妊娠中は母親と新生児の命が食事によって影響を受ける脆弱な期間であり、特に炎症性腸疾患(IBD)の妊婦はIBDではない妊婦と比較して、早産、低出生体重児またはSGA児、流産、死産などの有害な妊娠転帰リスクが高く、帝王切開分娩の割合が高くなる。
周産期におけるバランスのとれた食事は妊婦の最適な健康をサポートし、その子孫に長期的な影響を与える。IBD患者は制限食、栄養失調、薬剤と栄養素の相互作用、回腸からの吸収低下などの要因により潜在的にに栄養不足に陥りやすい状態にある。
妊婦の食生活を調査したノルウェーの研究では、IBDではない妊婦と比較してIBD妊婦は赤身の魚または魚製品、ジャガイモ、米粥、野菜を多く摂取することを特徴とするノルウェーの伝統的な食事パターンを守る傾向が低く、砂糖や飽和脂肪を多く含む食品・飲料を多く摂取する欧米食パターンに偏る傾向があることが明らかになっている。
また、ノルウェーの伝統的な食生活を守っているIBDの妊婦はSGA児を出産する確率が低かったという。
さらに、IBD妊婦はIBDではない妊婦と比較して乳製品からタンパク質を摂取する割合が低いことが判明。
また妊娠中の母親の食事は、乳児のマイクロバイオーム構成と関連しており、これは生後間もない時期にバランスのとれた免疫系をプライミングするために重要であると報告されている。
IBD女性から生まれた乳児はIBDではない女性の乳児と比較して、マイクロバイオームの多様性が低く、糞便カルプロテクチン(腸の炎症バイオマーカー)レベルが高いことが実証されたことは重要な知見である。
近年、IBDの寛解を誘導するための食事介入の有効性が研究で証明されているが、IBD妊婦のための栄養に関する研究はまだ少ない。
リンクの研究は、米国在住のIBD妊婦とIBDではない妊婦の食事パターンと食事の質を調査し、
米国産科婦人科学会、アイルランド王立医師会、米国国立衛生研究所、WHOガイドライン、カナダ産科婦人科学会が定めた妊娠中の食事ガイドラインと比較検討することを目的としたもの。
妊娠27-29週のIBD妊婦(n =88)とIBDのない妊婦(n =82)の食生活を評価。
結果
亜鉛摂取量、動物性タンパク質(g)、全粒粉換算量はIBD群より健常対照(HC)群で有意に高かった。
有意差はないが群間で懸念される栄養素は、鉄、コリン、マグネシウム、カルシウム、水分摂取量。
ほとんどの妊婦が妊娠中に推奨される食事栄養素を満たしておらず、特にIBD女性には注意が必要と結論。
Dietary Intake of Pregnant Women with and without Inflammatory Bowel Disease in the United States
・IBD妊婦もIBDではない妊婦も政府や研究機関が妊娠中に推奨する栄養素や食品成分のほとんどを摂取していないことがわかった。ほとんどの女性が食品からの不十分な栄養素の摂取を補うために妊婦用サプリメントを摂取していると報告したが、IBD妊婦とHCグループは食品からの摂取だけでは妊娠中に推奨される栄養素のほとんどを摂取できていないことが判明した。
・IBD女性で特に不足が懸念されるのは、亜鉛、鉄、カルシウム、マグネシウム、コリン、葉酸、B6、B12、水分、食物繊維などの栄養素。
・妊娠中は鉄の必要量が増加し、特にIBD女性では著しい炎症、貧血に悩まされ心血管系の予後不良や妊娠中の体重増加が最適ではなくなる可能性がある。妊婦の1日の推奨摂取量は約27mg。植物性食品に含まれる非ヘム鉄は動物性食品に含まれるヘム鉄よりも体内で吸収されにくいため、ベジタリアンやビーガンの鉄の推奨量は1.8倍になる。
IBD患者の36~90%が鉄欠乏性貧血(IDA)で、妊娠中の15~20%がIDAであると推定されている。これは母親と乳児の両方にとって妊娠転帰を悪化させることにつながる。
・食物繊維の適切な摂取量は1日あたり28g。食物繊維は妊娠中は特に重要な食事成分で、鉄分による便秘を緩和するのに役立つ。また、炎症、妊娠糖尿病、心血管系転帰など妊娠中の特定の問題を軽減するためにも有効。
しかし一般集団においても食物繊維摂取量は推奨される1日あたり28gを下回っており、2001年以降の全米健康栄養調査(NHANES)では20~40歳の授乳していない妊娠中女性(n =1003)の1日の食物繊維平均摂取量は17.3gだった。
この研究では、IBD妊婦のうち推奨される1日あたり28g以上の食物繊維摂取を達成しているのは33%に過ぎなかった。
食事によってIBDから保護できるメカニズムの一つとして、粘膜バリアの完全性をサポートする短鎖脂肪酸産生細菌を促進する食物繊維豊富な植物ベース食品の摂取が挙げられる。十分な食物繊維摂取は妊娠中女性の健康だけでなく、SGA、早産、胎児発育制限などの乳児の転帰を予防するためにも重要。
・両グループとも、妊娠糖尿病リスク上昇につながる飽和脂肪を含む食品を過剰に摂取していた。
・IBD群はHC群に比べ亜鉛とカルシウム摂取量が少なかった。カルシウムと亜鉛摂取量が少ないことは母子ともに有害な妊娠転帰リスクと相関している。炎症性腸疾患研究国際機構(IOIBD)
・医療従事者は妊娠中IBD患者に食事に関するカウンセリングを十分に行えていない。
妊婦に対する食事ガイドラインは不足しており、特にハイリスク妊娠の患者にとっては有害な結果をもたらすリスクが高まっている。現在のデータでは、妊娠中のIBD患者のうち妊娠中のIBDについて医師から教育を受けたと回答したのは37%に過ぎない。さらに胃腸科医から妊娠に特化した情報を得たと回答した患者はわずか10%で、情報を得た患者のうち48%はその情報が不十分だったと回答した。
・妊娠中に食事カウンセリングを受けた女性はより多くの果物や野菜を食べ、胎児の健康な成長と発達を促進することが示されており、より多くの食事介入が必要であることが示唆されている。
今後は妊娠転帰と子孫への影響を考慮して食事の欠乏と過剰の原因を明らかにし、IBD患者の教育のために質の高い情報を与え、食生活を改善する必要があるだろう。