ビタミンDという言葉は、人体におけるカルシウム沈着を促進するのに不可欠なビタミンを表す言葉として1922年に正式に使われるようになった。
エルゴカルシフェロール(ビタミンD2)は主に植物性食品に含まれ、コレカルシフェロール(ビタミンD3)は主に動物性食品に含まれており日光暴露によって皮膚で合成される。
妊娠中のビタミンD欠乏は子癇前症、妊娠糖尿病(GDM)、乳児の健康への悪影響などの有害転帰につながる可能性がある。子癇前症の世界的な有病率は2〜8%で、その最も深刻な影響は妊産婦の死亡である。
ビタミンDの供給源
・ビタミンDを多く含む食品は限られている。イワシ、マグロ、サバ、サケなどの脂肪の多い魚やタラ肝油はビタミンDを多く含む。タラ肝油はビタミンDを豊富に含むだけでなく、ビタミンAとn3脂肪酸の供給源でもある。卵とその卵黄、キノコ類、レバーもビタミンD供給源である。
・ビタミンD取合成の主役は依然として日光であり、1日に必要なビタミンD合成の90%を日光が占めていることは強調されるべきである。
生物学的役割と形態
・エルゴカルシフェロール(ビタミンD2)とコレカルシフェロール(ビタミンD3)は、カルシウム代謝と恒常性調節を担うホルモン前駆体として機能する。コレカルシフェロールは日光を浴びることにより7-ジヒドロキシコレステロールから合成され、肝臓で水酸化が起こることで25(OH)Dとしてカルシジオールが生成される。その後腎臓で1α水酸化が起こり、最も強力なカルシトリオール1,25(OH)2Dが形成される。
・妊娠初期は活性型1,25-ジヒドロキシビタミンD3が増加する。このプロセスは副甲状腺ホルモン(PTH)や他のホルモンの影響を大きく受けることから、カルシトリオールのオートクリン・パラクリン的な役割の可能性が強調されている。
・ビタミンDの最も重要な機能は、腸細胞の細胞分化を促進してカルシウムの腸管吸収を促進し、カルシウムのホメオスタシスに寄与することである。副甲状腺はPTを分泌して腎臓での1-α-水酸化を刺激し、カルシトリオール生成につながる。カルシトリオール濃度が高くなるとカルシウム輸送が増加し、さらに骨芽細胞と破骨細胞の活性が調節される。血漿カルシウム濃度が正常値に戻ると、PTH分泌は減少する。
ビタミンD欠乏状態ではカルシウムの吸収が低下し、循環副甲状腺ホルモンが増加する。
骨の健康におけるビタミンDの役割
・ビタミンDは骨の健康維持に重要な役割を果たしている。ビタミンD欠乏は乳幼児や小児ではくる病、成人では後期骨軟化症になる可能性を高める。また、骨粗鬆症や高齢者における転倒や骨折の増加と関連している。
・骨のミネラル化過程は妊娠初期に始まり、妊娠第3期に著しい沈着が起こる。この時期に骨量は劇的に増加し、骨量の90%は二歳時終わりまでに達成される。小児期も成人期も骨ミネラル沈着にとって重要な時期である。
・食事から摂取できるビタミンDは限られており、日光浴が不十分な場合は経口ビタミンDサプリメントの摂取が推奨される。カルシウムとビタミンDの同時摂取が股関節骨折を減少させることが示されているが、過剰摂取は腎臓結石リスクを高める可能性がある。
・カルシウムとビタミンDの同時摂取は、骨密度(BMD)の増強に関連している。
妊娠と母乳育児
・妊娠高血圧症候群は妊産婦死亡の世界的な主因となっている。妊娠中のビタミンD欠乏は子癇前症、妊娠糖尿病(GDM)、早産、SGA(small-for-gestational-age)児の出生、胎児の骨の脆弱化などの有害転帰につながることが様々な研究により一貫して証明されている。
・妊娠中のビタミンD補給によって妊娠合併症リスクが低下する可能性がある。特に非白人人種、BMIが30kg/m2を超える過体重または肥満女性、高緯度地域に居住する女性、11月から3月の間に出産する女性に対して推奨される。
・授乳期間中、ビタミンDを含む微量栄養素必要量は妊娠前レベルには戻らない。母親のビタミンD摂取量が1日あたり4000~6400IU(鵜呑み禁止)であれば、特に母乳のみで育てる母親にとって乳児のビタミンD必要量を効果的に満たすことができることが研究で示されている。
免疫系、その他の効果
