ドキソルビシン(DOX)は多くのがん治療に用いられる化学療法剤だが、その強力な抗腫瘍作用から骨格筋などの非腫瘍組織にも毒性を示す。
DOXによる骨格筋毒性の媒介因子として、活性酸素種(ROS)が挙げられる。ROSが過剰産生されると細胞内の酸化物質と抗酸化物質のバランスが崩れて酸化ストレスが生じる。慢性的な酸化ストレスはタンパク質分解を促進し、最終的には筋肉の萎縮を引き起こす。
運動は代謝機能や抗酸化防御機構を高めて有害なROS産生を抑えることで、筋萎縮を抑制する有力な非薬物療法と認識されている。
リンクのレビューは、DOXによる骨格筋毒性における酸化ストレスの関与についての最新の知見と、DOX化学療法中の様々な運動が酸化ストレスや筋肉の再構築に与える影響についての知見をまとめたもの。
【レビューの結論】
DOXによる骨格筋毒性はミトコンドリア機能障害、酸化ストレス、そして骨格筋萎縮を含む複雑なメカニズムに関与している。
運動はこれらの悪影響を軽減するための効果的な介入法として有望で、筋肉の健常性や患者の転帰(アウトカム)を改善する。
しかしながら、特にレジスタンストレーニング(RT)の役割や、運動による保護メカニズムの根底にある仕組みに関しては未解明部分も残っている。
・ドキソルビシン(DOX)は、固形がん、血液がん、軟部肉腫などの治療に広く用いられる非常に強力な抗がん剤だが、非腫瘍組織にも毒性を持つ。特に有名な副作用は心毒性。投与量を管理しても、毒性は心臓に限らず骨格筋にもダメージを与える。筋肉の萎縮、倦怠感、筋力低下といった症状は、治療中だけでなく、治療後の長期間において患者の生活に影響を与える。
・現在、DOXによる骨格筋障害を防ぐ有効な薬物療法は存在せず、薬物療法の代替として栄養や運動といった非薬物的アプローチが注目されている。運動には抗酸化作用や抗炎症作用など様々な健康効果があり、有酸素運動(ランニングやサイクリング)やレジスタンストレーニングは、筋タンパクの分解抑制、合成促進、炎症やROSの制御を通じてDOXによる筋障害を軽減する可能性がある
活性酸素種(ROS)と酸化ストレス
・ROS(活性酸素種、いわゆるフリーラジカル)は正常な細胞機能にも関与し、細胞シグナル伝達や生存に必要不可欠な存在だが、慢性的に過剰になるとDNA、タンパク質、脂質を損傷し、細胞死を招くこともある。主なROS発生源は、ミトコンドリア、ペルオキシソーム、小胞体、NADPHオキシダーゼ、キサンチンオキシダーゼ。
・ROSはミトコンドリア呼吸の副産物として生成される。特にミトコンドリアの呼吸鎖複合体IおよびIIIがスーパーオキシドや過酸化水素を生成し、それらは抗酸化酵素によってすみやかに解毒される。骨格筋にはSOD(スーパーオキシドディスムターゼ)、CAT(カタラーゼ)、GPX(グルタチオンペルオキシダーゼ)などの酵素系抗酸化防御システムが備わっており、ROSの除去に貢献している。しかし、DOX治療ではこれらの抗酸化活性が低下し、酸化ストレスが悪化する。
・DOXは鉄イオンやその他の金属と直接反応してROSを生成する。スーパーオキシドや過酸化水素が鉄や酸素と反応するとヒドロキシルラジカルという極めて反応性の高い分子が生成される。これは酵素では除去できず、DNA損傷を引き起こす。スーパーオキシド大量発生により、ミトコンドリアDNA、心臓、骨格筋、肝臓、腎臓などが深刻なダメージを受ける。
DOXによる骨格筋萎縮における酸化ストレスの役割
・DOXはがん治療において筋肉の維持に役立つ反面、独自に筋肉の萎縮を引き起こすという二面性を持つ。DOXの使用はがんによる筋萎縮を抑えるどころか、逆に筋肉の減少を悪化させる可能性がある。DOXによる筋萎縮のメカニズムはまだ完全には解明されていないが、酸化還元バランスの破綻(redox disturbance)が主因であると考えられている。
・DOXによるROS増加は全ての主要タンパク分解経路の活性化を促進し、筋機能の低下と萎縮を引き起こす。とくにミトコンドリア呼吸の阻害によって生じたROSはカスパーゼやカルパインを活性化してタンパク質分解を引き起こす。ビタミンC補給や抗酸化酵素(例:細胞外SOD)など、酸化ストレスのバランスを整える介入が筋萎縮を予防したという報告がある
ドキソルビシンによる骨格筋萎縮に対する運動の役割
・運動は様々な病理状態において多系統にわたる保護効果をもつ。ドキソルビシン(DOX)化学療法による臓器障害に対しても運動が保護効果を発揮することが複数の研究で示されている。また運動による予備的適応(プレコンディショニング)は、心筋および骨格筋におけるDOX誘発性細胞毒性を軽減する可能性が示唆されている。
・運動は酸化ストレス感受性シグナル伝達経路に作用することで、抗酸化作用および抗炎症作用をもたらす。また、カスパーゼ依存性のアポトーシス経路を調節することで抗アポトーシス効果も示す。また、運動が内因性抗酸化物質の増加、ミトコンドリア生合成の改善、アポトーシスやオートファジーに関わるマーカーの調節、炎症経路の抑制を通じて、酸化ストレスから筋肉を保護することが報告されている。
急性DOX投与と有酸素運動の効果
・20mg/kgの単回DOX投与が骨格筋のストレス増加、プロテアーゼ活性化(カルパイン、カスパーゼ-3)、オートファジー関連遺伝子の発現増加を引き起こすことが確認されているが、有酸素運動によるプレコンディショニングはこれらの悪影響を防ぐ可能性がある。これは筋肉内の抗酸化酵素やヒートショックタンパク質(HSPs)の増加によるものと考えられている。特にHSP72はSODやGPXといった抗酸化酵素をミトコンドリアへ誘導し、心筋および骨格筋の保護に重要とされている。
エクサカイン(Exerkines)とDOX対策
・運動によって分泌されるエクサカインがDOX誘導性酸化ストレスを緩和することで骨格筋障害を改善する可能性がある。
慢性的なDOX投与と運動の長期的効果
・DOXの酸化ストレス誘導作用は長期にわたり持続し、脂質過酸化やタンパク質カルボニル化(酸化損傷のマーカー)の増加、抗酸化活性の低下が観察される。慢性DOX投与では酸化代謝とオートファジーの両方が破綻し、エネルギー産生の低下とタンパク質代謝の不均衡が起こる。対照的に、長期的な有酸素トレーニングはオートファジー機能を改善し、ミオジェン的分化を促進する。プレコンディショニング+治療後の運動療法の併用が、DOXによる骨格筋障害を最も効果的に軽減したという報告もある。
・・エクサカインでいえばRTの方が分泌されそうだけどなぁと思いまながらまとめてましたが、研究数が少ない以上現時点では有酸素運動が有効というこのデータ。
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