大うつ病性障害(MDD)が世界的に深刻な問題となっていたが、COVID-19パンデミックによりMDDはこの2年間でさらに世界的に加速している。
抑うつや気分障害、睡眠障害、食欲不振などのご相談で当院を訪れる患者さんも増加の一途を辿っている。
MDDの影響には、欠勤、職場での生産性低下、機能障害や身体障害などが挙げられ、若い男性では自殺リスクや心血管系死亡リスクも増加する。
これらの事象は、うつ病やその合併症治療にとって無意味な治療や管理に起因していると考えられている。
当院ではもちろん薬の処方などはできないので、通常診療に付随する形でライフスタイル全般のアドバイスを行なっている。中でも栄養学的アプローチのアドバイスは重点を置いて行なっている。MDD有病率の上昇と必須栄養素の欠乏との関連は多くの研究で指摘されており、それらの研究はググればすぐに誰でも手の届く範囲で検索でき読むことができる。
MDDの重要な環境因子である食事は、摂食障害や偏った微量栄養素摂取の影響からDNAにエピジェネティックな痕跡を残し、結果的にシグナル伝達や発現機構を損なう可能性がある。
アメリカ精神医学会のDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition)には、7つの摂食障害が記載されている。
また、若年層は超加工ファーストフードや不適切な西洋食に常にさらされており、必須栄養素や多量栄養素の不均衡が起こり、微量栄養素欠乏が発生している。
精神疾患はエピジェネティクスと呼ばれる環境因子と遺伝要因の相互作用によって生じ、これらの主要因子は、分子、細胞、回路、構造の変化により身体全体や脳の機能的変化を引き起こす。エピジェネティクスはDNA配列に変更を加えることなく遺伝子発現やその産物の機能に変化・異常をもたらし、それらを活性化したり停止させたりすることが国立ヒトゲノム解析研究所によって報告されている。
エピジェネティック機構の異常を引き起こす主要なメディエーターには、DNAメチル化、ヒストン修飾、マイクロRNA(miRNA)、長鎖非コードRNA(lncRNA)で、大うつ病に関与する経路を標的としている。
ヒストンはリジン、アルギニン、セリン、スレオニンを多く含むタンパク質で、メチル化、アセチル化、ユビキチン化などの修飾に関わる。
メチオニンと葉酸はエピゲノムダイエットの特徴で、DNAやヒストンのメチル化反応のための普遍的なメチル供与体であるS-アデノシルメチオニン(SAMe)を提供する。
SAMeの他にも、ビタミンB6、B9、B12、亜鉛などの補酵素やメチル基供与体が摂取されないと代謝欠乏につながる。これらの栄養不足はホモシステインやメチルマロン酸の高値と相関しており、MDDだけでなく精神病、自殺念慮、あるいはアレキシサイミア、躁病、強迫性障害にも関連している。
B12に関しては、神経変性疾患や神経精神疾患のマーカーの一部となることが提案されている。
栄養素不均衡や欠乏は、微生物叢の不安定化によるディスバイオーシスも引き起こす。
ディスバイオーシスでは微生物によるB12の生産ができないためB12欠乏を招き、食事制限によりB6、B9といった他のビタミン欠乏を招く。これらのビタミンが不足するとレドックス関連遺伝子のメチル化レベルに影響を与え、酸化ストレスが発生する。
オメガ3PUFA、特にDHAは脳の機能と保護、神経細胞膜の流動性と神経伝達物質の放出、モノアミン酸化酵素の生産、アンバランスな神経伝達につながるリン脂質合成に影響を与えるニューロン機能に重要。
MDDで最もよく見られるビタミンD欠乏は、食事からの摂取不足と日光への露出不足から生じている。ビタミンDがドーパミン作動性ニューロンの発達とGDNF発現に果たす役割はよく知られている。また、酸化ストレスに関連したタンパク質の酸化に対する保護、感染症に対する防御、DNA修復における重要な役割などビタミンDには多くの機能がある。
栄養失調のエピジェネティックな影響に関する最近の論文では、MDDマネジメントにおいて食事を提案し、非常にシンプル2つの栄養介入の方法を推奨している。
(1) 不健康な食品・製品や栄養素の摂取を制限する。
(2)栄養不足に対処する。
我々ヒトのエピゲノムは栄養状態によって形作られ、食事の成分はDNAメチル化パターンを変化させる経路に影響を与える力を持つ。
したがって、食事の質と精神的健康の間には生化学的な経路があると結論づけることができる。
ビタミン、ミネラル、ポリフェノール、ω-3系多価不飽和脂肪酸および健康効果を持つハーブ化合物を含む食品を確保し、非伝染性多因子疾患および精神障害を予防することが望ましい。
Diet Restrictions, Epigenetics and Depression
多くの栄養素に関する研究により、MDDやパーキンソン病、アルツハイマー病のような神経変性疾患の病態生理を変化させる側面が示されている。
MDDの予後を改善し、発症や関連する神経障害、食事に関連するエピジェネティックな変化を予防するためには栄養神経科学と栄養心理学を完全に理解する必要がある。