・ビタミンD受容体は免疫細胞を含む全身に分布しており、免疫系の健常性に直接的に影響を及ぼす。
・ビタミンD欠乏は呼吸器感染症と関連している。上気道疾患リスクと臍帯血中のビタミンD(25(OH)D)レベルとの間に逆相関が確認されている。ビタミンD濃度が20ng/mL未満で生まれた新生児は30ng/mL以上で生まれた新生児に比べて、1歳時のRSウイルス細気管支炎リスクが6倍高いことが観察されている。重度の欠乏症の場合、急性呼吸器感染症においてビタミンD補充が不可欠であることが証明されている。
・妊娠中のビタミンD補給が小児喘鳴エピソードのリスクを低下させ、25(OH)D3レベルの低さが喘息に直接関係する可能性が報告されている。
・ビタミンD欠乏はアトピー性皮膚炎と関連する。罹患患者は血清ビタミンD濃度が正常値より低いことが示されている。ある研究では、ビタミンD補充が冬に関連した皮膚炎をもつ小児に有効である可能性が示唆された。
ビタミンDと糖尿病
・妊娠中のビタミンDの欠乏は妊娠の有害転帰、特に子癇前症と糖尿病に関連している。
糖尿病は子癇前症の独立した危険因子として認識され、インスリン抵抗性が子癇前症の病態生理に大きく関与している可能性が指摘されている。子癇前症リスクが低い健康な妊婦と子癇前症の妊婦との比較では子癇前症妊婦は妊娠中およびその後の数年間にインスリン抵抗性および糖尿病を発症する可能性が高いことが明らかになった。
・妊娠22〜26週で同定されたインスリン抵抗性が独立して子癇前症を予測し、糖尿病が自律的な危険因子であることが立証された。さらに、子癇前症と糖尿病の相互関係が観察され、子癇前症は糖尿病発症リスクの上昇と関連していた。
・1型糖尿病と子癇前症の妊婦は、子癇前症でない妊婦に比べてビタミンD濃度が低いこともわかった。
リンクのレビューは、妊婦の血清中ビタミンD濃度が子癇前症のリスクと相関する可能性があるかどうか、また、ビタミンD濃度が子癇前症の予防因子、あるいは危険因子として、さらには予後の指標として作用する可能性があるかどうかを批判的にまとめ、精査したもの。
結果
対象に含まれたほとんどの研究で、ビタミンD欠乏と子癇前症リスクとの間に有意な相関があることが示された。また、ビタミンD摂取量が多いほど発症リスクが低いことも明らかになった。
レビューに含まれた31論文のうち、併存疾患の有無にかかわらずビタミンDレベルと子癇前症との間に有意差を示さなかったのはわずか7論文だった。
低ビタミンDレベルは、出産中または出産後に母体にもたらされる直接的な健康リスク(死亡を含む)に加え、新生児や小児にも影響を及ぼす可能性がある。
多くの研究において、妊婦がビタミンDサプリの摂取によっての望ましい保護レベルに達し、有害な妊娠転帰を回避できたという結果が得られた。
Vitamin D Deficiency as a Risk Factor of Preeclampsia during Pregnancy
・研究に参加した妊婦に対して様々な種類の介入やモニタリングが実施され、ほとんどの研究でビタミンDサプリメントの投与が行われた。子癇前症の経過に対してビタミンDを補充することから得られた結果は有望だった。多くの場合、ビタミンD欠乏または不足は独立した危険因子だった。
・子癇前症は胎盤の病気である可能性があるが、メカニズムは不明。ビタミンDは初期の胎盤に影響を与え、母体-胎児相互作用において免疫調節因子として重要な役割を果たすことが示唆されている。ある研究では、低レベルのビタミンDが胎盤の発育に影響を与えることが証明されている。
・肥満度が高くなるにつれてビタミンD欠乏症リスクも高くなることは特筆に値する。
いくつかの研究で妊婦の合併症が重要な役割を果たしている可能性が指摘された。例えば、糖尿病女性は子癇前症発症リスクが高く、このような特定の集団ではビタミンDの経口摂取が子癇前症を予防する、あるいは子癇前症を発症する可能性を回避する可能性がある。
・理論的には、妊娠中ビタミンD濃度を頻繁にモニターすることで、母親の健康状態を改善することができる。食事からのビタミンD摂取量も同時にモニターし、食事から可能な限り高濃度のビタミンDを摂取できるようにすれば、さらなる改善が期待できる。