先日のブログに続き、本日も褐色脂肪細胞に関わるデータをまとめてみたい。
「代謝プログラミング」とは、幼少期の栄養状態が生理学的に恒久的変化をもたらし、幼児の健康に長期的な影響を与える適応を引き起こす現象で、実際に動物実験において、妊娠中および授乳期における母親の肥満または高脂肪食(HFD)の摂取が、肥満、インスリン抵抗性および脂肪肝などの代謝異常症を子孫に発症させる可能性を高めるという証拠が増えている(メカニズムの解明は不十分)。
体内の熱発生は主に褐色脂肪組織(BAT)で起こり、ミトコンドリア内膜に発現する脱共役タンパク質1(UCP1)がこのプロセスの主要な分子エフェクターを担っている。
UCP1の活性化によって過剰なカロリー摂取が燃焼し、エネルギーバランスを維持するのに役立つと考えられる。実際にげっ歯類を用いた実験では、BATの活性化によって肥満が防げることが報告されている。
活性化されたBATは脂肪酸とグルコースを取り込むため、その刺激は高トリグリセリド血症や高血糖の改善に役立つと考えられる。
したがって、食事誘発性熱産生障害は食事誘発性肥満および関連する代謝異常症に寄与し、BAT発達における不適切なプログラミングも寄与している可能性がある。
妊娠期と授乳期はBAT発達に適した時期で、この時期の栄養および環境因子は長期的なBAT機能をプログラムする可能性が動物実験で示されている。
例えば、妊娠中の母親の栄養欠乏はラット子孫のBATの熱発生能力の低下を早い段階でもたらし、成人期に脂肪蓄積や代謝異常の傾向が強くなる一因となっている。
マウス実験では、授乳期の母親の高脂肪食(HFD)は離乳時および成体時の雄子孫のBATの適応的熱産生を損なうことが示されており、BATの熱産生機能の減衰が授乳期における母親の過栄養と子孫の長期的代謝異常とを結びつける重要な機構である可能性が示唆された。
さらに、妊娠中および授乳期に母体HFDに曝露したマウスを離乳時に食餌を正常化しても、成人期の寒冷曝露に対する熱産生反応の変化を完全に回復させることはできないことが示された。
今回ご紹介する研究の著者らは、母親が授乳期にカフェテリア食を摂取すると、その子孫に持続的な影響が生じることをラットで以前に報告した。特徴として、体重に差がないのにグルコース応答が損なわれ、体脂肪量が増加する。
リンクの研究は、授乳期における母親のカフェテリア食が、標準食(SD)摂取後の成体子孫の肥満誘発性食事再暴露に対する褐色脂肪組織(BAT)代謝反応をプログラムする能力を調査したもの。
授乳中ラットにSD食またはカフェテリア食を補給。
その子(それぞれO-CとO-CAF)はSDで離乳させ、16週齢で24週齢まで欧米食に切り替えた。
BATの遺伝子およびタンパク質の発現を、PN22および24週目に測定。
PN22において、O-CAFラットはコントロールと比較して、脂肪生成関連遺伝子(Fasn)のmRNAレベルが低く、脂肪分解(Pnpla2)、脂肪酸取り込み(Cd36、Lpl)、酸化(Cpt1b)に関連する遺伝子の高発現を示した。
O-CAF動物では、Adrb3、Ucp1、CideaのmRNAレベルが上昇することが確認された。
O-CAFラット成体では脂肪生成関連遺伝子(Pparg、Srebf1、Fasn)のmRNAレベルが低く、脂肪酸取り込み(Cd36)、脂肪酸酸化(Cpt1b)、脂肪分解(Pnpla2)、Adrb3、Ucp1、Cideaに関する遺伝子の発現が低下していた。
授乳期ラットが肥満食に暴露されると、長期的な脂質代謝に影響を与え、後年新たに肥満食に挑戦した際のBATにおける食事誘導性熱産生を減弱させる可能性がある。
・周産期にHFDに暴露されたマウス子孫は、成人期にHFDに再度暴露されるとより有害な反応を示すことが報告されている。それらのマウスは新たな肥満誘発刺激に反応しなくなり、BATの熱発生能力が損なわれていることが示唆された。
・BATは胎児期に発達・分化するが、これは新生児が生存するためにBATの存在が必要だから(寒さから身を守るため)。妊娠中および授乳期の栄養環境は、長期的なBAT機能に影響を与える可能性がある。
・離乳期O-CAFマウスでBATの熱産生制御因子(ADRB3)をコードするAdrb3、脂肪分解(Pnpla2)、脂肪酸摂取(Cd36、Lpl)、酸化(Cpt1)に関連する遺伝子のmRNAレベルが対照群より高く、脂肪生成関連遺伝子(Srebf1、Fasn)の発現が減少していることが明らかにされた。
