腸内細菌叢とプロバイオティクスがますます面白い。
今回のブログは、近年関心が集まっている高齢者における腸内細菌叢と認知機能との関係について。
認知機能の健常者と障害のある高齢者の腸内細菌叢は、個々の細菌の多様性や豊富さが異なる可能性があり、認知症の初期段階のマーカーとなりうる微生物の特定の分類を見つけることは認知機能障害の発症を予防する上で非常に重要である。
現在プロバイオティクス、プレバイオティクス、シンバイオティクスを用いた食事療法やサプリメントの臨床試験ではそれらの要素が認知機能を向上させるという主張の前提が示されているが、これまでの研究成果が不均一であるため、大規模かつ長期的なRCTによるより信頼性の高いエビデンスが必要である。
認知機能と腸内細菌叢の両方に影響を及ぼす要因が多数あるため明確な依存関係を見出すことは難しいが、今のところプロバイオティクス補給の効果は、健常者よりも認知障害者の方が大きいことが示唆されている。
しかし、プロバイオティクスの健康促進効果はプロバイオティクスの菌株や投与量、投与期間に依存であるにもかかわらず、異なる属や種、異なる投与量を比較した研究はまだない。
また、その効果が介入終了後も持続するかどうか、どのくらいの期間持続するかについても不明である。
こちらのデータは、高齢者におけるヒト腸内細菌叢と認知機能との関連性に関する既存のエビデンスを統合し評価した初めての研究。
・加齢は不可避かつ進行性の生物学的プロセスの一つであり、身体全体に不可逆的な生理学的・機能的変化をもたらし、多くの器官やシステムの機能が低下する。加齢に伴って神経系や脳にも変化が生じ、認知機能にも変化が生じる。
・認知症の最も一般的な原因はアルツハイマー型認知症(AD)ですが、血管性認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症、さらにはそれらの混合型なども含む。ADは進行性かつ不可逆的な神経変性疾患であり、認知症の60-80%を占めている。
・ヒトのマイクロバイオータは、1人あたり30兆個以上の細菌,真菌,ウイルスなどの微生物で構成され、体重の1~3%を占めると推定されている。年齢、食生活、社会経済的地位、投薬などさまざまな要因によってマイクロバイオームの構成には非常に多様性があり、その中にはまだ発見されていないものも含まれている。
・消化管マイクロバイオーム(腸内細菌)は、外部環境と人間の間のダイナミックで機能的なインターフェイスであると言われている。健康な人に典型的な優勢な腸内細菌の系統はFirmicutes(ファーミキューテス)で、 FirmicutesとBacteroidetesの2つの系統が腸内細菌叢の90%を占めている。
Firmicutes系は,Lactobacillus,Bacillus,Clostridium,Enterocyteなどの200以上の属から構成され、そのうちClostridium属はFirmicutes属の95%を占める。Bacteroidetesは、BacteroidesやPrevotellaなどの主要な属からなる。
加齢による腸内細菌叢の変化は?
・マイクロバイオームの構成は健康な人でも個人差があり、マイクロバイオータの密度と組成は、腸内の化学的、栄養的、免疫的な勾配の影響を受ける。
小腸では酸、酸素、抗菌剤の濃度が高く通過時間が短いため、主にプロテオバクテリアや乳酸菌のような通性嫌気性細菌が生息しているが、腸の遠位部では、腸内細菌叢はより多様化し大腸のそれに近づく。
・健康維持にはマイクロバイオームの数だけでなく、その多様性も重要だが、潜在的に有益な細菌(ビフィズス菌、ラクトバチルス菌、ユーバクテリウム菌、フソバクテリウム菌)と潜在的に有害な細菌(スタフィロコッカス菌、ラクトバチルス菌、ユーバクテリウム菌、フソバクテリウム菌)に分類される。
・65歳以上の高齢者ではFirmicutes、Faecalibacterium prausnitzii、およびClostridiumの数が著しく減少している。また、LactobacillusとBifidobacteriumが大幅に減少していることが報告されており、これは代謝物である短鎖脂肪酸(SCFA)およびγ-アミノ酪酸(GABA)という代謝物のレベル低下に関係している。これらの代謝物は、神経伝達物質の分泌調節など、神経系において不可欠な役割を果たしている。
・高齢者の腸内細菌叢にはFusobacteria, Propionibacteria, Clostridiaなどのタンパク質分解菌の増加が認められ、これが腐敗プロセスの発生につながっている。特に抗生物質治療後の患者では、腐敗プロセスの進行につながりやすい。
抗生物質の多用はADの病態における腸内細菌叢に影響を与えると考えられている。
・高齢者は死や離婚でパートナーを失い一人暮らしをしているため、単調な食事になることが多い。さらに歯の問題があると、一定の硬さと構造を持つ既知の製品だけを選び、生の野菜や果物、ナッツ類を使わないようになる。
さらに高齢者は運動能力の制限、怪我の恐れ、やる気のなさなどから身体活動を制限することが多く、これらの要因はすべて腸内細菌の構成と多様性に間接的に影響を与える。
認知機能障害における腸内細菌叢の違いは?
