乳癌は世界的に罹患率の高い癌の一つで、乳癌細胞は強い転移性を持つため乳癌患者は生涯を通じて転移の危険性が高い。
診断と治療における著しい進歩にもかかわらず、乳癌の転移能は依然として難題となっている。
腫瘍微小環境は癌の転移能を左右する重要因子。
腫瘍微小環境の特徴は”酸性化”で、アシドーシスという酸性環境の発生をもたらす。アシドーシスは、腫瘍細胞における旺盛なエネルギー生成とグルコース代謝の変化から生じる酸の副生成物の蓄積により起こる。
最近の研究では、乳癌を含む様々な癌種において酸性の微小環境が浸潤性、血管新生、治療抵抗性の増大と関連していることが示唆されており、アシドーシスは治療の潜在的標的である。
従来のがん治療の限界と副作用の点から、代替治療薬としての天然化合物の存在が近年大きな注目を集めている。
酸性環境下で乳癌細胞の浸潤挙動を緩和し、癌細胞の生存率を低下させることができる天然化合物を同定することは治療法開発への新たな可能性という意味で非常に重要な意味を持つだろう。
「没食子酸」はポリフェノールの一種で、果物、野菜、薬用植物に多く含まれる。
抗酸化物質として作用し、抗ウイルス性、抗菌性、抗真菌性を示し、様々ながん種における腫瘍の成長と転移を抑制する効果が多くの研究で示唆されている。
しかし、酸性環境下で培養された乳がん細胞に対する没食子酸の特異的な作用についてはまだ研究されていない。
リンクの研究は、MCF7乳癌細胞の転移性獲得に対する酸性環境の影響を調べ、没食子酸の抑制効果を検討したもの。
結果
MCF7細胞は、pH6.4の酸性環境に12週間以上曝露されるとマトリックスメタロプロテアーゼ2および9(MMP2およびMMP9)の発現が増加し、E-カドヘリン、ビメンチン、上皮間葉転換マーカーの変化とともに、遊走性および浸潤性の獲得が誘導された。
没食子酸は高濃度(>30μM)で酸性に適応したMCF7(MCF7-6.4/12w)細胞の生存を効果的に阻害し、低濃度域(5〜20μM)で酸性条件によって誘導される転移特性を低下させた。
さらに没食子酸は、MCF7-6.4/12w細胞で上昇したPI3K/Akt経路とβ-カテニンの核内蓄積を抑制した。
この知見は、没食子酸の酸性条件下における乳癌細胞転移に対する有望な治療薬としての可能性を強調している。
Anticancer Effect of Gallic Acid on Acidity-Induced Invasion of MCF7 Breast Cancer Cells
・腫瘍組織の代謝パラメーターであるアシドーシスは、黒色腫、神経膠腫、前立腺癌を含む様々な癌細胞において浸潤と転移の促進因子と目されている。転移性がん細胞は短時間の酸性条件下への曝露で遊走能と浸潤能の増大を示す。転移性胃がん細胞株は酸性培養条件に48~72時間曝露されると悪性表現型の上昇を示し、化学薬剤に対する耐性を獲得することが示されている。
・酸性環境に長時間さらされることでMCF7細胞は浸潤性を獲得した。非転移性のMCF7細胞でも酸性環境下では転移特性を獲得する可能性がある。
・腫瘍の酸性度は癌の予後不良と密接に関連しているため、癌治療において酸性環境がもたらす課題に対処するために多大な努力が払われてきた。一つのアプローチとしてプロトンポンプ阻害剤や緩衝剤を併用し、腫瘍微小環境内の酸性度を調節することで治療効果を高めるというものがあるが、これらのアプローチの有効性は期待されたほど大きくはなかった。
・過去の研究から、没食子酸の抗がん活性は活性酸素種の生成、グルタチオン系の制御、アポトーシスおよび抗アポトーシス蛋白質、細胞周期制御因子の制御など、様々な機序を介した細胞アポトーシスの誘導と関連していることが示唆されている。
・没食子酸は正常MCF7細胞および酸適応MCF7-6.4/12w細胞の両方において、50μMを超える高濃度でアポトーシスを誘導できることが明らかになった。
・高用量の治療には潜在的な毒性の懸念が伴うため、研究では低濃度の没食子酸の転移特性に対する阻害効果に焦点を当てたが、それでも転移を阻害するだけで有意な抗がん作用が期待できる。
驚いたことに、没食子酸は比較的低濃度でもMMP2とMMP9の発現を効果的に抑制し、MCF7-6.4/12w細胞のマトリゲル浸潤能を阻害した。さらに、没食子酸処理はE-カドヘリンの発現回復を促進し、ビメンチンの発現を抑制した。その効果は、部分的ではあるが統計学的に有意だった。
・没食子酸は、様々な癌関連因子の活性化と発現を制御する重要なシグナル伝達経路であるPI3K/Akt経路を部分的に抑制するようだ。これは没食子酸が、肺がん、膀胱がん、骨髄性白血病などの様々ながん細胞においてPI3K/Akt経路を阻害することで抗がん作用を示すことを示唆した先行研究と一致する。
さらに、没食子酸はβ-カテニンを制御することで骨肉腫、肝細胞癌、胃前癌領域において腫瘍抑制効果を示している。
・上記の知見から、没食子酸はPI3K/Aktおよびβ-カテニン経路を含むがん制御の主要調節因子を効果的に阻害する能力を有し、様々ながん種において強力な抗がん作用を発揮する可能性がある。