兵士、特に特殊作戦部隊の兵士は「戦術アスリート」とも呼ばれ、競技アスリートに近い身体能力を持っている。
また、兵士は身体能力に加えて高い認知機能を必要とし、肉体的・精神的ストレスや疲労の中で意思決定を行わなければならない。
近年、アスリートと兵士における身体的パフォーマンスの向上における栄養とサプリの役割が広範囲に研究されているが、心理的および認知的パフォーマンスの向上に関するデータは少ない。
リンクのレビューは、β-アラニン補給が兵士のパフォーマンスに及ぼす潜在的な役割に焦点を当て、β-アラニンの生理学的役割と身体的および認知機能パフォーマンスを高めるための潜在的な食事介入としての利用可能性に焦点を当てている。
また、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、軽度外傷性脳損傷(mTBI)および熱中症など、兵士の戦闘経験による特定の問題に対する回復力にβ-アラニンが持つ可能性のある役割についても議論している。
・β-アラニンは競技アスリートが使用するサプリメントの1つになっており、β-アラニン補給が骨格筋パフォーマンスを向上させる能力についてエビデンスが十分に確立されている。
兵士にも同様の効果があることが報告されている。
・β-アラニン補給は心的外傷後ストレス障害、軽度外傷性脳損傷、熱ストレスに対する回復力を高めることができることを示す証拠がある。
認知機能に関する証拠は決定的ではない。
・投与方法
β-アラニン補給の有効性を示す研究では1.6~12g/day、期間2週間~6ヶ月のサプリメントレジメンが使用されていた。
それらの投与プロトコルは、ベースラインレベルから23~200%の範囲で筋カルノシン含有量の有意な増加をもたらした。
より高用量の摂取で知覚異常の症状を引き起こすリスクが高いことから6.4g/dayまでの用量となったが、現在ではβ-アラニンの徐放性製剤の開発により、知覚異常のリスクを伴わずにより多くの1日摂取量を確保できる。
大学生を対象にした1日6gと12gの比較研究では、1日6gを4週間摂取した場合と比較して、12gを摂取した場合は2週間で筋カルノシンが増加することが確認されている。
・β-アラニンのサプリメント摂取の有効性
β-アラニン補給は高強度かつ長時間の運動性能を著しく向上させることが知られている。
β-アラニン補給最大の人間工学的可能性は持続時間が60~240秒の高強度活動中にあるようだ。
・兵士におけるβ-アラニン補給
兵士のパフォーマンスには長時間のランニングや短距離走、装備を背負ったり負傷した仲間を運ぶなどの高重量の持ち上げ、肉体的ストレス下での白兵戦や戦術的射撃といった多くのチャレンジが含まれる。
これらの身体的課題は睡眠不足による認知的ストレス下で行うことが求められる場合もある。
2つの研究で、高強度軍事活動中の兵士のパフォーマンスに対するβ-アラニン補給(6g/day、4週間)の効果が実証されている。両研究とも、エリート戦闘部隊の兵士が戦闘スキル開発、プレッシャー下の肉体労働、航行訓練、自己防衛/白兵戦、コンディショニングなどの軍事訓練タスクに従事。β-アラニン補給兵士はプラセボ補給兵士と比較して、下半身のパワー(ピークジャンプ力など)および精神運動能力(標的との交戦速度、誤射後の射撃精度など)の維持に有効であることが示された。
また、β-アラニン補給兵士で、50mの負傷者運搬タスクおよび認知機能(活発な実弾射撃場で行う数学的計算)の向上が報告された。
2.5km走、1分間スプリント、反復スプリント(5×30m)には変化が見られなかった。
射撃性能の向上は、筋カルノシンの上昇が立射および膝をついた射撃姿勢の維持による筋繊維の耐疲労性向上、ならびに標的捕捉および射撃時の武器の安定性を補助する筋力に関係していると考えられている。また、動物モデルにおいてβ-アラニンが血液脳関門を通過し、脳内のカルノシンレベルを上昇させることが示されたことから、激しい軍事訓練に伴う酸化ストレスの軽減も改善に関係している可能性がある。
激しい軍事訓練に対する炎症反応に対するβ-アラニン補給の効果を調べた研究は、1件しかない。この研究(27.8km/dayの距離を毎日移動、体重の50% を荷物に詰めて5日間の激しい軍事訓練に2回参加 、1日あたり約5時間睡眠)では、特殊作戦の兵士に高用量(12g/day)のβ-アラニンを1週間摂取させた。