・メモリークリニックの患者128人を対象に、Mini-Mental State Examination(MMSE)スコアとClinical Dementia Rating Scoreに基づいて、94名を非認知症、34名を認知症に分類し、研究者は認知症患者におけるBacteroidesの割合が有意に低いことを示した。
さらに、Firmicutes/Bacteroidetes比が認知症グループで有意に高かった。
・AD患者では腸内細菌叢の多様性が低下し、ファーミキューテスが減少し、バクテロイデーテスが増加し、ビフィズス菌が減少するなど、その組成に変化が見られた。
イタリアの研究者は、認知機能障害とアミロイドーシスを持つ患者では、抗炎症性の分類群であるEubacterium rectaleが少なく、Escherichia/Shigellaの存在率が高いことを明らかにした。
・ NK4A136が23人の痴呆患者のグループで有意に少なく、これは健常対照者と比較して証明された。AD患者と健常対照者では、腸内細菌叢の構成に多くの統計的に有意な差があることが明らかになった。
・軽度の認知障害者では、健常者と比較して腸内細菌叢の多様性に有意な差は認められなかった。
・近年、口腔内細菌叢が脳の機能に影響を与えることが科学的に明らかになってた。歯周病の問題は、神経変性や認知機能の低下とも関連していることが多くの研究で示され、歯周炎に関連する細菌であるPorphyromonas gingivalisが認知症に関与していることが明らかにった。この細菌は、腸内細菌叢を調節する能力があることも示唆されている。
・ 腸内細菌叢の構成と機能の形成を左右する因子の中でも、食事は重要な因子で、短期的な変化および長期的な食事パターンと習慣的な摂取の両方が重要な因子と考えられている。
・健康な高齢者の認知機能に対して、地中海食が有益な効果をもたらすことが観察されている。最近のデータでは,地中海食を続けることで,腸内細菌叢の多様性と豊かさが変化することが示されており、バクテロイデーテスとファーミキューテスが増加し,バクテロイデーテス/ファーミキューテスの比率が変化していることによるものである。
地中海食を12か月間継続することは、612人の高齢者における特定のマイクロバイオームの変化と関連していた。
地中海食を継続した場合、腸内細菌叢は虚弱度の低下や認知機能の改善を示すいくつかのマーカーと正の相関があり、C反応性タンパク質やインターロイキン17などの炎症性マーカーとは負の関係にあった。
・以下の栄養素は、腸内細菌叢の構成や認知機能に影響を与えることがわかっています。
オメガ3、ポリフェノール、ビタミンD
・プロバイオティクス(Bifidobacterium bifidum BGN4およびBifidobacterium longum BORI)を12週間摂取することで、地域に住む健康な高齢者の認知機能と精神機能が改善され、腸内細菌叢の構成が変化した。
ロバイオティクス・ビフィズス菌の補給と適度なレジスタンス・トレーニングを組み合わせることで、精神状態、体調が改善される可能性を示した研究もある。
最近の研究では、腸内細菌叢が中枢神経系(CNS)と消化管の間の双方向のコミュニケーションを多チャンネルで司っていることが明らかになりつつある。
LactobacillusやBifidobacteriumが産生するノルアドレナリン、セロトニン、アセチルコリン、SCFA、GABA、EscherichiaやBacillusが産生するドーパミンなど、腸内細菌は神経系に直接影響を与える様々な代謝物を産生する。
・腸内細菌叢の代謝産物の本質的な特徴は、微生物と微生物,微生物と宿主の両方の相互作用を調節することであり、これらはすべて人間の健康に影響を与える。
・腸内細菌は、アポトーシス、成長、および細菌のホメオスタシスに影響を与える可能性のある多くのシグナル分子を産生します。その他の代謝物は、中枢神経系とのコミュニケーションを介して宿主の様々なプロセスに影響を与える。
