近年の栄養学に関する研究では、個別の栄養素の機能よりも栄養素の相互作用や相乗効果を考慮した食事パターンがテーマになっている。
それは認知機能と食事パターンの関係を検討した多くの研究でも一緒で、特定の食品の組み合わせが個々の栄養素単独よりも大きな効果をもたらす可能性が示唆されている。
特に、認知機能の低下を抑えるために食品多様性に富んだ質の高い食要素を組み合わせた地中海食、DASH(Dietary Approaches to Stop Hypertension)食、MIND(Mediterranean-DASH Intervention for Neurodegenerative Delay)食が活発に研究されており、認知機能低下やアルツハイマー(AD)リスクの低下と関連が示唆されている。
一方で、MINDダイエットや地中海式ダイエットは欧米の食生活を参考に開発されており、食生活が大きく異なる日本にそのまま適用することは難しい。
リンクの研究は、日本人高齢者の実際の食事分析により、食事パターン間の認知機能の違いを検討することで日本人など東アジアの高齢者に適用しやすい認知機能低下を抑制する食事パターンを明らかにすることを目的としたもの。
地域在住の65歳以上の高齢者150名が対象。
クラスター分析により、穀類を多く摂取する高炭水化物(HC)食事パターンと、豆類、野菜、魚介類、肉、卵を多く摂取するタンパク質バランス型(PB)食事パターンが同定された。
認知機能は、HC群に比べPB群で有意に高かった。
次に、65歳以上の高齢者267名を新たに募集し、食事摂取量と記憶パフォーマンス認知機能を測定した。認知機能は、一般高齢者コホートと認知機能低下コホートの両方で、HCパターンで有意に損なわれていた。
これらの知見は、日本人高齢者において、低炭水化物・高タンパク質摂取の食事パターンが良好な認知機能と関連していることを示唆している。
Protein-Balanced Dietary Habits Benefit Cognitive Function in Japanese Older Adults
・PBパターン食で摂取量が多い豆類、緑黄色野菜、その他の野菜、魚は、MINDダイエットで推奨されている食品。地中海食とDASH食は認知機能の低下を遅らせ、ADのリスクを低減させることがわかっている。
MINDダイエットは、神経変性遅延のためにこの2つを組み合わせて作られた。
・大豆製品の摂取量が多いほど認知機能が向上することがいくつかの研究で示されている。
大豆食品の神経保護効果に関する研究では主に大豆イソフラボンに焦点が当てられている。
・野菜、特に緑野菜の摂取は認知機能の低下の抑制と関連している。
緑野菜には、カロテノイド、フラボノイド、ビタミンEが豊富に含まれており、これらは認知機能低下のリスクを低減すると考えられている。
・週に1回以上魚を食べると認知症のリスクが低下することが報告されている。
・PBパターンは、タンパク質が豊富で炭水化物の含有量が比較的少ないのが特徴。
高インスリン血症と糖尿病はADの重要な危険因子である。MCIを対象とした臨床試験では、6週間の低糖質食介入により、空腹時血糖値、空腹時インスリン、体重が有意に低下し、言語記憶機能が改善された。
高インスリン血症は中枢神経系の炎症と神経変性を促進する。超低炭水化物食は神経変性に関連する炎症因子を減少させることが報告されている。
HCパターンでは、精白穀物の多量摂取によるインスリン分泌と、それに伴う認知機能の低下が懸念される。
・高タンパク質摂取は認知機能を保護する可能性がある。タンパク質からのエネルギー摂取量が少ない人では認知症リスクが増加することが報告されている。
また、長期的なタンパク質摂取量が多いほど、自覚的な認知機能低下を起こす確率が低いことも報告されている。特に、肉など動物性タンパク質はタンパク質吸収率が高く、ランダム化介入試験において認知反応時間を有意に改善することが報告されている。
豚肉、鶏肉、魚に含まれるヒスチジン含有ジペプチドであるイミダゾールジペプチドは、認知機能保護作用を有する動物性ペプチドとして注目されている。
・PBパターンはHCパターンに比べて、脂肪、特に動物性脂肪の摂取量が多くなる。これまでの研究では、日本人高齢者の認知機能スコアと脂肪摂取量、特にオレイン酸の摂取量には正の相関があることが示されている。
オレイン酸は、オリーブオイルだけでなく、動物性脂肪に含まれる脂肪酸で、豚肉の脂肪であるラードや牛脂肪には、全脂肪中50%近くのオレイン酸が含まれている。
日本の食文化では欧米ほどオリーブオイルが一般的ではないため、動物性脂肪がオレイン酸の供給源としてオリーブオイルの役割を代替している可能性がある。
・食事多様性スコアが高くなると認知機能低下が抑制されること、推奨食品摂取量スコアが高くなると認知機能低下が抑制されることが明らかになっている。
高齢者の栄養摂取能力は若年者に比べて劣り、単調な食事の影響を受けやすいため、特に高齢者の脳機能を維持するためには、食事の多様性を損なわないようにすることが重要である。
・食事の多様性が腸内細菌叢の多様性を高め、様々な生理活性物質のバランスを確保することで健康維持に役立つ可能性が示唆されている。
結論
豆類、肉類、魚介類、卵、野菜など、タンパク質を豊富に含むバランスのとれた食事パターンが日本人高齢者の良好な認知機能に有益であることを示唆。