このことは、交感神経の活性化が高いがゆえに、熱発生の増加に必要な遊離脂肪酸(FFA)の供給を維持するために局所TGの脂肪分解が高いことを示唆している。
・授乳期にカフェテリア食を与えたマウスの子孫は、おそらく母乳の高脂肪含量に直面するため、食事誘導性熱産生の活性化と一致するBAT遺伝子発現プロファイルを示した。
・若いO-CAFラットで脂肪生成関連の遺伝子発現が減少しているのは、おそらく食餌の脂肪含量が高いことを反映していると思われる。
以前の研究で、授乳期にカフェテリア食を与えたマウスの母乳は、対照ラットの母乳よりも脂質含量が高く、脂質からのエネルギー比率が高いことを明らかにした。
したがって、離乳期に見られるO-CAF子孫マウスのBAT熱産生の活性化は、母親の食事により哺乳期に母乳から与えられる脂質過多と関係している可能性がある。
・授乳期にカフェテリア食を与えたマウスの母乳は長鎖FAに富み、オレイン酸を対照マウスより多く含むことが示されており、これがO-CAFラットの熱発生能の上昇に寄与している可能性がある。
したがって、O-CAFラットは幼若期に、ミルクおよび/または授乳期終了時のカフェテリア食の直接摂取による過剰エネルギーを消費しようとする。
・しかし、上記のマウスで観察された食事誘導性熱産生の活性化は、過剰な脂肪蓄積を回避し、母マウスの肥満誘発性食物の有害な影響を打ち消すには不十分であることがわかった。
・成体O-CAF動物では、雌雄ともにO-C動物と比較して、BATの脂質代謝関連遺伝子の発現プロファイルが変化しており、肥満食負荷に対する熱産生反応が阻害されていた。
成体O-CAFマウスではUcp1とCideaの発現レベルが対照マウスと比較して低下していることから、熱発生の活性化が低いことが明らかとなった。
また、成体O-CAFマウスでは、BATの脂肪分解(Pnpla2)、脂肪酸の取り込み(Cd36)および酸化(Cpt1b)、脂肪生成(Pparg、Srebf1およびFasn)の関連遺伝子のmRNAレベルも対照マウスより低いことが示された。
これはBATにおける脂肪酸供給と熱産生の活性化の低下を示唆している。
・交感神経系を介したBATの熱産生における恒久的な変化は、生後早期の過栄養によって証明されている。成体マウスで熱発生能力の低下、BAT Ucp1の発現低下、寒冷に対する反応性の低下を示した。
・妊娠中および授乳期にHFDにさらされたマウスは、離乳後に食事を正常化しても、寒冷暴露後の発熱プログラムの活性化能力を完全に元に戻すことはできず、このことは交感神経活性化の低下と関係していた。これは、授乳期における母親のHFDが、子孫のBAT機能に持続的な影響を与えることを示す他の研究とも一致する。
・離乳時にHFDを与えたマウスの子孫は、コントロールよりもUcp1の発現が高かった。しかしそれらのマウスは、寒冷刺激下での熱発生適応に障害を示した。
・BATの熱産生障害は、部分的には細胞内のβ3-アドレナリンシグナルの減弱に起因していた。
β-アドレナリン受容体レベルの低下は、肥満と関連している。
β-アドレナリン受容体のトリプルノックアウトマウスは、高エネルギー食を与えると重度の肥満となり、UCP1レベルも低下することが示されている。
・授乳期にカフェテリア食に暴露されたマウスの子孫は、成人期の新たな肥満誘因に対して熱発生反応が変化しているという仮説は今後検証が必要。
つまり、幼少時に持っていた代謝の柔軟性が失われたまま、成年期もそのまま代謝異常が維持している可能性で、これはマウスが人生の後半で肥満誘発性の環境にさらされた場合、時間の経過とともに代謝の変化を引き起こす可能性のこと。
・代謝異常がメスよりもオスでより顕著であるという事実は、一般に男性が肥満誘発性食事に対してより悪い反応を示し、代謝症候群に関連した変化を被る傾向が高いという事実と一致しているように思われる。
結論
授乳期はBAT発熱機能のプログラミングに重要な時期で、この時期の変化は成人期に代謝関連機能障害を発症する可能性を高める可能性がある。
授乳期における母親の十分な栄養摂取が、成人した子孫の代謝障害を予防するための良い戦略であることのさらなる証拠を提供する。
BATは、成人ヒトで再発見されて以来、多くのヒトの研究で注目されており、その活性化能力は、肥満および関連する病態に対する有望な治療法として浮上している。
幼少期の栄養状態を改善することは成人期においてより良いBAT反応を促進し、代謝性疾患の高い有病率を抑制するためのアプローチとなる可能性がある。