・ 腸内細菌叢の構成要素の中には、ビタミンKやビタミンB群のように、適切な免疫機能に必要なビタミンを産生するものもあります。
・腸内細菌叢の異常は、認知機能を制御する視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸の機能に影響を与えることが示されている。さらに神経細胞調節経路で、迷走神経の刺激を介して腸内細菌叢が自律神経系(ANS)とコミュニケーションをとる。
・腸内細菌叢は、計画と意思決定に重要な役割を果たす前頭前野におけるミエリン化、ミエリン可塑性、マイクロRNAの発現の変化を誘導する可能性がある。
・認知機能の低下説明する仮説の多くに炎症プロセスが登場している。
老化が炎症と関連していることはよく知られており、しばしば “inflamaging”(炎症の慢性的な状態)と呼ばれている。
・腸内細菌叢とADとの関連を示すメカニズムの一つとして、ヒトのタンパク質によるアミロイド形成の促進が考えられる。腸内細菌のアミロイドは、ヒトの中枢神経系のアミロイドと三次構造が似ている。細菌の例としては、Escherichia,Bacillus subtilis,Salmonella、enterica、Salmonella typhimuriumなどがあり、腸内細菌のアミロイド蛋白質は、脳内の神経細胞のアミロイド生成に対する免疫システムを強化する可能性がある。
・腸内細菌叢は、トリプトファン(Trp)の循環濃度を調節することができます。Trpは95%がキヌレニン経路(KP)で代謝されます。KPでは神経保護作用のあるキヌレン酸(KYN)、3-ヒドロキシアントラニル酸(3-HAA)(抗酸化作用を持つ)や、3-ヒドロキシキヌレニン(3-HK)やキノリン酸(QUIN)などの神経毒性のある代謝物が生成される[140-142]。腸内細菌叢の異常は、トリプトファンの代謝を変化させ、その結果、神経保護/神経毒性のバランスが変化する。
この経路は、神経炎症を引き起こすことでADの病理に重要な役割を果たしていると考えられている。
・腸内細菌叢はCNSの酸化状態を制御する。酸化ストレスはADの病態に重要な役割を果たしており、抗酸化薬の投与はADの進行を遅らせる効果がある。
腸内細菌叢は、様々な代謝産物(SCFA、ポリフェノール、吸収性ビタミン)や
酵素 (スーパーオキシドディスムターゼやカタラーゼ) の産生を介して酸化状態を制御していると考えられている。一方、腸内細菌叢の異常が生じると活性酸素種(ROS)のレベルに干渉する能力が衰え、抗酸化防御システムが弱まる。
・プロバイオティクスとセレンの同時摂取は、AD患者における抗酸化能力の有意な増加と高感度C反応性タンパク質(hs-CRP)レベルの低下と関連していることがわかっている。アルツハイマー病または軽度認知障害のある成人を対象とした無作為化比較試験のメタ分析ではプロバイオティクスと対照群の間で、マロンジアルデヒド(MDA)とhs-CRPのレベルが有意に低下する一方で、認知機能が有意に改善することが示された。
最近の研究では、プレバイオティクスやシンバイオティクスの補給も、代謝活動を改善し、認知機能を向上させる有意な能力がある可能性が示されている。
・シンバイオティクスは、細菌叢が産生する抗酸化代謝物のバイオアベイラビリティーを増加させ、抗酸化システムの活性を高め、AD患者の認知機能を改善することが示されている。
・腸内細菌叢は多量のアミロイドやリポ多糖を分泌し、内因性神経細胞アミロイドに対する炎症反応を高め、ADの病態に関連するサイトカインの炎症誘発性産生を増加させる可能性がある。さらに微生物叢の異常は伝達物質や神経毒性物質が脳内に入りやすくなり、神経機能に影響を与えて認知機能障害やADの発症・進行につながると考えられます。