能性もある。