β-アラニン補給兵士では、循環血中IL-10(炎症カスケードの後半に上昇が認められる抗炎症性サイトカイン)濃度がより高くなり、高強度軍事訓練に対する治療効果の可能性が示唆された。
・β-アラニンと兵士の認知機能
特殊作戦部隊の兵士は疲労、精神的ストレス、大きな身体的負担、時には銃撃や爆発の状況下で意思決定を行うことが求められるため兵士の認知機能は重要。
現役兵士の認知機能に対するβ-アラニンの潜在的役割を検討した研究は2件しかなく、さらに実験室で行われた軍事作戦のシミュレーションを検討した研究も2件しか行われていない。
β-アラニン補給兵士とプラセボ補給兵士の間で成績の差は見られなかった。しかし、戦術的機能(兵士が射撃中に誤射を認識して修正し、ターゲットに正確な射撃を継続することを要求することによって評価)は、プラセボ群に比べてβ-アラニン群で正確さと交戦速度の向上が観察された。これは、疲労の軽減、または認知的意思決定能力の向上と関連している可能性がある。
2つ目の研究では、静止した標的に対して連続的に実弾射撃を行っている間に射撃場内で実施した。兵士は活発な射線からの大きな騒音にもかかわらず集中力を維持する必要があった。
このような環境は不安レベルを高め、数学的問題の解決を困難にし、兵士の認知パフォーマンスを著しく低下させることが報告されている。
β-アラニン摂取兵士は、プラセボ摂取兵士に比べ、2分間のテストでの正解数が有意に多くなった。高度のストレス刺激に対してはカルノシンレベルがある程度の回復力を提供し、結果として認知機能を維持するような潜在的な変化をもたらすと考えられる。
実験室環境で睡眠不足を伴う軍事作戦をシミュレートした研究では、19人の男子大学生(6人は米軍の元兵士で、10人の参加者は米軍予備訓練隊に積極的に参加)がβ-アラニン群とプラセボ群に無作為に振り分けられ、2週間のサプリメント摂取期間(12g/day)の後、24時間の模擬軍事作戦を睡眠を一切許可されない状態で行った。
試験の結果、数学的処理に有意な群間差は見られず、ベースラインからの変化も認められなかった。
プラセボ摂取者は24時間後の視覚反応時間が遅くなったが、β-アラニン摂取者は試験期間中、視覚反応時間を維持することができた。
β-アラニン摂取者は、プラセボ群に比べミス回数が有意に少なかった。
研究者は、β-アラニンの補給は潜在的な認知的利益をもたらす可能性があると結論づけ、持続的な軍事作戦中にストレス下で決断し、実行機能のミスを最小限に抑える能力は、ミッションの成功に不可欠であることを考えると、戦術的アスリートにおけるβ-アラニン使用を支持する興味深い証拠である。
・心的外傷後ストレス障害(PTSD)とβ-アラニン
ある動物実験では、β-アラニン補給が脳内のカルノシンレベルを上昇させ、海馬におけるBDNF発現の増加と5-ヒドロキシインドール酢酸(すなわちセロトニンの代謝物)の減少が報告された。これらの変化は動物の不安の軽減と関連していた。
ラットは捕食者のにおいストレス(PSS)刺激にさらされた。PSSに暴露する30日前から、β-アラニンとグルコマンナンを組み合わせたもの投与した。グルコマンナンは、吸収を遅らせ、徐放性製剤として作用するために用いられた。その結果、PSSに暴露された動物にβ-アラニンを摂取させることで回復力を高める効果があることがわかった。
β-アラニンを摂取してPSSに曝露したラットは、通常の餌を与えた動物に比べ有意に不安指標が低かった。さらに、β-アラニンを与えたラットは、脳の海馬、皮質、視床下部、扁桃体、視床の各領域でカルノシンの有意な上昇を観察した。
また、海馬ではBDNFの発現が有意に上昇した。海馬のBDNF発現およびカルノシンの上昇は、不安指数と逆相関していた。
この研究は、β-アラニンがPTSDに対するレジリエンスを高める可能性を示す最初の証拠となった。
・β-アラニン補給と熱ストレス
熱射病はスポーツ選手や兵士の典型的な傷病で、訓練中の軍隊新兵の一般的な死因である。
最近の動物研究で、β-アラニンとグルコマンナンを80:20の割合で混合したものを、100mg/kg)で30日間投与。β-アラニンを補給した動物は炎症反応が抑制され、体温調節ストレスが減少した。この結果は、熱ストレスにさらされる前にβ-アラニンを補給することで、炎症反応を減衰させ、ニューロトロフィンやニューロペプチドのレベルを維持し、熱ストレス中の生存率を高める可能性があることを示唆している。