医療技術の進歩により、乳がんによる死亡率は低下傾向にあるという。
しかし、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)に対しては手術以外の有効な治療法は未だ確立されていない。
乳がんに限らずがん全般において、代謝リプログラミングはがん発症および進行の本質的な特徴と考えられている。
グルコース、アミノ酸、脂質などの栄養素の取り込みと代謝リプログラミングは、腫瘍の成長要求を満たし、特にアミノ酸代謝のリプログラミングは腫瘍の発生に重要な役割を果たすことから、グルタミン、アルギニン、グリシンといったアミノ酸が乳がんや他の種類のがんにおいて広く研究されている。
腫瘍の成長に加えて、代謝の可塑性も高い転移能を持つ腫瘍細胞を非転移性腫瘍細胞と区別する重要な特性の一つ。転移性がん細胞は通常、適応要件を満たすために複数の代謝経路を同時に作動させる。
代謝リプログラミングは免疫細胞においても重要な役割を担っており、例えばリンパ球は生存するためにグルコースを必要とし、活性後のグルコース消費の増加はリンパ球のエネルギー的および生合成的要求をサポートする。また、特定の栄養素の利用能がT細胞を操作することで自然免疫と適応免疫に影響を与えるなど、免疫細胞とがん細胞間の代謝的クロストークががん発生に重要な役割を果たすことが判明している。
アデノシンや乳酸などの腫瘍由来代謝産物は、免疫細胞の抗腫瘍反応を制限することがある。
腫瘍微小環境(TME)における腫瘍主導型グルコース制限は免疫細胞におけるグルコース利用能、ひいては解糖を減少させて抗腫瘍機能を損なわせる。
腫瘍細胞ではアミノ酸消費量が増加すると同時に免疫細胞でもアミノ酸取り込みが増加し、腫瘍関連細胞との相乗効果でアミノ酸欠乏環境を作り出す。
最近の研究では、BCAA代謝は膠芽腫、肝細胞癌(HCC)、膵管腺癌(PDAC)、非小細胞肺癌(NSCLC)、急性骨髄性白血病(AML)、乳癌などの様々な腫瘍の成長と進行に密接に関連していることが判明している。また、BCAA異化の重要な制御因子であるBCKDKがヒト大腸がんや肝細胞癌の転移促進因子として作用する可能性が示されている。
食事性BCAAの補給は肝腫瘍の成長を抑制するが、PDACを促進する。
他の研究でも、食事性BCAAレベルがマウスにおける肝がんやPDACなどの腫瘍の発生と正の相関があることが報告されている。
しかし、BCAA摂取が乳腺腫瘍の発生や転移に影響を及ぼすかどうかは依然として不明。
BCAAが癌に関与するメカニズムとして、mTORシグナル伝達経路を刺激して腫瘍の成長を促進することが指摘されている。
食事からのBCAA摂取が乳腺腫瘍の進行や転移に与える影響についてはまだ十分に検討されていない。
リンクの研究は、遺伝子モデルまたはマウスの食事によるBCAA摂取量の増加によって、BCAA値の上昇が乳がんの腫瘍増殖と肺転移を抑制することを予想外に見出したと報告している。
解析の結果、BCAA異化遺伝子発現が乳がん患者の長期的転帰と強く関連することがわかった。
BCAA異化の遺伝子異常によりBCAAが蓄積するPp2cmノックアウトマウスでは、乳がん腫瘍の増殖が抑制されることがわかった。
Pp2cmノックアウトマウスでは細胞増殖や腫瘍血管系には影響がないものの、腫瘍内でより多くの細胞死が起こり、ナチュラルキラー(NK)細胞の増加を伴っていた。
重要なことは、BCAAの食事摂取量を増やすとマウスの乳房腫瘍の成長が抑制されることである。また、Pp2cmノックアウトマウスと高BCAA食摂取マウスでは原発性乳がんからの肺転移が少ないことから、高BCAA食も乳がんの肺転移を抑制することが示唆された。
さらに、低BCAA食は尾静脈モデルにおいて乳がん細胞の肺コロニー形成を促進することがわかった。
結論
このマウス研究では、乳がん細胞の移動・浸潤能力は高濃度BCAAによって損なわれた。
高濃度BCAAによる腫瘍の転移および細胞の移動・浸潤能力の抑制は、N-カドヘリン発現の減少を伴っていた。
これらの知見は、高濃度BCAAが乳がんの腫瘍増殖と転移を抑制することを示しており、乳がん治療におけるBCAA食事摂取量の増加の潜在的な有用性を示している。
Elevated BCAA Suppresses the Development and Metastasis of Breast Cancer
・BCAA代謝リプログラミングがTNBC患者の生存と強く関連していることが示された。
また、BCAAを上昇させると乳腺腫瘍の成長と転移が抑制される。
・腫瘍増殖の抑制は、NK細胞活性の亢進を伴っていた。
転移の抑制は、がん細胞の移動とN-カドヘリン発現低下を伴っていた。
・BCAAが増加することでTMEにおけるBCAAの非効率性が克服され、乳がんにおけるNK細胞の活性が高まると推測される。BCAAがNK活性を促進するメカニズムについてはまだ調査中。 mTORシグナル伝達経路はBCAAによって活性化され得る。mTORC1活性はNK細胞の発生とエフェクター分子IFN-γおよびグランザイムBの発現を含む成熟NK細胞の活性化誘導機能反応に必須。
・高BCAAは担癌マウスのNK細胞によるIFN-γとグランザイムBの分泌を増加させることが明らかになった。BCAAはmTORシグナル経路を制御することでNK細胞の応答を高める可能性がある。
さらに、上昇したBCAAがNK細胞による多くのタンパク質ビルディングブロックを提供する可能性がある。
・BCAAで抑制された乳がん転移はN-カドヘリン発現量の低下を伴っていた。
N-カドヘリンは、腫瘍の浸潤に重要なタンパク質。N-カドヘリンの発現が増加すると、in vitroで複数の種類の上皮性がん細胞の移動・浸潤能力が高まることが研究で証明されている。
さらに、乳がん、膵臓がん、前立腺がん、メラノーマのマウス腫瘍モデルにおいてN-カドヘリンの発現が腫瘍の遠隔転移を促進することが証明されている。
したがって、N-カドヘリンはBCAAが抑制するがん転移の重要なメディエーターとして作用している可能性がある。
・生存率解析から、BCAAによる代謝リプログラミングが乳がん患者の転帰と強く関連することが示唆された。BCKDKの増加やPPM1Kの発現低下から、BCAA異化の抑制が生存率の低下と関連していることがわかる。この相関は、BCAA異化の抑制ががん細胞の増殖を促進するという過去の報告と一致する。この相関関係から、BCAA摂取量の増加は、腫瘍の進行を促進すると考えられる。
しかし、この研究のデータはBCAA摂取量の増加が腫瘍の進行を抑制することを示している。
この予想外の結果は、マウスでのBCAA摂取増加による免疫機能の向上と相関している。
BCAAが増加すると免疫細胞による免疫促進作用ががん細胞に対する腫瘍促進作用に打ち勝ち、腫瘍の成長を抑制することになる。
・腫瘍細胞におけるBCAA異化作用の低下が生存率の低下と相関していても、環境中のBCAAが上昇することで生存率の向上と相関する可能性がある。市販のBCAA製品が容易に入手できることから、上記の知見はBCAA摂取量を増やすことが乳がんの腫瘍進行を遅らせ、免疫療法を後押しする実用的な食事療法を提供する可能性を示唆している。